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ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
一章 チートも何もない転生者の目の前で女神様が土下座で助けを求めてくる
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わくわく狼ランド



 響き渡る遠吠えに応えるように新たな狼たちが駆けてきた。よりにもよって、ユーリたちの背後から。

 ユーリたちが来た方向から、と言うべきか。けれど森に入った時から敵の気配はなかったので恐らくは相当遠くからやってきたのだろう。

「っ!? 仕方ない、行くよ」

 まさかのバックアタックにテロスが舌打ち混じりに告げる。もたもたしていたら確実に攻撃を食らうであろう状況で、その言葉に文句を言える余裕はなかった。


「弾け飛べ」

 荊姫と思しき相手の方へ駆けながら、テロスが振り向きざまに術を放った。

 狙いが若干ずれたものの、それでも狼が三匹ほど弾け飛んだ。術の効果範囲から免れた狼が即座にテロスに向かって襲い掛かる。

「凍てつけ」

 テロスの喉笛に噛みつかんとしていた狼の全身が一瞬にして氷像へと変わった。

 跳躍していた狼は、その場で落下し地面にぶつかった瞬間に粉々に砕け散った。


「相変わらずえげつない術の発動速度……」

 増援としてやってきた狼の大半がテロスを敵と認識し、隙を窺い襲うタイミングを見計らっている。ユーリたちはまだ何もしていないからか、狼からまだ脅威的な存在だと見なされてはいないようだ。


 魔術を教えてほしい。そうゴードンに頼んだ時、どちらかというと彼は難色を示した。

 ゲームだと魔術は大体レベルが上がれば勝手に覚えるし、使いたい術を選択すればあとはキャラが詠唱してるっぽいモーションをしつつ発動させる。けれど転生したここではまずレベルという概念がない。ギルドでは依頼を受けるのにランクが必要になりはするが、それとレベルとはイコールにならない。自分のステータスを確認するという事もできないので、何となくこれくらいかな? とゲームで出てきた敵の強さと比較してふわっとした推測しかできない。ゴードンと各大陸を巡った際に魔物を倒した事は何度もある。だからこそレベルというものがあるのならそれなりに上がっているはずだが、正直な話レベルが上がったという実感はなかった。

 その状態で何かの術を覚えたなどと到底思えるわけがない。


 更にはユーリシアは蒼碧のパラミシアでは非戦闘員だ。レベルを上げる行為をしたからといって、何らかのスキルを覚えるかどうかはわからない。


 女神に力を授けられたものの転生特典というものとは少し違うし、魔術を自動的に覚えたりはしないという事実だけは早い段階で把握したのでゴードンを頼ったわけだがそのゴードンは最初、物凄く面倒がっていたのだ。

 魔術は同じような効果の術でも人によっては使う魔力量や詠唱、発動させる時の名前すら異なる事がある。

 ファイアーボールという術があったとして、ゲームでは使えるキャラは全員その通りに発動させていたがこの世界では「炎よ」とか「火の玉アターック」とか「いいから燃えろ」とかユーリからすればかなりフリーダムだった。共通しているのは火を連想させる言葉が入っている部分だろうか。敵を欺くために逆の氷を連想させる言葉であっても発動は可能だがこの場合、恐ろしく魔力を消耗する。

 術の効果範囲とか、放った術の速度とか、小難しい部分をどうにかするのが構成だ。これは詠唱とは少し違う。どういった術を発動させるのかというのを決定づけるものなのだが、ゴードン曰くこれが一番面倒なのだそうだ。


 思い通りに想像したものがそのまま発動できればいいが、大抵はそう上手くいかない。それは己の魔力の量であったり、世界に満ちるマナの量であったり。自分の魔力はさておきそこらのマナの量なんて明確にわかるはずもない。だからこそ、大抵の人間は魔術を修得する際ここら辺の説明で心が折れる。わからないなりに感覚でどうにか掴むしかないのだ。


