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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
一章 チートも何もない転生者の目の前で女神様が土下座で助けを求めてくる
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チュートリアルは始まらない



 それはまるで雪のような白銀。絹糸のような滑らかな髪は毛先へ行くにつれ青みを帯びたグラデーションとなっている。自然には決して存在しないであろう色合いの髪は、だがしかし人工的ではないと一目でわかるほど美しく。整った顔立ちも美術品のような肢体も、何もかもが現実離れしているかのようではあったが、それがこの世界を創りし女神であると知っていればその美しさに納得さえしてしまう。


 ほんのり青みがかったシンプルなドレスは肩のあたりは露出しているものの、それだけだった。足元に至っては完全に覆い隠されてはいるがきっと見えない部分すら美しくあるのだろう。ただの人間であったならば、装飾品でより一層飾り立てもしただろう。けれど、女神にとってそれらは不要という事なのか、彼女が身につけている装飾品は雫型の宝石がついただけの、とてもシンプルな額飾りだけだった。

 しかしその宝石すら、すぐ近くに存在する女神の鮮やかな碧眼により霞んでしまう。


 この世界――シエロヴェーラを創りし女神リュミエール。


 彼女は何の因果か転生した少女の目の前に現れると同時に何故か幼女にまで縮み――


「助けて下さい!!」


 それはもう見事なまでの土下座で着地を決めた。


 幼女サイズにまで縮んだ女神の姿は、縮んだ程度であまり違いはないように思える。ただ、ドレスは色合いこそ同じだが足元を隠すほどではないただのワンピースになっているし、先程まで額飾りとして存在していたシンプルな装飾品は今は首のあたりにありただのネックレスと化している。


 幼女神が土下座している先にいたのは、不思議の国のアリスをモチーフにしました、と言われれば納得できるような少女だった。童話のアリスと違うのは、金色の髪ではなく灰色めいた銀色の髪と右目につけられた眼帯だろうか。澄んだ湖面のような青色の左目が、戸惑うかのように女神を見ている。


「わ、私も正直助けてほしい……!」


 少女はそう言うと女神のように地面にべしゃりと倒れ込み、土下座というよりは五体投地した。



 少女の暮らす小さな村の、あまり人の来ない村はずれにあるやはり小さな森の中での事だった。




 ――蒼碧のパラミシア。割とよくあるRPGの世界に転生したと気付いたのは、産まれた直後の事だった。産まれる前にそもそも女神からゲームのオープニングまんまな会話を聞かされていたのだから、気付かない方が無理がある。というか、女神が出ておきながら全然関係ない世界に転生しました、とかだったならそれこそなんでだよ! と突っ込んでいたことだろう。


「私もね、転生しちゃった事についてはもう仕方ないと思ってるの。しちゃってるんだから今更何言った所でどうにもならないだろうから。

 でもさぁ! それにしたってもっとこう、平和な世界に転生したかったわ。いや平穏な暮らしをしようとすれば出来なくもないよ? ないけど。でもこの世界このままいけば滅ぶんでしょ!?」


「うむ、妾もな、正直もうちょっとどうにかできればと思わんでもないのじゃ。力及ばずすまぬの」


「いいよ、謝らなくて。女神だっていじわるでしたわけじゃないんだから。あぁでも、転生したのは仕方ないにしても、もうちょっとどうにかならなかったのかなって思ってる」

「どうにか、とは……?」


 女神との遭遇から早数時間。出会った直後はまだ昼と呼べる時間帯だったが今はすっかり日が沈み夜となっている。焚火を挟んで彼女と向き合いつつも、少女は言いにくい事を言うように視線を僅かに彷徨わせ、まぁいいかと開き直るように言葉を口にした。


「こういう転生物ってさ、基本的に女性主人公だと悪役令嬢に転生しましたとかが主流だと思ってたの。まぁ蒼碧のパラミシアで悪女ポジションいたかって言われるとわかんないけど。でも、悪役令嬢に転生したならやる事はまだわからなくもないのよ。悪役令嬢ポジションを回避するために奮闘するか、断罪イベントとか呼ばれるやつ終わった後で処刑回避できるかとか流刑された後の地で自分らしく生きて行こうとするとか、ヒロインちゃんが良い子ならお友達になれるようにするとか。野郎にヒロインちゃんは渡さねぇ、ヒロインちゃんガチ勢になるとか。

 近いので悪役令嬢の取り巻きに転生しました、とかもあるけどさ。ああいうのも大体やる事ってわかるじゃない。捨て駒人生回避とか。


 男性主人公の転生物とかはまぁ、割と方向性がとっちらかってても大体は第二の人生好きに生きるぞーってやつじゃない。その流れでハーレムができるかどうかは作品によるけど」


 もしかしたら自分が前世で見た作品が偏りすぎているだけかもしれない、と思いつつもつらつらと述べていく。女神はそれを真面目に聞いていた。幼女が真剣に聞いている話の内容がこれ、という事実を考えると何だかとてもいけない事を話しているような気がしてくるが、ここで諦めてはいけない。


「でもさ、私が転生したのってゲームで名前もあるし顔グラもあるけど仲間になるわけでもない、っていうとても微妙な立ち位置じゃない。貴族令嬢ってわけでもないし。仲間キャラと同じように設定資料集だと1ページもらえてたキャラだけど、生い立ちに何かがあるわけでもないし。っていうか私最初しばらくわからなかったからね!?」

