推理にもなりやしない
結晶樹というのは樹木が結晶化したものであり、そういう木ではないのだとテロスが言う。
どうして結晶化するかまではわかっていないそうだが恐らくは樹木にのみ発症する病気のようなもの、というのが現時点で最も有力な説であるとも。
杉であれ樫であれ白樺であれ樅ノ木であれ、どんな木であっても結晶樹となると見た目はほぼ同じようになるらしく、結晶樹は何らかの微生物が寄生した結果である、との説も一時期出ていたがそちらはあまり主流ではないらしい。
文献はあまり出回っておらず、研究をしている者も今となってはほぼいないのでは、とテロスは付け加えた。
というのも結晶樹自体がまず人の目に触れるような場所にないからだ。
かつてノトス大陸で結晶樹が発生した事があったが、そこは既に砂の下。研究をしようにも研究対象がない状態ではどうしようもない。
だからこそ旧王都に結晶樹があるというのならそれはとても貴重だとは思うのだが、テロスにとってはどうでもいい事だった。
「結晶樹の実に関しては一口サイズのリンゴみたいなのができるらしいんだけど、元の木が何であれそういう実ができるっていうのもどうなってるんだろうとは思ってるよ。
食べた人の感想も文献には記されてた。不味くはないらしいよ。物珍しさで当時の王に献上しよう、ってなったらしいけど、食べた人間が結晶化して死んだから結局献上はしなかったようだけどね」
多分、一番肝心な部分であろうところがあまりにもサラッと言われたためか、理解するのに一瞬間が開いた。
「結晶化して死んだ……?」
「結晶樹の実って結晶樹同様結晶化した見た目で、食べたらシャリシャリしてるらしい。で、味はそこまで悪くない。物珍しいから当時の権力者に貢物として献上しようってなったはいいけど、少し遅れて食べた人が苦しみだして結晶化。時間差だったから、余計な犠牲も出たみたいだし、そのせいで結晶樹は死の植物、みたいにも言われてたようだね。
思いのほか頑丈だから切り倒そうにも難しく、枝を折るくらいならどうにかなるけど幹だけ残すわけにもいかない。燃やそうとした人もいたらしいけどあまり効果はなかったとか。
その時は結晶樹のある場所を封鎖して立入禁止にするっていう対処がなされたんだったかな」
結晶化すると言われてもユーリにはピンとこなかったが、しばらく考えてじわじわ石化するようなものかな? と結論付ける。成程、だとしたら石化だろうと結晶化だろうと死に方としては恐ろしい部類に入る。
「結晶樹の実を粉々にすり潰して一種の毒薬として使った人もいたんだったかな。敵対勢力にあたる人物の飲み物とかに仕込んで。そういう意味ではあまり分布しないで良かったんじゃない? 解毒薬があるかどうかもわからないし、下手に市井に紛れ込んで知らない人間の体内に入り込んだらそれだけで一大事だからね。
……情報が出回らない、伝承として伝わってないっていう結果として、そこの小娘みたいに騙されるのが出るわけだけど」
見た目だけならテロスの方が年下に見えるのだがその事を口にする者はこの場にはいなかった。というか、口に出せばそちらに矛先が向いて辛辣な言葉で殴り倒されるのが目に見えている。
小娘呼ばわりされたセシルはというと、まだ完全に信じてはいないのだろう。けれど、嘘だと一蹴することもできないらしく、青ざめた顔で言葉にならない声を漏らしていた。
「大体、何で魔女なんて信じたかな。あいつら見た目は人間と同じように見えるけど中身は別だってのに。魔女は魔女のルールでもって生きている。人間と同じ扱いをしていたら痛い目を見るのは人間だよ。そりゃ、極一部人間と上手くやってけるのもいるけど」
その言葉はゲームでも聞いたセリフだった。誰が言っていたんだったか……確実に誰のセリフだとかは決まっていなかった気がする。その時仲間になってるキャラのうちの誰か、だったような。
そしてその仲間キャラに魔女がいると、更にセリフが追加されたりしていた。
マチルダと仲間の魔女の二人きりだった場合は街の住人のセリフとして聞こえてきたはずだ。その後表示される選択肢で好感度が上下するとか攻略サイトで見かけて次の周回プレイで試しにやってみようと思っていたのだ。転生したので実行はできていないが。
メルがユーリの腕を引いた。何だろう、と思い少しばかりしゃがんでメルと視線を合わせるようにしたが、メルはユーリの耳元に口を寄せる。
「少しばかり視てみたが、全部が全部呪いというわけではなさそうじゃ。ちゃんとした祝福らしきものが一つ、それを支えるような小さめの祝福が一つ、残る二つが隠しきれておらぬが悪意が滲み出ておる。呪いの原因はこの二つで間違いないじゃろう。
ただ、その二つは祝福の方にも若干絡んでおる。何と言えばいいのか……」
言葉を選ぶようにして悩んでいるメルだが、どう言えば適切なのかがわからないらしい。ユーリの頭の中では色の違う毛糸が絡んでぐちゃぐちゃになっている光景しか浮かばなかった。多分それで合ってる、とユーリの脳内を見る事ができていたならメルは頷いたはずだ。
「……ちょっと聞いてもいいかな? セシルに祝福を与えたっていう三人の魔女ってどういう魔女だったとか聞いてない?」
たまたま近くの森に住んで人間とそこそこ上手くやっていた魔女、とはいえ同じ森に住んでたわけでもないのなら、もしかしたら魔女同士の確執に巻き込まれたという可能性もある。祝福に見せかけた呪いであるというのなら、生まれたばかりのセシルではなくその両親か一族の誰かがその魔女の不興を買った可能性もあるのだが。
