突撃、仲間(になる予定)のお宅訪問
記憶にある光景は川のせせらぎのような音をたてて風に揺らぐ草花と、崩れ落ちた小屋。
少し離れた場所でそれを眺める二人の少女。
「友人が、眠っているんです」
パッと見た感じの色合いが青い方がそう言った。
蒼碧のパラミシア、王都ウィスタリアにて仲間になるキャラの一部でもある少女たち。
仲間にする条件はあまり難しいものではなかった。というか話しかけて仲間に誘えばすんなり仲間になってくれた。一見すると普通の村娘のような風貌で、能力的にも飛びぬけたものはない。
小柄な少女は紅い髪と目をしており、頭を隠すように布が巻かれている。全体的に調理実習をする女子学生に見えなくもない。見た目通り、と言えばいいのか小柄ゆえに素早い動きであちこちを移動するので、小動物のようでもあった。
名をグラナダといい、数ある童話モチーフのキャラクターのうち赤ずきんに該当するキャラである。
もう一人は青い髪と目をもつおとなしそうな雰囲気の少女だった。回復アイテムを使うと効果二倍のスキルを所持する以外は目立つ要素がない。彼女の名をサフィールといい、グラナダと一緒に仲間になってくれる。
蒼碧のパラミシアではまず王都についた時点でルートが三つに分かれる。
主人公マチルダが取る行動のうち、ギルドへと行き冒険者として世界各地を回るルート。こちらはたまたま一つのクエストを終わらせた冒険者が流れで仲間になってくれるため、序盤から戦力に困る事はない。
次に力を授けられたといっても使い方がよくわからないので、まずは力の使い方を学ぼうという魔術学院ルート。こちらもそれなりに各地を巡る事があるが、仲間になるキャラは同じ学生という事もあり、戦力は魔術士に偏るため物理攻撃という意味で火力が足りない。
最後にギルドにも学院にも行かず適当にぶらぶらするその他ルート。一周目にこれを選ぶと何していいかわからなすぎて途方に暮れるルートとも言える。
恐らく最後の自由行動するルートは基本的に周回プレイをある程度こなした状態で、何をするべきかわかっていないと選んでも意味のないルートなのだろう。
星見の館が使えるようになると前の周で仲間にしたキャラも呼び出せるようになるので、トゥルーエンドやノーマルエンドを見るためのルートなのだろうとも思っている。
前の周に関して引き継げる物をきっちり引き継いでいれば、ギルドルートでも学院ルートでもトゥルーエンドは見れるのでは? とも思っているが、実際そこまでやり込んでいないユーリシアからは何とも言えない。
グラナダとサフィールは、どのルートを選んでも仲間になるキャラクターでもあった。
ただし二人はいかにもただの村娘、という感じで何かが頭一つ飛びぬけて強い、というものもないためギルドルートでは常に控えになってる事が多いし、学院ルートだとかろうじて前衛キャラにする、といった感じだ。その他ルートであっても他の仲間が増えれば二軍落ちになりやすい。
レベルを上げて強化すれば強い事は強いのだが。ただ、一周のプレイで育てきれるかというと微妙なので、大体は周回プレイでちまちま強化していたら何か強くなった、という感じになりやすい。そしてその頃には大体他のお気に入りキャラを優遇しているのであまり日の目を見ないキャラでもある。
勿論、最初からこのキャラが好きで育てているなら話は別だが。
特に難しい条件もなくどのルートを選択しても仲間にできるこの二人は、ある意味今のユーリシアにとって一つの救いに思えた。
これがガンガン外に連れていって、戦いたいの! というキャラであるならまた困る部分もあるが、この二人はそうでもない。仲間になってくれるのであれば、留守番要員として大助かりだ。
まず王都で仲間になってくれそうな人を探すという名目で仕方なくではあるがメルが留守番を申し出てくれた。王都の外に行くのであれば問題だが、移動するのは王都の中だけという約束で今回はそうしてくれたと言ってもいい。そもそも女神も世界を創りはしたものの、大陸の隅々、ましてやその中の一つの国の中を熟知しているというわけではない。それに対してテロスは一人であちこち旅をしていた時に王都にも立ち寄っている。新しくできた店などに関しては少々疎い部分も出てくるだろうが、それでもこの中の誰よりも詳しいと言える。
だからこそテロスと共にユーリは館を出たわけなのだが。
どこに何があるかわからないユーリがふらふらと目的地の定まらない歩みをするも、テロスは特に何も言わなかった。ただ、治安があまりよろしくないであろう場所や路地裏へと入りそうになると進路を訂正してはくるが。ゲームの中では王都なんて下手したら故郷以上にホームタウンすぎて何なら脳内で王都の曲まで流れてくる勢いだというのに。
城やギルド、学院へ続く道が広がる王都中心部の広場までは特に迷う事なく来れたと思う。テロスに案内されて買い物に出た時にもここは何度か通ったから忘れるはずもない。そこから多分こっちの方角かなー、と思った方向へ進んでいけば、そこはかとなく寂れた感じがする地区へと到着した。ちらほらと建てられているのはかろうじて人が住む事ができそうな掘っ立て小屋と言ってもいい。
「ユーリシア、もしかしてここに住んでる誰かを勧誘するつもり? そりゃ、マトモな部屋が与えられるってなればついてくる人もいるかもしれないけど、ちょっとどうかなって思うよ。ボクは」
「私だって別に誰彼構わず勧誘するつもりはないよ。ただ、何て言えばいいのかな……勘、とはまた違うし……」
