追加で幼女、はいりまーす
――そうして辿り着いたメルクリウス。
時刻は既に夕方。西の空が赤く染まり、大部分の空は既に暗くなっている。
マルテからここまでは馬車で来た。メソン島へ来る際の馬車のインパクトが未だ消えていないが、ルーチェ曰く各都市を移動する馬車はそういう事はないから大丈夫だと断言されたので、精神的に少々のダメージを負いつつも馬車に乗った次第であった。
実際馬車は快適だったとも言える。各都市を繋ぐ街道はほぼ舗装されているので馬車に乗っていてもあまり揺れたりしなかったし、街道付近は討伐隊が定期的に魔物を退治するので、危険な目に遭う事は滅多にないと言っていい。さながらジェットコースターのようだったあの馬車と比べると単語が同じだけの別物だとしか思えないくらいには、快適だった。
メルクリウスがどういった都市なのかと問われれば、恐らくかつてここを訪れたギルドの者や旅人あたりはこう答えるのではないだろうか。
水流るる古都――と。
もしくは薬師達の巣窟か。
この都市には薬と名のつく物は大体売られているといっていい。ゲームでもこの都市では回復薬の類が全て揃っていた。体力と魔力を完全回復しちゃうラストダンジョンでも使う事を考えるような貴重な回復アイテムですら、ここでは売っているのだ。話の進行度関係なく。
最も序盤にそんなアイテムを買おうとしても所持金が足りないので買う事はできないのだが。そして所持金に余裕が出る頃には回復アイテムよりもステータスアップアイテムを買う事になる。
正直BGMも眠くなるようなゆったりした曲で、用がなければ立ち寄る事もなさそうな都市ではあるが売っているアイテムが便利なのでユーリも前世では何度かお世話になったものだ。
実際の所ゲームのBGMが都市についても流れている事はないので静かなものだ。聞こえるのは精々都市の中を流れている水の音くらいだろうか。遠くの方で酒場から漏れ聞こえる笑い声がしたが、騒音というほどでもない。
「流石にこの時間じゃ観光どころじゃないよね。店もほとんど閉まりかけてるみたいだし」
ゲームでは季節も時間も関係なく営業していた道具屋の大半は、既に店じまいをしているらしい。夜間を中心に営業している店も探せばあるかもしれないが、別にここには薬を買いに来たわけでもないのでそういった店を探す必要もないだろう。
「ところでルーチェ、そなたはこの都市に詳しいのか?」
「ん? 詳しいって言う程でもないけど、まぁ何度か来た事はあるからそれなりに?」
「そうか、では今日の宿の手配を任せても?」
「それは勿論。なんならスイートルームとかとっちゃう?」
「そこまでしなくともよい。では、そなたが部屋を手配している間に妾たちはさくっとここでの用を済ませてくる。そう時間がかかるでもなし、すぐに合流できるであろ」
「えー、これから暗くなるのに? 僕も一緒に行ってそれから宿の方がよくない?」
「それでもし部屋が一杯です、なんて事になったらここまできて野宿じゃぞ」
「滅多にないと思うけどなあ」
明らかに不服そうにしているルーチェに、しかしメルも譲らない。こうして言い合っている間にさっさとお互い用を済ませてしまった方がいいのでは? とついユーリが呟いた事でしぶしぶ、本当にしぶしぶルーチェが引き下がった。
「わかった。でもあまりにも遅いようなら僕探しに行くからね。用が済んだらとりあえずそこの橋のあたりにいて」
「よし行くぞユーリ」
「うわちょっ、まっ、メル!?」
言うなりユーリたちに背を向けて宿がある方角へ進むルーチェを見送る事なくメルはユーリの手を引いて駆け出した。凄まじいスタートダッシュだった。足がもつれそうになりつつも、走りながらなんとか体勢を整える頃にはルーチェの姿は後ろを向いた所で見えなくなっていたがメルが足を止める様子はない。
「あやつ、部屋を取ったら即座に妾たち探しに来るぞ。あの様子だと」
「否定できないわー。いやホント、何なのあの勇者。あんなキャラだっけ?」
ゲームで仲間にしてないからイベントもほぼ見ていないけれど、設定資料集やらで知った情報を思い返しても外見男の娘、というインパクトだけが凄いだけで中身は割とマトモな勇者してたような気がするのだが、それすらユーリの勘違いだったのだろうか……と思える程度にはルーチェのキャラが違い過ぎた。
「貢ぎ癖がある、とかそんな情報は一切なかったと思うんだけど」
「安心せい、そんな設定はなかったはずじゃ」
「現状を思い返すと安心できる部分がないんですがそれは」
メルクリウスは大きくわけて下層・中層・上層の三つの区画に分かれている。と言うと下層はとんでもなく劣悪な環境に思われがちだが、別にそんな事はない。単純に立地の問題なだけで、上層には別に貴族が住んでるとかいうわけでもないし、どちらかというと一番にぎわっているのは中層だった。
