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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
一章 チートも何もない転生者の目の前で女神様が土下座で助けを求めてくる

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魔女のいない森



 かれこれ数年はもうずっと一人だった。

 アナトレー大陸のとある街。そこが彼女の生まれた場所だった。父は領主を務めていたからかいつも忙しそうではあったけれど。それでも必死に働いて時間を作って彼女と母と一緒に過ごす時間も増やしてくれていた。

 母はあまり身体が丈夫な方ではなかったけれど。それでも無理をしない範囲で彼女と共に過ごしてくれていた。友人にも恵まれていたし、寂しいと思う事はほとんどなかったのだ。


 あの日、あの時までは。



 セシルが生まれた時、両親は街に暮らす住人達を誘って生誕パーティーとやらを開いたそうだ。その時、近隣の森に住んでいた魔女をも誘ったらしい。魔女、と聞くと恐ろしいイメージが浮かぶが彼女たちは周辺の町や村の住人達とも上手くやっていた。人というものに対して友好的な存在だったからこそ父も招待したのだろう。


 三人の魔女は、お祝いの品に何を贈るべきか考えたけど良い物が浮かばなかったから、とセシルに祝福を与えた。健康に恵まれますように。良縁に恵まれますように。平穏に恵まれますように。

 魔女の祝福とやらにどこまで効果があるのかまでは知らない。両親もその場にいた住人達もおまじないとかジンクスとかゲン担ぎのようなものを想像していたはずだ。

 教会関係者の人も中にいて、セシルの人生に幸多からんことを、と祝福していった。

 とても穏やかに、そして和やかにその生誕パーティーは始まって終わったのだと、そんな記憶なんてなかったセシルに母は楽しそうに語っていた。


 その祝福が呪いだと知ったのは、10歳の誕生日だ。


 それは何の前触れもなく唐突だった。

 セシルを覆うように出現した荊が無差別に彼女の周囲にいた人間へと襲い掛かる。幸いにして死者はでなかったが、それ以来その荊は消える事なく今も彼女の背後で蠢いている。

 ある程度距離をおけば荊は誰も襲わなかったが、少しでも射程範囲に入ると容赦なく襲い掛かって来る。セシルは屋敷の一室に閉じこもった。けれど、壁越しであっても近づいた人間に襲い掛かろうとする荊はやがて壁をぶち破り、たまたま掃除をしようと移動していた使用人を傷付けた。

 今はまだ誰も死んでいないがいつか誰かが死んでしまうのでは、と次々に使用人が暇を貰うようになった。

 友人は、誰一人近寄る事がなかった。

 生まれた時に祝福を授けた魔女とは別の魔女がたまたま父のもとを訪れていたが、彼女の口から呪われていると告げられた。


 母はあまり魔術士として力があるわけではなかったが、小さなゴーレムを作りそれを操る術には長けていた。ゴーレムを作り、それらに食事を届けさせ身の回りの世話をさせる。大体は用事を済ませる前にほとんどが破壊されてしまうが、それでも母は諦めずに何度もゴーレムを作った。


 短期間に頻繁に魔力を消耗しすぎた結果なのか、衰弱した母は間もなくこの世を去ってしまった。


 自分のせいで母の死期が早まったも同然であったが、父はセシルを責めなかった。

 悪いのは呪いをかけた魔女だから、と。むしろあの時魔女を招待しなければ、と父は自分を責めていた。

 呪いをかけた魔女たちは、あの後どこかへと行ってしまったらしくその後一度も姿を見る事はなかった。


 呪いを解く方法もわからないままに時間だけが過ぎていく。すっかり使用人もいなくなってしまった屋敷には、セシルと父の二人だけ。

 だがしかし、魔女に呪われいつその呪いの象徴でもある荊が無差別に暴れまわるかもわからないという状況を、街の住人達は良しとしなかったらしい。面と向かっての迫害はなかったが、それでもセシルの与り知らぬ場所で色々とあったのだろう。父は精神的に疲労を抱え、やつれていった。