「それはなぁ、妾も正直ちょっとよくわからぬ」


 少女が転生したのは、ゲームではシアと呼ばれる少女だった。引っ込み思案であまり自分を出さない控えめな少女。村の外には出ないし出ようともしていなかった少女。

 ゲームの一周目をクリアした後で見た設定資料集で、シアと呼ばれる少女の名前がユーリシアであるという事を知った。

 童話モチーフにしたキャラは他にも何名かいたし、それらは大抵仲間になるキャラだったからシアと呼ばれる少女も見た目ほぼアリスだし、と思ったからもしやと思って攻略サイトの仲間一覧の部分を確認したが仲間にならないと知り「いや、ちょ、えぇー? そんな外見しといて!?」と言わずにはいられなかった。


 ユーリシア・ヒュスタトン。

 これが彼女がこの世界で転生して与えられた名だ。設定資料集ですら家名はなかったのと、村では普通にユーリシアと呼ばれていたのでしばらく気付かなかったのだ。まさか自分があのシアと呼ばれていた少女であるなどと。


「そもそも、私の事をシアって呼んでた唯一の人が村にいないんだから気付けるわけないでしょ!? 仲間になるでもないのに名前と顔グラがあったのってどう考えても主人公の幼馴染ポジションだったからだと思うんだ」

「ほんに、何でいないんじゃろうなぁ……妾も驚いたの一言で終わらぬレベルで驚いておる」


 近くにあった小枝を焚火に放り込むと、その向こう側で女神は頭を抱えた。その反応は当然だろうと思っているのでユーリシアは何も言わない。


「原因を探ろうにもまずどこから探るべきなのかもさっぱりじゃからな……村が消えたのもあるしもうホントこれどうすればいいのやら」


 ユーリシア自身も相当疲れてはいたが、女神も似たような……いや、ユーリシア以上だろう。出会って早々森の中で話を聞いた時に表立って行動する事こそなかったがそれでも色々と奔走していたのは把握できたのだから。



「とりあえずさ、女神。ちょっとでも休んだ方がいいよ。私まだいつもは起きてる時間だから先に見張りしとくし」

「いやしかし妾こんな姿になりこそすれども神じゃから多少眠らずとも」

「いいから」


 立ち上がり女神の方へ行くついでにアイテムボックスから毛布を取り出し女神の頭から被せる。そのままぽんぽんと叩いているうちに、何やらもごもごと言っていた女神の声も聞こえなくなりおとなしくなった頃にはかすかではあるが寝息が聞こえてきた。



 ふぅ、と小さく息を吐く。

 悪役令嬢に転生した話なんかは、悪役令嬢が悪役令嬢じゃなくなった時点で原作崩壊ではあるが別にそれはそれでいいと思っていた。逆に悪役令嬢極めるわ、とか言われて読むのに年齢制限つきそうなエグイ話になってたらそれはそれで読みたいけれど、そうなると作家の実力が問われる話になりそうだし途中で作者が力尽きるのでは……? という気さえしてくる。

 けれどもそれはまだ作品として楽しめる範囲の原作崩壊だろう。二次創作とかで大体慣れた。


 そういえば前世の姉が転生物を一通り目にしてから心底不思議そうな顔で、

「ねぇ、こういう転生物で前世モテなかったから転生したらモッテモテな人生送りたい、って神様にお願いしていいよーって言われていざ転生したものの、モテるのは女の子からじゃなくて野郎ばっかりで俺の尻の穴がヤバい、みたいな話ってないの?」

 と言ってきたときは自分も何それ読みたいと思ったが残念ながらそういう話にあてがなかったなとふと思い出した。その場にいた兄が笑い転げていたのはしっかりと覚えている。


「可愛い女の子と出会っても、主人公には別に惚れたりしない挙句他の野郎に片思い。だがしかしその片思いしてる野郎が主人公にフォーリンラブ。貴方さえ、貴方さえいなければ……ッ! と女の子が敵にまわる愛憎渦巻く転生物とか超見たいんだけど。露骨な敵に回ったりするのみならず、中には腐ったレディへと進化を遂げたレディから悪気なく野郎との仲をごり押しされる話とか見たいなー。ないの?」

「何それ誰得! でもそれ怖いもの見たさで俺も見たい」


 ひーひー笑いながら言ってた兄の姿が今でもはっきりと思い出される。

 いやでも転生物で男性主人公なら読者もある程度男性だろうし、そんな話があったら読者の心が折れないだろうか。最初から腐ったレディ向けの話で出すならともかく。


 転生物あるあるでも思い浮かべようかな、と思った矢先に浮かんだのがこれという時点であまり深く考えるのは止めた。


 かわりに自分の現状について考える。

 女神と遭遇してある程度話を聞く限り、ここは蒼碧のパラミシアとほぼ同じ世界とみて間違いないだろう。

 ゲームのあれはこれから先起こり得る未来の可能性を凝縮した出来事らしいので、ゲームの知識が役に立たないわけでもなさそうだ。


 問題を挙げるなら大きく分けて三つ。


 一つ、ゲームの一周目は必ずバッドエンド。


 二つ、主人公がいるはずの村にいない。


 三つ、ゲームの知識が役に立ちそうとは言うがノーマルエンドもトゥルーエンドもまだ見てない、バッドエンドしか見てないプレイヤーが転生してしまったという事実。



 始まる前から詰んでいる。

 ユーリシアの脳裏にそんな言葉がよぎるのも仕方のない事だろう。そりゃあ女神も登場と同時に土下座で助けを求めるわ。

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