上層に近い中層、そこに星見の館がある。メルに手を引かれたまま走って辿り着いたそこに駆け込んで。
ここも特に異変はなかった。正直このままここで夜を明かしたかったがそういうわけにもいかず、一先ず他の館と繋いで外に出る。繋いだ時にタイミング良く誰かと遭遇しないだろうかと思ったが、特にそんな展開は起こらなかった。
「こうなると、ホントあの王都の館だけ異常すぎない? 何であの館だけなんだろうね」
「妾に聞かれても困る。あれを仕掛けた者が何者かもわからぬしな」
館から出て待ち合わせに指定されていた場所へと戻る。帰りは急ぐ必要もない。仮にルーチェが探しに来たとしても、こちらの用は既に済んだのだから。
「それにしてもルーチェの目的がわからなすぎて怖い」
「何故に妾達に目をつけたのじゃろうなぁ」
「観光、って言ったけどさ。ここそんな護衛雇わないといけないレベルで物騒なの?」
「そんな事はなかったはずじゃ。強いて言うならば……ん?」
すっかり日が沈み暗くなった周囲にぽつぽつと街灯の明かりが灯る。小さな町や村などではこういった街灯は一つ一つ魔術を使う要領で住人がつけて回る事があるのだが、こういった大きな都市では自動で灯る街灯の方が主流なので別段おかしな部分はない。メルが気にしたのはこちらに近づいてくる足音だった。
まさかルーチェか!? とユーリは一瞬ひやっとしたもののその割に足音は軽い。全力で走っているようではあるが、足音の主はルーチェよりも小柄なのだろう。ルーチェならばもっと力強い音になるか反対に全く足音をさせないかのどちらかな気がしてならない。
足音は確実にこちらに近づいてくる。街灯に照らされて徐々に近づいてくる足音の主の輪郭がルーチェではない事を確かにした時点で安心しかけたが、どうもそういうわけにはいかなかったようだ。
「メル」
「わかっておる」
「――それで、えぇと、どういう事?」
用が済んだら橋のあたりにと言っていたルーチェはかつて自分が利用した中で比較的値段とセキュリティがしっかりしている宿で部屋を取る事にした。二部屋。
見た目だけならそこらの女性と遜色ない事は自覚しているが、中身が野郎であるという事実は自分でも理解しているのでそれに関しては当然の事と言えた。
明るい間はそう危険な事もないとわかってはいるが、いかんせんあの二人と別れたのは日が沈む直前だ。少しだけ橋のあたりで待って戻って来る様子がなければ即座に探しに行こうと思っていた。探しに行く場所に心当たりなんてものはないが、ロクに武装もしていない少女と幼女の二人組なんてもの、ちょっと情報収集すれば見つけるのは然程難しい事でもない。
とはいうものの、探しに行く事なく彼女たちとは合流できた。向こうが早々に戻ってきたので探しに行く必要がなかっただけとも言える。――のだが。
幼女が一人増えていた。
まさか誘拐か!? と思いはしたが、詳しい話は後で、と言い切られてはその場で問答をする方が時間の無駄だ。何か切羽詰まった様子もあり、一先ずは宿に戻ってきたわけなのだが。
「どう、と言われましても。説明に困ってるのはこっちもかな」
「詳しい話は後で、なんて言ったくせに?」
「あの場でぐだぐだしてたらもっと面倒な事になりそうだったから」
多少ばつが悪そうな顔をしているユーリを見る限り、手近な幼女をひっ捕らえて誘拐したわけではないのだろう事はわかる。一体いつから、そしてどこから走ってきていたのか今もまだ息を切らせて呼吸が落ち着いていない幼女の背を、メルがさすっていた。
口で呼吸をしているうちに喉のあたりが乾燥したのか、ひゅうひゅういいだした幼女に水を差しだす。見知らぬ相手から差し出されたという事で警戒しているのか、戸惑ったようにこちらを見上げる幼女ではあったが咳込んだ事でそれどころではないと判断したのだろう。
コップを受け取ると時折咽つつではあったがそれでも飲み干した。
コップの水を飲んでいる最中に嫌でも目についたのは、幼女が首につけていたチョーカーだった。革製の至ってシンプルなそれ自体は別に気にするものでもない。ただ、そこに飾りのようについているタグ。それはこの島の住人でもある証であった。
住人全てが目につく部分にこのタグをつけているわけではない。人によっては見えないように隠している者も多くいる。
タグそのものは別に忌むべきものでもない。が、素直に受け入れる事に抵抗がある者がいるのも事実。
多分きっと、彼女たちは知らないのだろう。メソン島についてどこまで知っているかはわからないが、観光に来たなんて事を言うようなお花畑だ。大方他の大陸でふわっとした情報を知っただけに違いない。
そうでなければこんな面倒な場所に足を運ぶわけがないのだから。
ルーチェ自身が現在理解できている事は、ユーリたちが何らかの厄介事に巻き込まれるか自分から首を突っ込みに行くか。ただそれだけの事だった。




