お留守番女神の憂鬱
「じゃあ、行ってくるね!」
「まぁ、必要ないとは思うけど護衛くらいはしておくよ」
仲間を探そう、という事で一度王都散策する流れになったのはある意味で当然で必然だった。
本来のガーゴイルより禍々しくはあるが、倒せない事もない無限式ガーゴイル。復活限界があるかはわからないが、検証の際キリがなさすぎたので多分無限に沸くのでは? という結論に落ち着いたためしばらくは戦いたくもないし見たくもない。
原因がわかればどうにかしようもあるのだが、現状何が原因なのかもわからず。
だからこそ、極力ここでお留守番してくれる誰かを引き込む事ができれば、となるのは当然の流れだ。
流石にここでずっと一人で留守番をするというのは無理があるが、短期間ならまぁどうにか、と思ったのでメルはここに残る事となった。結果誰も仲間にならなかったら諦めて毎回ガーゴイル戦をしなければならない、という腹をくくる必要もあるので、ユーリには若干の期待を込めて見送っておいた。
メルにとってユーリは主人公となるマチルダがいないため、ある意味で彼女だけが頼りだという現状だ。
主人公に最も近い立ち位置ではあるが、近いだけで主人公ではない。それがどのような結果をもたらすかも不明のままだ。
「いや、ある意味で主人公より主人公なのかもしれぬけれども」
いつまでも立ちっぱなしでいるのもどうかと思い、手近な椅子に座る。本来の姿であれば問題はなかったが、縮んで幼子の姿になってしまった今、足が床につかない。何とはなしにぷらぷらと揺らしてみる。
ユーリと遭遇したあの日。故郷が消えたあの時の事を思い返す。
この世界を滅ぼそうとしている邪神の正体は正直さっぱりわからない。というのもまず、蒼碧のパラミシアそのものでその正体に言及されていないからだ。けれど邪悪なものであることは確かで。
わざわざ主人公がいるであろう故郷を滅亡させたのは、邪神本人か、その部下とかまぁ関係者だろうなとは思っている。ただ、あの時そういった邪悪な気配などは感じ取れなかった。一瞬でも気配を察知できていればいくら力を使って消耗している状態だったとはいえ、こちらも何らかの対処はできていたはずなのだ。
異文化交流という事もあり、他の異世界についても何となく知ってはいる。創造神が数多の世界神を生み出した黎明期には、具体的な正体はわからないけどとにかく邪悪な存在なんです、みたいな代物もよく発生していたようだがここ最近はそういった事がなかった。
そのため、まさか自分の世界にそういう脅威が発生しているという事実にどう対処していいのかさっぱりわからない。
へー、昔はこういった事がよくあったんですねぇ、なんて他人事のように資料をパラパラっと見た程度で終わらせた事を今更ながらに後悔している。薄っすら覚えているのは、何かよくわからない正体の敵は大体人の心から生まれた邪悪な願いが具現化したものとかだった気がする。
その理屈で当てはめると、この世界につまりそれだけ邪悪な願いを抱いている者たちがいる、というわけになるのだが。
「……妾、極力健全な世界を創りたかっただけなんじゃがなぁ。精霊たちもなるべく危険思想抱いてないのを頑張って勧誘したというのに。一体何が悪かったのか……」
思わず両手で顔を覆う。そう、世界神は生まれて一定期間内に世界を創らないと消滅してしまう。だからこそ、彼女は必死に創ったのだ。しかし折角創った世界がそこに生まれた生命によって滅ぼされるような事になっても死ぬ。何らかの方法で世界神が殺されれば世界は滅ぶし、世界が滅べば世界神は死ぬ。長生きしたければ急速に文明を発展させたりせずに、適度に繁栄させていく必要がある。
けれど直接干渉する事はほとんどの場合許可されていない。どうあってもそうするしかない、という状況になってようやく許可がおりる。
かつて、それを無視して好き勝手やらかした世界神がいたが、結果自分の手には負えない状況になり、調整神に助けを求めたがあっさりと見捨てられて消滅したという話は世界神の中では割と有名だ。
直接的な干渉は普段は禁じられているが、その代わりに色々と手伝ってくれるのがこの世界で女神以外に神扱いされている精霊たちだった。大精霊と呼ばれるそれらと話し合い、代わりに干渉してもらう。
干渉の仕方は精霊によるが、これはある程度世界神との意思の疎通ができていないと効果が少ない。
かつて、火山が活発に活動し、流れる川は大体マグマ、なんていう灼熱の世界としか言いようのない世界に気に入ったからという理由で無理矢理雪の精霊を連れていった世界神がいたが、当然雪の精霊は世界に放たれるなり消滅した。結果として精霊を連れていくには交渉して、合意の上でなければ連れていけなくなってしまったが……これはまぁ、当然の結果だろう。
ちなみにその世界神がその後どうなったか、それを教えてくれる存在はいなかったのでメルはわからない。
少なくとも、精霊はその世界神と友好的にやっていけそう、と思えばついてきてくれる。だからこそ、例えばかつてのように強制的に連れてきたわけでもないので世界神に反発して裏であれこれやって衰退させてやろうというようなのは黎明期に比べるとほぼないと言ってもいい。世界を滅ぼすまですると、精霊自身も消滅するので不満があれば精々衰退レベルなのだ。
メルについてきてくれた精霊たちとの仲は良好。だからこそ、この世界の行く末でもあると蒼碧のパラミシアを資料として調整神から見せられた時はかなりの衝撃を受けた。
思った以上に広い世界を創ってしまったが、それでも多少の小競り合いはあれどそこまで酷いものはなかったのだ。メル自身、世界の危機がくるならば種族間の戦争とか、国同士の大規模な戦争とか、まぁそういうのだろうなと思っていたというのに、邪神とかいうわけのわからない存在がポッと出てくる始末。そういうサプライズは一切望んでいなかったというのに……!