 ゴードンは言っていた。魔術を発動させる際、どんな術であれ構成を上手く作らなければ場合によっては暴発するとも。魔術が完成した何かであるなら、構成はそれらの骨組みのようなものだと。それは絵を描くようなものであったり、編み上げるようなものであったり、織るようなものであったり、積み上げるものであり、刻むものであり、折り重ねていくものでもあるのだと。

 人によりその構成を構築する手段は異なる。タイプが同じ魔術士を師にできればいいが、そうでなければ教える側も教わる側もとても面倒臭いものなのだと。


 その時のユーリは確か、(成程、つまり炎タイプの必殺技を修得するのに氷タイプの人に弟子入りしちゃうようなものか)とかそんな事を考えて納得したような気がする。幸いにしてゴードンは面倒だと言いつつもユーリでもかろうじて理解できるように教えてくれたため、最終的には魔術を使う事ができるようになったわけだが。

 術を発動する際の詠唱にあたる部分はなくても術は発動する。魔力を大量に消耗するが。けれど、構成無しで魔術を発動させるというのは不可能と言っていい。この部分がどれだけスムーズに行えるかで術者の力量がわかると言ってもいいくらいだ。


 そうして、テロスはいつ術の構成をやっているのかと疑問に思うくらい静かに、スムーズにその過程を終えて術を発動させているのだ。

 本来ならば詠唱しつつ術のイメージを固めて構成し、それを発動させるという流れらしいので術を行使するには若干の時間がかかる。けれどテロスのそれは、構成した時点で発動させていると言われてしまえば素直に納得できる程だ。


 狼たちの意識をテロス自身へ向けて彼が引き付けている間にとにかく先へと進む。さっきまではかろうじて道と呼べる部分があったが、今は既にそんなものもなく木々の間を無理矢理通り抜けて茂みに突っ込んでといった感じだ。


 ガサガサと音を立ててひたすら走る。テロスへ襲い掛からなかった狼が数匹こちらへと向かってくるがグラナダの横をすり抜けていく。

「へ? ちょっとどういう!?」

「妾たちは放置でいいと考えて仲間の救援に向かったのでは?」

 前方へ視線を向けると先程遠吠えをした狼はとっくに倒されていたのか、別の狼が遠吠えを上げている。これは本気でこの森の狼全滅も有り得るのでは? と思うのだがその前にこちらが力尽きるような気もしている。

 少し遅れて後ろから足音が聞こえる。どうやら襲い掛かってきていた狼たちはテロスに撃破されたらしい。仕事が早いな、と思っているうちにユーリの隣へと並ぶ。


「もう疲れたから帰りたいんだけど」

「まって、まだ何も始まってない」

 あの荊姫とやらと接触するにしろ、旧王都へ行くにしろ、まだどちらも開始すらしていないというのに。

 今度は別の方角から増援が来たらしく、ちょっと視線を逸らしている間にまたもや狼の数が増える。荊姫の泣き笑いが大きくなる。そうこうしているうちについに立っていられなくなったのか、力なくへたり込み両手で顔を覆う。戦意喪失したようにしか見えない彼女ではあるが、その背にある荊は相も変わらず狼たちを容赦なく薙ぎ払い、叩き付け絶命させていく。

 そこかしこにある死体の数からして、ちょっとした地獄絵図だ。

 むしろこの場にある死体が狼だけであるということが少し異常だ。荊は血飛沫飛び散るような倒し方はしていないが、だからといって一切血が流れない倒し方というのはしていない。何匹かは荊の棘が突き刺さり血を流して絶命したものもいる。ならば血の匂いに引き寄せられて他の魔物も寄ってきそうなものなのだが、今の所狼以外の魔物が寄ってくる気配はない。


「帰れないなら仕方ない。それじゃ先に言っておくけど。仲間呼びそうな奴がいたら何をおいてもそれを率先して倒していかないとそれこそ森中の狼と戦う事になるよ。わかってるよね?」