基本的に魔女は敵とみなした相手に容赦はしない。無関係の者を巻き込む事は滅多にないが、例えば自分の敵と仲良くしている相手は敵対勢力側とみなして敵認定する事もある。対象を苦しめるために対象と仲の良い者を苦しめる方法をとることだってある。
他者を巻き込む方法は争いの規模が広がる一方なので、そういった手段を取るという事はそれだけその魔女が怒り狂っているという事に他ならないが大抵はそこまで拗れる前に大体敵とみなされた者が死ぬか魔女が殺されるかだ。
魔女は魔女のルールで生きている。けれどそのルールがどういったものであるかまで、細かい部分は割と知られていない。魔女に聞いても魔女ごとに違う事もあるので聞くだけ無駄だとも言う。
けれども、普通に暮らしている分には魔女の逆鱗に触れる事は滅多にない。言葉が通じてそれなりに友好的に接する事ができているうちは、魔女であっても普通の人間とそう変わりないからだ。
身も蓋もない事を言ってしまえば、何らかの地雷を持っている人間と接するのと大差ないとも言える。
魔女側も率先して敵を作りたいわけではなさそうなので、適切な対応、適切な距離感を心がければ然程の問題はないので魔女のルールとやらを細かく突き詰めようという者はほとんどいなかった。
下手に首を突っ込んで、突いた藪から蛇より恐ろしいものが出てくる可能性を回避したと言ってしまえばそれまでだ。
「えーっと、ワタシに祝福を与えてくれた魔女は確か…………デリスとゲルダ、それからパトリシア……だったと思います。あぁ、それから旅の途中で出会った見習い魔女がシャルロッテ。
そしてワタシに呪いを解く方法を教えてくれた魔女は……アルマと名乗っていました」
テロスの物言いにすっかり委縮してしまっていたが、それでもセシルは自分が関わったであろう魔女の名を全て口にする。その中でユーリが知っていた魔女の名は三つ。
パトリシア、シャルロッテ、そしてアルマ。
言うまでもなく蒼碧のパラミシアに出てきた人物名である。
「つまり、アルマが黒幕って事だよね」
ゲーム知識のせいでするっと出てきてしまった言葉に、グラナダが「即決!?」と驚いて「あ、しまった」と思いはしたが、今更口から出たものをなかったことにはできない。
「ユーリシア、キミにしては随分ハッキリ言い切ったね。何? 今の魔女の中に知り合いでもいたの?」
「知り合いというか一方的に知ってる名前がいた。その中でなら、一番やらかしそうなのはアルマしかいない」
「でもさ、祝福と言う名の呪いをかけたのはアルマじゃないよ」
「デリスとゲルダが多分アルマと繋がってる。証拠出せって言われたら無理だけど」
ユーリの知ってる魔女の名前は三名。デリスとゲルダについては今初めて聞いた名だった。
けれど、メルが視たという祝福に見せかけた呪いの数が二つであるのならば、それを仕掛けたのは確実にこの二人だろうとも言えた。この二人のうちのどちらかとパトリシア、というのは有り得ない。
深く追求されても上手く説明できないとは思うが、メルは何となく察したらしい。どう足掻いてもゲームの知識からである。
パトリシアはゲームでは仲間になる魔女だ。ついでに魔女であるという事もあり、当然魔力が高めのキャラでかつ魔力消費が他のキャラより控えめという点で前世ではそれはもうお世話になったキャラでもある。MP消費を気にすることなく全体攻撃を使う事ができたし、各属性取り揃えていたので大抵の敵の弱点を突けた。装備品の組み合わせによってはパトリシア無双が始まる程でもあった。
マチルダも攻撃魔術に関しては突出していたが、MP消費量を考えると圧倒的にパトリシアの方が優秀でもあった。尚彼女との好感度を最大まで上げるとMP消費半減というアクセサリーをくれるので、そうなるとマチルダとパトリシア二人でラストダンジョンを狩場にできるという凶悪仕様になる。
前世、それはもう大変お世話になったキャラ。それがパトリシア・メッザノッテである。
そしてシャルロッテはパトリシアの弟子にあたる。ゲーム内で仲間になる事はないが、時折遭遇してはちょこちょこアイテムをくれるお助けキャラのような扱いだった。パトリシアが仲間になっている場合に限るが。
メルが視た祝福を支えているような小さめの祝福というのはまず間違いなくこのシャルロッテだろう。師匠であるパトリシアの祝福の気配を察したからこそ手を貸した、というところか。
ならばパトリシアはセシルに対してマトモな祝福をかけているという事になるのだから、そうなるとどう足掻いても祝福紛いの呪いをかけたのはデリスとゲルダに他ならない。
「……仮に、デリスとゲルダがアルマと繋がっていなかったとしても。アルマとパトリシアは犬猿の仲なのでパトリシアの祝福の気配を察知していたのならアルマは当たり前のようにセシルを敵と認識してると思うよ」
ゲームでもパトリシアとアルマは敵対していたしイベントの進ませ方次第では戦闘にだってなったのだから。そしてアルマはそこそこに厄介な敵であった事を思い出す。
「とりあえず、わざわざ結晶樹の実だとか言い出すくらいなんだ。相手が魔女なら旧王都で何らかの罠くらい仕掛けてる可能性もある。行ってみるしかないんじゃない?」
気付けば遠くに見えていたはずの旧王都の建物の一部分は、かなり近くに見えるようになっていた。足元をよく見れば、かつて街道であった名残もある。
旧王都へは、恐ろしい程順調に辿り着いていた。