 どうにかしたいがどうにもできない。時間だけが過ぎていく中でとうとう父は実の娘へ頭を下げた。この街から出ていってほしいと。

 何となくそんな気はしていたため、セシルはショックを受ける事はなかった。ただ、少しだけ悲しかった。

 街の住人達もとても気まずそうではあった。けれど仕方がないとも言えた。この荊は自分の意思で動いているわけではない。自分で制御できるならともかく、制御できないそれがいつ更に猛威を奮うかはわからないのだ。


 いつ襲い掛かって来るかもわからない危険物を、いつまでも近くに置いておきたいなんて人はいない。父は一緒に街を出るつもりでもあったようだが、どうせ一緒に来てもらっても一定の距離をとっていなければ荊は襲おうとするのだ。自分の不注意で父へ近づいたり、荊の気まぐれで父が襲われる可能性がある以上寂しくとも一人で街を出るしかない。


 父は最初、セシルに出来る限りの路銀を渡そうとしたが、どのみちこんな状態では人里に足を踏み入れるわけにもいかない。結果として餞別としてもらったのは、人里にいかずとも生きていけるだけの知識を記した書物だ。食べられる植物の見分け方、生活魔術の扱い方、ある程度の魔物の肉を捌く時の方法、他にもいくつかの知識。



 荊の呪いが発現してから、三年後の事だった。


 魔女の呪いの解除方法はわからない。だからこそ、まずは呪いをかけた魔女を探す所から始めた。基本的に魔女は森と共に生きている。他の大陸だと森以外の場所でも暮らしている事があるそうだが、アナトレー大陸の魔女の大半は森と共に過ごしている。時折住処を変える事はあっても、森から森へ移動している。

 だからこそ、セシルはとにかく森を彷徨った。広大なアナトレー大陸の森。大小の規模を問わずに森であれば足を踏み入れ魔女を探す。


 結果としては芳しくなかった。道中遭遇した魔物は大体荊が勝手に倒してくれたが、魔石を手に入れても換金できる事もない。必要になる部分は大体肉くらいか。途中で服がボロボロになってきたので毛皮や皮を剥いで不格好ながらもどうにかした。

 そんなある日、盗賊に襲われた。それらは荊が瞬殺してしまったためセシルの記憶にはあまり残っていなかったのだが、この盗賊団がとある領主が密かに抱えていた兵隊たちだったらしい。彼らが行商人を襲い、時として町や村を襲う。その後討伐隊として――平たく言うと単なるマッチポンプだ。その領主は自分の名声を高めるためだけに周辺の小さな村や町を食い物にした。

 だがセシルにそんな相手の事情など知る由もない。襲い掛かってきた盗賊たちは、荊が容赦なく仕留めてしまったのだ。悪徳領主はセシルに賞金をかけたが、その後すぐに諸々の悪事が白日の下に晒されてしまったため賞金は撤回された。


 とはいえ、セシルは人里に近寄る事ができないためその辺の事情はさっぱりだった。ただ、襲い掛かってきた盗賊以外の人間が賞金稼ぎである事は把握したし、その時に何となく状況を察した程度だ。セシルはより一層注意深く人里へ近づかないように森から森へと移動するようになった。


 災厄の荊姫。そう呼ばれるようになったのはこの頃だ。

 旅の途中、一人の魔女と出会った。彼女はまだ一人前の魔女になっていないらしく、修行中の身なのだと言ってセシルの荊に興味を示した。

 事情を説明したセシルに対し、魔女はそれなりに同情したらしい。未熟だけど、と前置いてその呪いの効果が薄れるようにまじないをかけた。


 その効果があったかは定かではない。けれど、セシルはその気遣いが嬉しかった。見習い魔女と一緒にいた期間は短かったがセシルの心の支えにはなった。


 森から森へ。それを繰り返して何度か他の魔女とも遭遇した。呪いを解く方法はそれでもみつからない。魔女から偉大な魔女の話を聞いて、その偉大な魔女を探す事にした。結局その偉大な魔女とやらを見つける事はできなかったけれど、かつて自分に祝福とみせかけた呪いをかけた魔女を知る魔女と出会う事はできた。


