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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
一章 チートも何もない転生者の目の前で女神様が土下座で助けを求めてくる
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女優の仮面はふわっと添えるだけ



「設定を考えておこうと思う」


 お世辞にも上等とは言い難い建物の一室。そこに入るなり女神はそう言い切った。


「設定? 何言ってんの女神」

「それじゃ」

 ずびしと指を向けられて、思わずたじろぐ。


「まず妾とそなたを周囲が見てどう思う?」

「…………年齢的に姉妹に見えなくもないけど似てないから姉妹とは思わないね」

「じゃろうな」

「えーと、二人で旅をしてるにしても慣れてる風には見えないから……訳ありを疑うかな」

「どちらがどういった訳ありかにもよるが、悪党から見ればいいカモであろうな。善良な者もまぁ、多少の世話を焼くかもしれぬ。その時に何も答えられないのも正直に答えるのも、果たしてどうだろうなぁ」


 女神の言葉にユーリシアは考える。

 パッと見おとなしそうなユーリシアと、まだ幼く見える女神。そんなのがのこのこ歩いていれば悪党からすれば確かにいいカモに見えない事もない。奴隷として売られるだけで済めばいいが(全然良くないけれど)、下手にアジトに連れ込まれて慰み者にでもされようものならと考えると生理的に無理がありすぎた。

 薄い本の創作として見るならともかく自分でそんな体験したいと思うわけがない。


 悪党に関してはまぁ、魔術でぶっ放せばいいと思うのだが問題は善意で心配してくる人間だ。

 悪意がないのが余計性質が悪い、という事もある。善意で何なら故郷まで送り届けますよ、なんて言われても故郷は既に消し炭と化した。そんな所に戻されても困る。逆にどこか安全そうなところまで、と言ってくれるとても心が善良な人がいたとしても。

 事情を知らない第三者と一緒にいたら女神と気軽にあれこれ話もできやしない。だが親切にしてくれる人を無碍にするのも人としてどうかと思ってしまう。

 結果としてとても微妙な空気が漂う空間ができあがってしまうのでは? としか思えずに、ユーリシアの口から乾いた笑いが零れ落ちた。


 言いたいことが伝わったと理解できたのか、女神はとりあえず部屋の鍵がかかっているのを確認すると、二つあるベッドのうち近い方に飛び乗った。あまり上質な物ではないのでぽんぽん跳ねるという事もない。


 隠れてないのに隠れ里状態だった故郷から山を越えて森を抜けて、あまり使われていないがそれでも街道と呼べる道に出て。寂れてこそいるものの小さな宿場町を見つけたので迷わずここで夜を明かす事にした。

 風呂などという贅沢は言えないが、一応桶にたっぷりのお湯はもらえたので身体を拭くくらいはできる。


「それからの、そろそろ他に人がいるような場所に出る事もあろう。だからこそ、妾の事はメルと呼ぶように。いいな?」

「メル? リュミエールじゃなくて? あ、いや、確かにリュミエールなんて呼んだら色々と問題ありそうだけど」


 女神と同じ名をつけて恩恵にあやかろう、とまではいかなくてもご利益があればいいな、と思って過去名をつけた者もいるにはいたらしい。女神の怒りをかったわけではないようだが、どうも加護の力というかご利益がありすぎて小さな人間には耐え切れず悉くが幼いうちに亡くなって以来、神の名をつける事は世界的に禁止されているらしいが。

 そんな所に女神と同じ名前の幼女がいればいらん事を勘繰られるのは明白といえば明白か。

 リュミエールを縮めてエルではないのか、と思いその疑問を口に出したが、女神は微苦笑を浮かべ、

「本当はもっと早くに言えば良かったんじゃろうな。女神と呼ぶのを止めよ、と。そなたここ数日ですっかり妾の事を呼ぶ時に女神というのが癖になっておるじゃろ。

 咄嗟の事態でいざ呼ぼうとして女神、と言いかけてそこから言いなおすにしてもエルよりはメルの方が誤魔化しがきくじゃろう?」

 などと言われてようやく自覚する。


 確かに女神と出会って以来、今の今までずっと女神と呼んでいた。単にリュミエールと呼ぶのは長いから、というものぐさな部分もあったが、恐らく前世でも女神呼びしていたこともあるからだろう。

 今までなら何の問題もなかったが、これから行く先々には人里だって存在する。そんな場所で女神なんて呼べるわけがない。真っ先に気付くべき部分に気付けなかったという事実にユーリシアは「うわぁ、マジか」とぼやいていた。


「咎めはせんよ。この短い期間で色々あったものな。自分が何故転生したのか、主人公の不在、あるはずだった故郷の消滅、それによる親しい者たちとの別れ、いくら人生二度目とはいえ、受け止めきれるものでもなかろう。妾に出来る事はそう多くないがの、まぁ、今なら胸か膝くらいなら貸せるぞ? こんななりではあるがの」


「……女神リュミエール、縮めてメル。何だか、ポケッ●モンスター、縮めてポケ●ンみたいな空気を感じるね」

「おぬし、言うに事欠いてそれか」

「あぁいやごめん、ありがとう。メルの気遣いはわかるんだけど、正直色々ありすぎて今まだちょっと実感沸いてこないだけだから。多分そのうちわけわかんない所でいきなり泣き出すかもしれないから、その時によろしく」


 家族を家族と認識していなかったわけじゃないが、あまりにも現実感がなさすぎた。そのせいで泣こうにも涙が出てくる気配はない。今はまだ。うっかり前世で大人気だった作品がぽろりと口から出た時にはメルの表情も呆れたものになっていたが、すぐさましょうがないなぁ、という風に変わる。

