二度目まして巨人さん
――結局の所、もう一度教会へ向かう事となった。
メンバーはユーリ、メル、ルーチェと最初にダンジョンへ行く事になった三人と、そこにアリスとウォルスが追加された。ミリィたちは隠れ家で留守番している。
ルーチェ曰く、あの転送装置がまた隠れ家に飛ばしてくれるのであれば行きだけ注意すれば帰りはそう苦労しないんじゃない? とのこと。まだ序盤の階層とはいえルーチェ的にあのボスは大した脅威ではないらしい。
それより先に進むのであればもしかしたら苦戦する事もあるかもしれないが、ひとまず実際に目にした方が確実だろうという事でアリスとウォルスを連れて行く事になったのだ。
「お約束的展開でこれでダンジョンへの道消えてたら笑うけどね」
「フラグというやつじゃな。……いや、しかし、入口が別の場所に移動するだけでダンジョンそのものはあると思うぞ」
「あー、うん、そっかー」
確かにあのダンジョンから戻った時に別の都市の隠れ家に飛んだ事もあったな、とゲームでの展開を思い出す。ウォルスはなんだかんだでそれぞれの都市に隠れ家を所持しているので、どこをホームにするかで攻略がそれなりに変わってきていたような気がする。
藍緑エクエルドでは都市の名前はぼかされていたが、例えばメルクリウスなら薬の都市、マルテであるなら武器の都市、など。都市の中を自由に散策できるわけではなかったので利用できる施設で区別するのであれば、そっちの方がわかりやすい。それぞれの都市への行き方だってダンジョンを攻略してボスを倒して戻る時にフラグが立っていれば他の都市の隠れ家に飛ぶとかそういう感じだった。
だからこそ言える。ダンジョンの入口は確かに複数存在している、と。多分他の都市からでも行こうと思えば行けるのかもしれない。最も、ダンジョンの入口がわかりやすく存在しているかどうかはまた別の話なのだが。
メルがそれを知っているとは思えないが、メルなりに何か感じる部分があるのだろう。マナの流れとか。
「ユーリ……?」
そのメルが怪訝そうに見上げてくる。メルとじっと視線を合わせ、何か言いたげな顔をしてはみるが流石にここで喋るわけにもいかない。思い切り上の空です、みたいな返事をすればメルなら多少おかしく思うだろうなと思ったし、ユーリの願いが通じたのか一応はメルも何となくこちらの様子に気付いてはくれたらしい。
「……何はともあれまずはダンジョンへ行かねばどうにもならぬな」
「うん、そうだね」
お互い言いたい事があるのに言えないという状況。ユーリが何か言いたげにしている事はメルも気付いたようなので、遅かれ早かれ今日の夜には話し合いができるだろう。宿屋に戻る事ができて、尚且つ他の誰かが部屋にいない限りは。
教会へ到着したがルリが何か手を回したというような感じは一切なく、最初にルリと一緒に来た時と変わらないように見えた。外側からは。
立入禁止を無視して中へ入る。
「あっれー? 穴開いてないね」
アリスを見つけたのは懺悔室の穴から、と言われていたのでふと懺悔室を確認してから、という事でそちらへ向かったのだが懺悔室の床には穴など開いてはいなかった。
「あいつらが嘘をついてた、ってわけでもなさそうだしなぁ」
穴を急遽塞ぎました、という痕跡もない床をしゃがみ込んでコンコンと叩いてはみたが、特にこの下に小部屋であってもありそうな感じはしない。早々に諦めてがしがしと頭を掻いたウォルスは、
「一応長い間自分がいた棺桶だろ? 何かこっちにありそうとかそういう気配感じねーの?」
軽やかにアリスに無茶振りをかました。
「そもそも無機物の気配を感じ取れとか無茶すぎやしないか。愛用の品であればもしかしたら、とは思うけどあれに何の思い入れもないし」
「じゃあ僕たちがダンジョンに行く事になった方に行こうか」