 魔女は言う。呪いを解く方法があると。

 その言葉に従って、セシルはある場所を目指した。

 それが――




「グリシナ大森林」


 森ではあるが、魔女が住まない森と呼ばれていたため一度も足を踏み入れる事がなかった場所である。



 貴方はなんでまたこの森へ? という世間話のような気軽さでもって聞いた事を、ユーリは何とも言いようのない気持ちで後悔しつつあった。この森に来た理由はなんとなくわかった。けれどそこに至るまでの流れがとても重い。

 セシルの実年齢を聞いてはいないが見た所二十歳前後に見える。――のであれば、彼女が故郷を出たのが13歳なのだから、単純に考えて七年は一人でアナトレー大陸の森を彷徨っている事になる。

 恐らく二~三年の誤差はあるかもしれないが、成人するとされているよりも前の年齢から独りである事を強いられているという時点でユーリだけでなくグラナダまでもが見てはいけない闇を垣間見たような顔をしていた。


 災厄の荊姫と呼ばれている理由を知る前は何だかとんでもない存在なんだろうなと思っていたが、よくよく聞けば盗賊だ野盗だと呼ばれている相手からそう言われていたのが広まったらしく、セシル本人は荊がなければただの無害な人間ではある。彼女自身が他人を巻き込まないようなるべく人に近づかないようにしていたからこそ、大規模な討伐隊を組まれる事もなかったのだろう。被害があればギルドに討伐依頼が出される事もあるかもしれないが、今の所被害に遭っているのは魔物かあとは悪党と呼ばれるような連中だけだ。


 セシルとは距離を取って移動していた。近づけば荊が襲ってくるからだ。だからこそ最初セシルは慌てて距離を取ろうとしたし、今もなおお互いの距離感に気を付けている。だがしかし話しながら移動していたとはいえ、すっかり日が暮れたらしく、森の中は光も差し込まないような暗さになっていた。ユーリが前方を照らすために光球を作り、それを先行させる。

 昼間、あれだけ沢山の狼がいた森は今は不気味なほど静かだった。


 時々別の魔物と遭遇もしたが、狼のように群れで来る事もなく一体だったので特に苦戦もしていない。



「流石に今日はここいらで野宿かな……」

 かろうじてキャンプ地となりそうなスペースがある場所までやってきて、テロスがそう告げる。目的地まであと僅か、というのであれば多少無理をしてでも進んだはずだが、今の所あとどれくらいで到着するかはわかっていない。ならば無理に進むよりは朝になってから出発するべきだろう。


 荊が襲い掛からない距離をとると、セシルはキャンプ地として使えそうなこの場所の限りなく端まで寄る事となったが本人は気にしていないようだ。むしろ、久々に会えた人とのやりとりに楽しそうに笑っている。


「とりあえず結界はボクが張っておく。ユーリは食事の支度よろしく」

「りょうかーい」


 ゴードンも含めてではあるがこういった事は過去何度かあった。結界自体はユーリも作れるけれど、いかんせんまだ持続時間という部分ではテロスに劣る。最初の頃にやった時はあまりの酷さにテロスが腹を抱えて笑ったものだ。今はそこまでではないと胸を張って言えるが場所が場所だけに結界はテロスに任せる事にする。

 メルもきっと結界くらいならどうにかしてくれると思うのだが、出来る限り彼女の力は温存させたい。


 手伝いますね、とグラナダがアイテムボックスから取り出した諸々の道具を手に取る。火を熾し、生活魔術で鍋に水を入れて沸かす。グラナダは道中で採取した薬草の中から使えそうなのを取り出して鍋に入れていた。

 手際よく魔物の肉を解体してぼちゃぼちゃと鍋に放り込む。王都を出る前に購入しておいた他の食材なども放り込み灰汁を取る。

 アイテムボックスから更にパンを取り出して、各自に配る。荊があるのでセシルに直接渡す事はできなかったが、極力近づいて食事を置いたら距離をとって、セシルに自分で取ってもらう事にした。


 まさか自分にも用意されると思っていなかったらしいセシルは、大層喜んでいた。パンを食べるの何年ぶりだろう、なんて言われてやはり軽率にユーリの目は死んだ。

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