 そんな視線を向けられつつも、もう片方のベッドに横たわる。


「確かに設定って必要だよね。これから先ずっとメルと二人だけでやってくわけにもいかない場合が出てくるかもしれないし。んー、私は別にそのまま正直に答えればいいと思うの。故郷がなくなったから旅に出る事にした可哀想な村娘。信用と信頼ができそうな、仲間になってくれそうな相手にはそのうち女神と接触した事も告げて眼帯外して右目見せれば大体の事は納得してくれると思うし。

 問題はメルの方だよね。女神ですなんて言えないし。いるかわかんないけど邪神の手先になってる相手にそんな情報知られたら確実に狙われるよね。


 とりあえず、あまり知られてない場所でひっそりと教会たてて信仰してた女神崇拝者のお家の子、って事にしとく? ご先祖が精霊とか何かそっち系統とくっついたらしいからって言っとけば多分その髪の色とかもまぁ、精霊の血が入ってるならってなるかもだし」


「となると妾はあれか? 両親と生き別れた事にでもして探している途中でそなたと行動を共にする事になった、なんて流れか?」

「あぁ、それでいいんじゃないかな、ほら、私女神と接触して力授けられてるわけだし。女神信仰してる家の子ならそれなら見知らぬ相手でも一応信用できるって思って一緒に行動してても……まぁ絶対ないって言いきれないよね」


「随分ざっくりしておるが、大丈夫か?」

「あんまりガッチガチに設定練っても私全部覚えてられる気しないもの。ふわっと決めて、あんまりにも深く突っ込んだ事聞いてくる相手には家庭の事情とか何か言葉濁せばいいんだよ。女神との接触者って私が公言しなくても、何か境遇が似てるとかで一緒に行動する事にしたんだろうなぁって相手に思わせときゃ何とかなるって」


「じゃあ当面はいもしない妾の両親を探す旅、か。終わりが見えなさすぎて気軽に手を貸せる状況ではないなぁ」

「まぁいいんじゃない? 探し物は結局するわけだし。それが両親だと誤解させとけばいい。もしくはそれに連なる何か、と思わせておけば」


 ユーリシアの提案に本当に大丈夫だろうか、と疑問を隠しもしない表情を浮かべていたが、ユーリシア本人はあまり気にしていないようだ。


「大体そういうのをさぁ、こっちが言葉濁してんのにぐいぐい来るような相手とはさくっと拒絶して距離置いちゃえばいいだけなんだから。ちゃんとした常識持ち合わせてる相手なら勝手に空気読んで察してくれるよ。それともメルは全部が全部説明されないと納得しないタイプ?」

「いや、流石に妾も多少なりとも空気は読むが……」

「うんうん、じゃああとはあまり深入りしてほしくないなーって空気だしとけばよっぽどのお節介以外は深入りしてこないよー。じゃあ私そろそろ寝るねー、正直かなり眠たいから。

 おやすみー、メルー」


「あっ、あぁ、おやすみ、ユーリ」

「ッ!?」


 完全に寝る体勢だったユーリシアが突如として跳ね起きて、まじまじとメルを見る。まさかそんな反応がくると思っていなかったメルもまた、肩を跳ねさせた。


「そっかぁ、そうだよねー。うん、そっかぁ。今度こそおやすみー」


 こちらの反応を見て、というよりは勝手に自己完結した感じだった。ぺしょっと音がしそうな感じでベッドに突っ伏して数秒後にはすーすーと寝息が聞こえてくる。

 メル自身もユーリシアの事をまともに呼んでいなかった自覚はある。向こうが女神女神と呼ぶのにこちらだけが名前で呼ぶのはどうなんだろうと思った、ほんの小さな意地の張り合いと言われても否定できないものだったけれど。

 ほぼ偽名のような、いや、個人的にはあだ名だと思う呼び名だと思いたい。そう呼ばれるのならこちらも何となく合わせて愛称のような感じで呼ぶべきでは? そう思っただけなのだ。

 だがそれでああいう反応がくるとは思っていなかった。そんなに驚くような事だったのだろうか?


「……あ、そういう……」


 ぽつりと口から出てしまった言葉に手遅れさを感じながらも手で口をおさえた。うっかり出た呟きは、そもそも大きな音ではない。ユーリを見るも彼女の様子は変わらずすっかり寝入っている。



 蒼碧のパラミシアにおける主人公――マチルダの幼馴染としての彼女はユーリと呼ばれる事なくシアと呼ばれていた。どうしてかはわからない。幼馴染がいないユーリシアにも理解できていないだろう。

 そう呼ばれる過去がなかったのだから。


 本来ならば名前を短縮されて呼ぶにしろ、今のメルのようにユーリと呼ぶのが妥当なはずなのに、幼馴染のいない彼女は家族や村の人間から本来の名だけで呼ばれてきたのだろう。

 ゲームではずっとシアだったのだから、彼女もそれが当然なんだと思っていた。けれどそうではなかったという事に今更ながら気付いたのが先程の反応といったところか。


 ほんの一瞬だけシアと呼ぶべきだったのだろうか、とも考えたがいやそれはないなと即座に却下する。

 蒼碧のパラミシアに登場するシアへと転生したユーリは見た目こそ同じではあるが、中身は完全に別人だ。わざわざ呼び名を同じにする必要もないだろう。


 自分の中で早々に結論付けると、メルもさっさと寝る事に決めた。見た目通りの体力、というわけではないが休息は大事なので。

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