流石にゲームである程度どういう相手か知ってる人ならどうにかなると思った、が正しいのだがそれをメルならともかくテロスに言えるわけがない。そのせいで何とも曖昧な返事しかできなかったし、案の定テロスは呆れたようだ。
「勘、とは違う、ねぇ? 君の勘が頼りになるとは思わないし、未来を見通す力があるなんて言われても鼻で笑うけどさ、ボクなら」
「ですよね」
過去何度かテロスと遭遇した際にあった出来事を思い返せば、テロスがそう言うのも無理からぬことだ。むしろ事前に鼻で笑うだなんて宣言してくれるだけまだ優しいとも言える。
「あぁ、でも、何かはありそうだよね。ほら」
そう言って指示した先には、今にも崩れそうなボロい小屋と、その前で何やら言い争っている人物がいるのが見えた。
片方はいかにも親方と呼ばれていそうな大男。筋骨隆々で、木材を軽々と抱え上げる以前に木ごと引っこ抜いていきそうな豪快そうな印象がある。鍛え上げられた上腕二頭筋を見た後でテロスを見ると、いつも以上にテロスが細く見える程だ。
対するもう片方は先程まで思い浮かべていた人物だった。相手の勢いに怯む事なく凄まじい剣幕で言い合っているが、あれは紛れもなくグラナダである。二次元という画面を通して見ていた相手が三次元になっているので何らかの違和感があるかと思ったが、特にそういうものはない。
何も知らない第三者であるならば、恐らく一方的にグラナダの方が被害に遭っていると思って口を出すなりしたのかもしれない。ただし、ゲームでグラナダを知っている身としては彼女がそんなか弱い存在ではないとわかっているのでまずは落ち着いて両者の言い合いを聞くことにした。
確かゲームでは住民が増えてきたためにこの辺りを開発して住宅地を広げるという事になっていたはずだ。その決定がいつなされたかはわからないが、春にはそうなっていたのだから、それより前には決定されていたのだろう。
現に大男はそれっぽい事を言っている。見た目の荒々しさとは正反対に、説明は割と丁寧だった。しかしグラナダが聞き分けがないのか徐々に口調も荒れてくる。何度も同じこと言わされるとイライラする気持ちはわかるので、一概に大男が悪いとは言えない。
ある程度距離をとりながらもそのやりとりを聞いて、内容がループしてきたな、と思ったのは多分同じ内容を三回聞いたあたりからだった。途中ちょっと聞き流した部分もあるから正確に三回であるとは断言できない。
大男側の言い分としては、ここは住宅地を広げる事になったので開発する。そのために今ここに住んでいる住人にはほかの場所に住んでもらう事になる。仮設住宅ではあるがそれは用意されているので荷物をもってそちらへ移動して欲しい、との事だった。
この世界での常識とか法を考えると、割と優しい話である。国によってはここを開発するから今すぐ出ていきなさい。新しい住処はそちらで勝手にしなさいな、という所だってあるのだから。
ふと周辺を見回すと、他にもいくつかの小屋があったがそちらは既に説明を済ませて住人が出ていったあとなのか、人が住んでいる様子はない。
仮設住宅として用意されている場所も、どうやら魔術学院近くの寮がある付近と、病院の近くとで分かれているようだが場所として悪いとは思えない。むしろ治安もそこまで悪い場所でもないし、買い物などをするにしてもここよりは便利だと思える。
だがグラナダはそれでも抵抗していた。こちらの言い分はここから離れたくない、の一点張りである。仮設住宅のあたりは騒がしいし、それなら静かなここに居る方がマシだとか。
それを聞いてユーリは思わず首を傾げていた。
グラナダが騒がしい場所が苦手であるというような情報はなかったはずだ。行動を共にしていたサフィールも、本人はおとなしい方ではあるが騒がしい場所を避けるようなタイプではない。ならばこの場所に固執する事もないはずだが……
何度も同じことを言わされて、流石に大男も我慢の限界がきたのだろう。
「いい加減にしろよ!? 大体こんなおんぼろ小屋に固執してどうするんだっ!? 次に天気が荒れて強い風でも吹いた日にゃ、最悪倒壊するぞもうこれ!」
一際大きな声で言われたそれに、グラナダが肩を揺らした。調子に乗りすぎて親をガチギレさせた時の記憶が蘇る。前世での話だ。
「もっといえば、これから冬だ。ここいらは滅多に積もる事がないがもし積もる程降れば屋根が落ちるぞ」
言われてユーリはふと上を見上げた。
ボロい小屋だとは思っていたが、確かに何だか屋根が不安定だ。落っこちてこないのが不思議な程に。
むしろよくこんな小屋に住めるな、とすら思える。あの場所にいるのが自分なら、ユーリは迷わず荷物を纏めて仮設住宅がある場所まで移動している事だろう。
前世では寝てる間に隕石が直撃してご臨終したのに、転生して今度はおんぼろ小屋の屋根が寝てる間に落ちてきて潰されて死にました、なんて展開絶対避けたいとすら思うのだから。
「――そうね、確かにちょっとした衝撃でこの小屋壊れてしまうのかも。だからこそ、もう少し静かにお願いできないかしら?」
えっ、こんな所に人住んでんの!? と言いたくなるようなボロ小屋から人が出てくる。大声でぎゃあぎゃあ言い合っていれば中にいる方からはうるさいどころの話じゃないだろう。何だか苦い物を噛み締めたような表情でもって出てきたのは、サフィールだった。
そこで今更のように思い出す。ゲームで彼女たちが仲間になった時の事を。
そうだ、彼女たちは確か仲間になる少し前に友人を――