見た目に反して設定がエグいゲームは割と多い
ノーマルエンド。言葉だけを聞くならば、別名可もなく不可もなくエンド。もっと身も蓋もなく言うならば、始まる前から終わってたエンド。推理系ゲームなら犯人はわかったけれど動機や真相の一部がわからないままに終わってしまったり、何なら事件の蚊帳の外状態で終わったりもする。
乙女ゲー、ギャルゲーならばフラグを立て損ね、友達のままで終わるエンド。下手をすればキャラとろくに絡まないままに終わる下手なバッドよりもバッドエンド。
とても無難に終わりはするが、伏線回収を割と放り投げられた感が否めないエンディングとも言える。
ユーリシアとしては世界を救うのであればてっきりトゥルーエンド一択だとばかり思っていたのだが、女神の反応を見るに冗談でもなんでもなくノーマルエンドをご所望のようだ。
多少の休憩ならともかくいつまでも立ち止まったままだと時間の無駄だし、下手をすれば野宿をするには微妙な場所で夜を明かす可能性もあるのでとりあえず足を動かす。繋がれたままの手をぷらぷらと揺らし、女神も歩みを再開させた。
「なんでノーマルエンド?」
「そういえば見ていないんじゃったな。その、攻略本とか攻略サイトとかでネタバレは?」
「どうせ全部のエンディング見るつもりだったから、最初はそういうの無しでと思ってそこら辺一切見てないんだ」
「ネタバレは平気な方か?」
「今更だよね。ここでネタバレいやだとか言ったらバッドエンド一直線確定じゃない」
その言葉に嘘はない。世の中の大半はネタバレを忌避するタイプかもしれないが、ユーリシア自身、前世も今世もネタバレに対して特に思う事はなかった。
そもそもネタバレ画面だけ見せられても前後のシーンによっては受け取り方とか違ってくるし。推理小説で最初に犯人にマーカー引かれててもじゃあどこでボロを出すんだろうか、という風に見ていたしそう考えると前世の姉の方がよほどネタバレにはうるさかったとも言える。
「うーんとさ、さっきの蒼碧のパラミシア全クリした人の魂なんだけど。あんまり大団円じゃない雰囲気は察知したんだけどさ、途中で誰かとくっつくとかじゃなしに、トゥルー行った後で誰かとくっつくとかは無理なの?」
「無理じゃな。トゥルー行くと主人公がほぼ死ぬ」
「ほぼ」
「ほぼ」
え、何そのワンチャン生きてる可能性もチラッとあるよ、みたいな微妙な言い方。
折角再開させた歩みが再び停止しそうになるも、何とか足を動かす。ユーリシアの動揺はハッキリ理解しているのだろう。女神も何やら深刻そうな表情を浮かべてはいる。あくまで表向きだけかもしれないが。
「何というかほら、一周目のエンディングは覚えておるか?」
「世界が闇に沈むとかいう原因がもしかしたら魔王、ってなって魔王の城に乗り込むんだよね。で、マチルダが到着した時には既に魔王は勇者と交戦中。倒れた魔王が黒い影に乗っ取られて、かろうじて勝利していた勇者は一瞬の隙を突かれて死亡。マチルダたちが戦うもあっさり敗北」
どう足掻いても一周目のエンディングはこれだ。
そこで魔王が黒幕なのではなく、あの影がそうなんだろうなーとプレイヤーは察するわけだが。
「その影が邪神の一部じゃな。で、その邪神なんじゃが。正直現時点で妾もあれが何なのかわかってはおらぬ」
「どういう事?」
「あれが邪神と呼ばれる存在である、というのはわかるのじゃが。あれがどこで生まれてどうやって行動していたのか、とかそこら辺さっぱりなんじゃよ。存在が謎に包まれ過ぎてて探した所で全く何の手がかりもなかったわ。
その邪神なんじゃが。相当強い。そうじゃなければ世界をどうこうするとかできぬからの。困った事に。
トゥルーエンドはあの邪神を倒すのは当然なんじゃが、魔王と勇者の助けがあってようやく勝てるレベルじゃ。ゲームではな」
「二周目で魔王に加勢する、って選択肢出たから選んだけど魔王と一緒に戦ったにしても勇者強かったんですけど!? 倒したら今度は勇者が乗っ取られてこっちが倒されるし。
三周目は両方と戦う選択肢出たから選んだけど、邪神以前の問題でこっちが瞬殺されたわ!」
一昔前のRPGならまだ敵の強さが鬼畜、とかいうのもよくある話だったのでわからないでもないが、蒼碧のパラミシアはユーリシアの前世、死ぬより一年前に発売した割と新しいゲームだ。難易度とか優しめだったはずなのだが、その割に邪神の強さおかしくないだろうか? クリア後の隠しダンジョンの隠しボスならまだしも。
「蒼碧のパラミシアでのトゥルーエンドについて言うのであれば。魔王と勇者の手を借りて邪神を倒しても世界に大きな傷痕が残る。このままでは遠くないうちに世界が崩壊する、というのがわかってしまう程にな。しかしその時点で妾は最早世界を維持するための力を振り絞り切り、そなたたちの前に姿を現す事も叶わぬ。
そこで、妾が力を与え、妾と深い繋がりを得てしまった主人公が妾のかわりに世界の核となり世界を支える事で世界崩壊を回避するという流れになる、のじゃが……」