ふと、調整神に呼び出された時の事を思い出す。
唐突な呼び出しに何事かと参じてみれば同じような同胞たちの姿があって、そこで説明されたのはとある世界神の力が暴走して他の世界にその力が流出した、などと。
世界神同士の直接の交流は創造神がいい顔をしないので普段はない。神の箱庭と呼ばれるこの場所でほんの一時、許されていたのはそれだけだ。だからこそ、他の世界に他の世界神の力だけとはいえ流出などというのは一方的とはいえ親とも呼べる創造神の不興を買う以外のなにものでもない。
こういったトラブルを解決するのに、普段ならば調整神が手を貸してくれるのだが流石に世界の数が多すぎて手が回らないらしく。結果として転生者を投入する流れとなったのだ。
自分の力ならどうとでもできるが、世界神といえど別の存在の力を操れるかというとそれは別の話。かといってその世界に住んでいる者たちにどうにかできるかというとそれもまた微妙。それができるならば、世界は神殺しで満ちている。
転生者は、別世界の魂であるが故に干渉しやすいというのが調整神の言葉だった。メルはその言葉に素直に納得したのだが、他の世界神は違ったらしい。それもそうだろう。別世界の魂を自分の世界の生命の器に入れて放す。転生者が友好的であればいいが、好き勝手やった結果、その世界の神である自分を殺しにこないとは限らない。難色を示したのは一部の世界神だけであったが、「じゃあお前らは手助けいらないって事で」と調整神に言われた途端手の平を返した。
他の世界神の力を自力でどうにかできればいいが、どうにもできなければ手助けという名の転生者はどうしても必要となる。わかりやすいくらいに諸刃の剣だった。
調整神はこうも言っていた。
「転生者に対して過度の接触はやめるように」
それに先程手の平を返した世界神がまたもや噛み付く。放置していればマトモに働かないのでは!? と。
「一応、初回にこちらに協力してほしい事を伝えるくらいは許可する。それからは……」
パチン、と調整神が指を弾くとそれぞれの世界神の前に小さく透明な石が現れた。咄嗟にそれを受け止めると淡い光が灯る。
「その石が砕けた場合のみ、直接の接触を許す。それ以外で接触した場合は以後一切こちらから支援は行わない」
とても冷たい声だった。文句を言い募ろうとしていた世界神も咄嗟に開けていた口を閉じる。
「いないとは思うが、その石を無理矢理破壊した場合何が起きてもこちらは関与しない。どんな事態事象が発生しようとも自己責任だ」
その後は転生者争奪戦が繰り広げられたわけだが、あれは酷い争いだった。神と呼ばれようともあの時は人間を愚かだなどと言えないくらいに醜い争いを繰り広げていたのだから。
調整神の言葉通り、最初の接触をした時は少し早すぎてまだ転生者が転生する直前であったけれど。極力ゲームのオープニングと同じような内容にして助けを求める事にした。いつか蒼碧のパラミシアで世界をどうにかするキーパーソンでもある主人公たる少女との共通点を持たせた方がいいのでは、と考えた結果だ。
その後は邪神がどういった存在なのかを裏でせっせと調べたが手がかりは得られず。精霊たちにも手伝ってもらいあれやこれやと打てる範囲で手は打ったが、効果があるかはよくわからない。多少の抑止力になっていればいいな、とは勿論思っているが、高望みはしないほうがいいだろう。
そうしてあの日。何の前触れもなく石が割れた。嫌な予感がしすぎて咄嗟に空間を跳躍してユーリの元へと行ったわけだが、ごっそりと力を吸い取られた感覚がして幼女化する始末。
今にして思えばあの石に力を吸い取られたような気もしているが、壊れた直後に綺麗さっぱり消滅したため調べようがない。
未来の可能性を知らない少女をそのまま放置してもいい結果が出るとは思えないし、自らもこんな状況になってしまえば各自で動くよりは行動を共にした方が生存確率が上がるだろう、と打算や自己保身で動いたが今の所その判断に間違いはないと思う。
「……ん? あれ、もしかして、邪神の正体って他の世界神の力の流出が原因だったりする……?」
今までそれとこれとは話が別、とばかりに切り離して考えていたがむしろこれが原因なのでは? と今更ながらに思い至る。もしそうなら邪神を倒すのに転生者がいないと話にならない。
ユーリに転生じゃなくて異世界トリップじゃダメだったの? と聞かれた時に世界に満ちているマナに耐性のない異世界の存在がそのまま来たら耐え切れずに死にます、と答えたのは事実だしだからこその転生なのだが。別世界の世界神の力の流出云々は説明していなかったため、もしそうであるならばそれも報告しなければならないだろう。
だがしかし、今は問題ないがいずれもし、仲違いをするような状況になったらと考えると「転生者には神を殺せる力があります」と言うのは少し躊躇うものがある。今はいい。けれどある日どこかで誰かと恋におちて、
「私この人とのエンディング迎えます。世界とか知らん!」
なんて言われたらと考えると……
「い、いや、まだ別の世界神の力が邪神であるというのはイコールではない。確証もない話じゃ」
嫌な考えを振り払うように頭を振って。
(とりあえずこの件はもう少し保留じゃな……)
メルはそっと心に蓋をした。