 いやもうホントマジで帰りたい、と最後に付け加えたテロスに、いやそりゃそうだけどさぁと言いかけて。荊姫を見る。彼女の荊は確かに容赦なく狼を倒しているようだが、見た所倒す優先順位は特に決めていないらしい。ある程度彼女の近くに寄ったやつから倒しているようだ。遠吠えをしようとした狼は少しだけ距離を開けているため荊の攻撃範囲から逃れているらしく、となればいつまでたっても終わりは見えない。

 アナトレー大陸最大の大森林。そこにいる狼の正確な数はわからないが、ここにいるのはほんの一部分だろう。


「場合によってはあの女を利用するのもありだろうね。あの荊の攻撃範囲に狼を誘導しさえすれば、あとは勝手に荊がどうにかしてくれそうだし」

「テロスってちょっと考えたら少し言葉を選びそうな内容でも割とハッキリ言いますよねぇ。そこ流石にドン引きです」

「そう? 生きるか死ぬかの状況で他人優先できる程ボクはおりこうさんじゃないから。気にするなら君は勝手に死ねばいい」

「もーちょっと言葉オブラートに包んでこーぜ、です」


「グラナダ、諦めて。テロスの性格はずっと昔からそんなだから。裏表あんまない分楽と言えば楽なんだけど」

「失礼だな。ボクだって一応相手によって対応はちゃんとしてるよ。それをする必要がないなと判断するのは気を遣う必要のない相手か、ただの馬鹿だけだよ」


「ちょっとユーリ!? この人大丈夫です!? 何か街中至る所に敵作ってたりしてません!?」

「え、えー? どうだろう……? そもそもテロスが敵作ったとして、それを長々と生かしてるっていう状況が理解できないから」

「あーあー、何かやっぱり実はヤバい所に来ちゃったんだなっていう感想が今になってひしひししてきたっ! ちょっとメルも何か言って下さいよ」

「えぇ……? 妾まだちょっとそういうヤバいとか言われるようなの見てないから何とも言えぬのじゃが」


 などと言っているうちに。

 最後の茂みを超えて、ようやく荊姫がいる少し周囲が開けた場所へと出る。


「ふぇぇ、また来たよぅ……もうホント何でワタシがこんな目にぃ……ぐすっ」

 顔を覆ってしくしくと泣いていた荊姫が顔を上げる。遠目で見た時も思っていたが、近くで見ても荊姫は割と人の良さそうな顔をしたただの女性だった。背後にある荊さえなければ、の話ではあるが。


 だがしかし。


「き、きゃあああああああああっ!?」


 彼女はユーリたちの姿を見るなり悲鳴を上げて盛大に後退ったのである。そうして――


「ひゃんっ!?」


 荊が倒した狼の死体に躓いて倒れ、後頭部から着地を決めて動かなくなった。


「え、ちょっとこれどういう事……?」

「いやこっちが聞きてーです」

「と、とりあえずまずはこの場を何とかせねば。仲間を増やされる前に片を付けるぞ」

「っていうか、さぁ。この人気絶したのに荊は出たままって便利なのか不便なのか微妙だよね」


 わ、わおん?


 一部の狼たちまで困惑したかのような鳴き声を上げている始末。よく見れば荊もどこか困惑したようにうねうねと狙いを定めきれないような動きをしていた。


「弾けて燃えろ」


 ただ一人、割と冷静だったテロスが発動させた術が炸裂した。森の中だというのに響いた爆音と立ち上った火柱は、だがしかし森を焼く事なく混乱状態に陥り逃走しだした狼たちを残らず焼き尽くす。


「やー、これだけの規模の術をホントいつ構成してたのって言いたくなるわー」

 一瞬にして周囲の気温10度くらい上がったんじゃないかと思えるその状況で、ただユーリだけがそんな呑気な感想を漏らしていた。

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