何もないならいつまでもここにいたって仕方がない。早々に踵を返してルーチェが先導する。
地下に続く階段は確かにあった。けれど、最初に通った時と少しばかり位置がずれていた。
「もう何かさ、この教会の空間からしてヤバくない?」
気付くか気付かないかの微妙なラインを攻めてくるならともかく、ルーチェもユーリもメルも明らかにさっきと場所が違う、と気付くような所にずれているのだからルーチェがそう言うのも無理はない。
「というか、ダンジョンの存在自体がヤバいよね」
さっきと位置がずれてる、と言っても実際その違いがわかっていないウォルスとアリスにはいまいちピンとこないのは仕方がない。まぁいいや、と早々に気を取り直してルーチェが最初に階段を下りた。
位置がずれてはいたものの、下りた先にはそこまでの変化はなく。ずっと最初からここにありましたよと言わんばかりの透明な棺桶を確認して、そこから巧妙に隠されていた扉を開ける。
するとやはりそこは巨大なダンジョンであった。
「うっわホントにいかにもなダンジョンだな!」
壁も床も天井も変わり映えのしない石でできた空間なのだが、やけにテンション高くアリスが周辺を見回す。
「っていうか扉消えたんだけど!?」
「だから言ったじゃん。先に進むしかないんだって」
もしかしてダンジョン御新規さんを連れてくるたびにこのやりとりはやるのだろうか、ユーリはそんな事を考える。とりあえず最初に来た時と周辺の見た目は同じようではあったが、明らかに違うと断言できた。
最初に来た時はしばらく一本道だったはずだが、今はすぐ近くに曲がり角が見える。
どうやらゲーム同様、このダンジョンは入るたびに形が変わるという認識で間違いないようだ。
先に進むしかないとはいえ入るたびに中身が変わるのであれば、どこをどう進むのが正しいのかもわからないし、かといってマッピングをしたとしてその地図が次回以降に有効利用できるとも限らない。浅い階層はまだ全体的に広くないから適当に進んでもどうにかなりそうだが、奥へ、もっと深い階層へ行くとそうもいかない気がしている。
「うわぁ、しょっぼ!」
「あー、うん、雑魚だな」
遭遇した魔物をこんにちは、死ね! とばかりに倒したアリスとウォルスの正直な感想がこれだ。
「っていうかウォルス器用だね」
アリスは武器を持っていないため、魔物に対して蹴りで攻撃していた。そのうちヒールがぽっきり折れるのでは? とも思ったが意外と頑丈な素材なのかそんな様子はない。
しかしウォルスは下手をすればユーリの身長と同じくらいの大きさの剣を武器として使っているのだ。外で振り回すならそうでもないが、こういった限られた空間内では下手をすれば隙を生じさせて自らを不利に追い込みかねない。
にも関わらずウォルスはなんてことも無いように剣を振るっていた。
「慣れだな。むしろ最初の頃にこういった狭い空間で戦う事を強いられていたから慣れるしかなかったというべきか」
ユーリの言葉に軽く返すとウォルスの手から剣が消える。彼の武器もルーチェ同様リングウェポンだった。
むしろそうじゃなければ目立って仕方がないだろう。ルリが、というより政府の人間がウォルスの行方を捜しているのであれば、まず彼の武器は大きな目印になる。けれどそういった目撃情報がないのは普段、その目立つ武器を手にしていないからだろう。四六時中所持していても目立たないのであればそれはそれでウォルスの隠蔽の仕方が上手いのか、政府がぽんこつなのかのどっちかだが。
ダンジョン内部の構造は若干変化していたが、出てくる魔物は特に変化がなかった。だからこそ雑談混じりに対処して先へ進んで――あまりにもあっさりとボスが出る部屋の前まで到着した。