「主人公が犠牲になるエンドじゃないですかー、やだー。そういうプレイヤーの心に最後の最後でぽっかり穴開けるようなのがトゥルーとかホント勘弁してほしいのだわ」
「妾にそれを言われてもな……まぁそこで核となるのを拒否ればバッドエンドじゃ。世界が一瞬にして朽ち果てた姿へとかわり、その場にいた仲間だけでなく他の者も消える。主人公に女神の力がかすかに残ってしまったが故の悲劇じゃな。誰もいない世界で孤独を迎える。これがバッドエンド ひとりぼっち じゃ」
「あっ、てっきりいいえを選ぶとはいを選ぶまでループするとかじゃないんだ。軽いノリで選択したらより酷い流れになるとかホントやめてほしいんだけど」
軽率にプレイヤーの心を折りにくるのはやめていただきたい。そう目で訴えるも、妾のせいでは……と同じように視線で返された。
「世界の核となり女神の代理を務める事になると主人公の姿はその場で消えて彼女の意識は深い眠りへと入る。それと同時にかつての仲間たちの記憶からも主人公の存在が消えて、少しずつではあるが世界は復興の兆しをみせる。仲間だけではなく、家族や友人からも忘れ去られるがな。これがトゥルーエンド 消えた英雄 となる」
「何なのその主人公にだけとことん救いがなさそうな終わり。やめーや、ホント軽率にプレイヤーの心にクリアしたって達成感じゃなくて虚無感与えるの」
「ちなみにこのエンディングには先があってな。今まで迎えたキャラエンドの数が一定数を超えていると、数年後、復興しつつある世界の片隅で意識だけが覚醒した主人公がかつての仲間の姿を見るも、皆主人公の事など忘れ幸せそうに過ごしているわけで。一人二人ならともかく皆が皆そうなので主人公の心が折れて、消滅する。
妾もまだ復活するまでの力を得ていない状態で、核を失えば当然世界はまた崩壊の一途を辿る。
これがトゥルーエンド 消えた英雄、朽ちた聖女 じゃな」
「下手なバッドエンドより性質が悪いんですけど、それ」
ゲームの全体的な雰囲気とかキャラクターのグラフィックからそんな重たい感じが一切しないのが余計に性質が悪い。
「っていうかそれって、トゥルーエンドになっても世界滅ぶ可能性があるって事ですよね。救いはないんですか!?」
頑張って頑張った果てがこれだというのならば、あまりにも報われない。ゲームならそれでもいいが、そんな世界に転生してしまってどう足掻いても絶望とか余計に打つ手がないではないか。
「対するノーマルエンドじゃが。こちらはまだ妾の力を補佐できるアイテムが残っておるためそれらを用いて妾が永い眠りにつくだけのエンディングじゃ。一見すると緩やかに世界が滅んでいくような雰囲気さえあるが、数年の間に大きな戦争でも起こらない限り少しずつではあるが世界は復興する。これなら妾がちょっと寝るだけで済むし他の誰かが犠牲に、という事もないのでどちらかといえばこちらのエンディングを目指してもらいたいし妾としてはこちらをお勧めする」
それに、と女神はやや言い淀みはしたが続ける。
「現時点、妾が力を授けたのはそなただけじゃ。本来力を与えるはずじゃった主人公がおらぬ故、そうなると主人公ポジションにスライドして犠牲になるのはほぼそなたになる。トゥルーエンドなぞお勧めできようはずもない」
「そういえばそうだった」
思い出したかのようにユーリシアは眼帯の上から右目を触る。
設定資料集でも眼帯を外したユーリシアの表情はなかったが、眼帯の下は眼の色が左と違う――所謂オッドアイだと記されていた。実際にこうして転生して確認すれば、確かにその通りで。
女神の目の色程ではないがそれなりに鮮やかな碧色をした右目には、女神と接触し力を授けられた証でもある刻印が浮かんでいた。
ゲームでマチルダに女神が接触したのは彼女が15歳になる前日の夜、夢の中でだ。話の都合上、と言ってしまえばそれまでだが、あの村には15になるまでは一人で村の外に出てはいけないという決まり事もあったためだと思われる。女神曰く調整神に色々と事前に言われていた、とのことだが恐らく女神は転生者がどこで生まれるかまでは把握していなかったのではないだろうか。原作開始前の時間軸でこうして女神との再会を果たしたが、女神としては主人公の補佐として一緒に村を出るように頼むつもりだったのだろう。そうすればすぐにでもマチルダに力を授け、前倒しで旅に出るように仕向けたに違いない。
主人公の幼馴染ポジション、という立場でなければ多分原作開始時に王都にいてマチルダと出会うように仕向けただろうとも思う。
最も、主人公と同郷の存在に転生したわりによりにもよってマチルダが不在というオチが待っていたわけだが。
「……さて、今日はこのあたりで野宿かの。何だかんだでそなた昨日は結局ずっと起きておったのじゃから、今日は寝るように」
まだ野宿するには早いのでは? とも思ったのだがどうやら拒否権はないらしい。仕方なくアイテムボックスから道具を取り出して野宿の為の準備をする。
昨日とは逆に毛布を被せられて、逆に眠れないと言いたくなるくらい高速でぽんぽんされたがやはり疲れていたらしく、何だかんだで眠りに落ちる。
夢は、見なかった。