他の扉と違ってボスのいる部屋への扉は無駄に凝っているので一目でわかる。普通の部屋だと思って何の準備もしないでボス戦、というよりはマシだが中途半端にゲームの親切設計が働いているような気がすると、それはそれでユーリの心情的にとても微妙だった。なんというか、そこで気を遣うよりもっと別の所をどうにかしてくれと思うという点で。
部屋へ入るとボスの姿は前回と同じだった。これで入るたびボスも変化します、だったらどうしようかと思ったがここも特に変化はないらしい。
一つ目の巨人は部屋へ入ってきたユーリたちの姿を認識すると、今度は即座に棍棒を振り下ろしてきた。
「不意打ち? にしても何かいきなり殺意高くない?」
咄嗟にかわして巨人を見上げると、一つ目からは僅かに涙がにじんでいる。誰がどう見ても涙目である。
そうしてひたすらに棍棒で叩き潰そうとしている先にいるのはルーチェだった。
「まさかこの巨人、さっきルーチェにやられた個体? え? 復活するの? それとも別個体だけど前の個体がどうなったかとかそういうの知ってるとかいうやつ?」
敵討ちならわかる。けれど同じ個体が復活しました、だった場合このダンジョンの魔物は不死というやつなのでは……? ユーリの記憶で藍緑エクエルドにそんな設定あったっけ? と思い起こすもそういった事象はなかったはずだ。
どういう事なの? と疑問を消化しきれずにいるが、薙ぎ払おうとしてきた棍棒の上に飛び乗ったルーチェがそこから巨人の腕、肩へと駆け上がり首を刎ねたのでそれ以上考えるのは止めた。
足を斬り落とされた時と違い、巨人の姿がさらさらと、まるで砂が崩れ去るように消えていく。という事はやはりあの巨人は前回と同じ個体だったのだろうか。時間経過で怪我が回復して復活した、ゲームならこの考えも有りではあるが実際の所はわからない。
そうして巨人が消え去ると、そこに宝箱が出現した。そこらで魔物を倒した時はそのままぽんっ、とドロップアイテムが出てきたがそこはやはりボスだからというべきか。開けると中からは丸くて透明な石が出てきた。
「魔石、か?」
「ちょっと違うようにも見えるけど」
ウォルスとルーチェがそう言っているが、ユーリはこのアイテムを知っていた。
ダンジョンから自由に拠点に戻る事ができる石。ポータルストーンだったか。
(待って。これ確か中盤くらいで入手できるアイテムなんですけど!?)
それまでは基本ボスを倒して帰還するか、全滅して拠点に強制的に戻されるかのはずだが何故ここでこんな便利アイテムが。確かに最初から持っていれば大助かりである事は確かなのだけれど。
その分どこかでマイナスな事象があったりしそうだなー、と洒落にならない事を考える。
ポータルストーンの効果は主に二つ。
ダンジョンからの脱出。そしてダンジョンへのワープ。脱出の際はどの拠点に戻るかも決定できたので、他の町に拠点を移したい時には確実にお世話になっていた。ダンジョンへのワープは拠点からダンジョンへ直通で行ける。これで毎回教会とか他のダンジョンへ繋がっているであろう所へ足を運ばずに済むという点ではありがたいのだが……
(じゃあ本来このアイテムが入手できるはずだった階層には何があるのかな?)
本来この階層でゲットできるアイテムとかだったらそれはそれで、とても残念な事になるのだが。
最初のボスから入手できるアイテムは、そこらの魔物と比べるとちょっとはマシ、程度のアイテムだったはずだ。けどある程度ストーリーが進むと店でも買えるので貴重かと言われると別にそうでもない。
本来ポータルストーンが入手できる階層でそんなアイテムが出てきたら、ゲームをプレイしていたなら確実にこの階外れじゃねーか、とぼろくそにのたまっていたに違いない。
なんだかよくわからないうちに、ポータルストーンはユーリが所持する事になっていた。
いやあのこれ、本来は藍緑エクエルドの主人公であるアリスが持つべきなのでは……? と言いたかったがアリス本人が持つ気ゼロだったので説得は早々に断念した。




