表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ぐだぐだ異世界転生  作者: 猫宮蒼
四章 立場はある意味二軍落ち
101/219

後にユーリはこう語る。地底湖は南国にあるとは思えない程冷たかった、と。



 行方不明状態だった師匠はきっとあの時邪神によって既に体を乗っ取られていたに違いない。実際はどうだったのか、既に語る人物がいないのでそこは想像になってしまうけれど、結果として乗っ取られていたし決着はつけた。


 邪神を名乗る存在を、どうにか倒す事はできた。

 ゲームであるならラストバトルが終了して、これからエンディングである。

 だがしかし、とてもそういう雰囲気ではない。


 まず邪神というのは他の世界神の力が流出したものだというのはメルに聞いていたし、そもそもサンク自身が邪神である事を否定していなかった。こちらの世界では、と言っていた以上、他の世界に関しても知っているかのような口振りだった。

 この世界以外にも力が流出した世界はあったようだし、意識が繋がっているのであれば他の世界に関して知っていても別におかしな話ではない。


 ユーリは思わずテロスを見ていた。

 そもそもそれらに対しての転生者だ。転生者以外がどうにかするとなると、それはもうもっと力の強い世界神とか調整神がどうにかするしかないのだろうな、とメルから話を聞いた時点で思っていたのに。


 いくら弱っていたからとはいえ、トドメを刺したのはテロスである。


 メルもまたテロスを見ていた。

 テロスがそれなりに強いのはメルも感じていた。けれど、サンクにトドメを刺したのはただ強いからというだけでは無理がある。この世界の住人の体を乗っ取っていたからといっても、本当に彼が名乗った通りの存在であるならば、ただ弱った程度じゃ調整神や転生者以外にどうにかできるはずもないのだ。

 星見の館を漂っていた精霊たちがテロスに関して少し精霊に近い気がすると言ってはいたが、それでもサンクを直接どうにかできる力があるはずがない。精霊と世界神ならば、どうしたって世界神の方が力は上だ。


 けれども現実として、トドメを刺したのは紛う事なくテロスである。


「テロスは何してたの? 私さっきまで超絶ピンチだったじゃん。最初の攻撃よけろって教えてくれてから何してたの?」

「何って、とりあえず気配消して相手の隙突こうとしてたんだけど、気付いたら勝手にそっちが盛り上がってただけじゃないか。向こうもボクの事はさっさと意識から消してたみたいだし。

 で、あの偽ゴードンとは知り合い? 何か邪神だの転生者だのってわけわかんない事言って盛り上がってたけど」

「知り合いなわけないでしょ。まぁ敵だったけど」

「ふぅん」


 サンクがテロスの事を早々に意識の外に追いやったのはある意味で当然と言えた。邪神が気にするべきは自分を殺す力を持っている転生者であり、次に世界神である。他の世界に干渉できている時点でサンクの方がメルより力は上であるわけだが、それでも万が一という事もある。だからこそユーリとメルに注意を向けていてもテロスにそこまで意識を向けたりはしなかったのだろう。

 本来ならば邪神に対して決定打を与える事ができるのは転生者で、だからこそこうしてユーリはこの世界に存在しているはずなのだが。


(にしては普通にテロスの攻撃通ったな……?)

 そこだけがやたらと引っかかる。どういう事なの女神様。そんな疑問を込めて視線を向けるがメルも何だか信じられないようなものを見る目をテロスに向けている。

 実際の所メルはテロスをやたらと腕の立つ魔術士という認識しかしていなかった。けれどもサンクをああもあっさりと魔術で消し去った手腕を見ると、腕の立つという言葉だけで終わらせるには異常すぎた。

 サンクという名の世界神の事を、メルは知っていた。メルよりも以前に生まれた世界神。あの世界神の力だけとはいえ流出したものがゴードンの体を乗っ取ったとして、そして自らをサンクと名乗ったのだとして。

 本来のサンクと比べれば力は弱いのかもしれない。けれど、それでも。メルが本来の姿であったとして全力で戦ったとしても、正直勝てるかどうか疑わしい程に力の差があったのだ。

 メルとサンクの力の差は、悲しい程に大きすぎた。


 本来のサンクでなかったとしても、その力の一部をテロスはあっさりと倒してしまったのだ。

 それはつまり、テロスが頑張ればメルですら倒す事ができてしまうという事になる。テロスはこの世界の生まれだから流石にメルを消滅させるまではできないと思う。だが神をも超える力を持っているのであれば話は別になってくる。

 神を超える力を持っていたとしても、テロスは神ではない。

 ならば、そんなものは、まるで化物ではないか――


 きっとユーリはそれがどれほど恐ろしい事なのかを気付いてはいない。気付いているなら、そんな当たり前のように普通に接する事なんて到底できないはずだ。

 テロスが何を思っているかはわからない。けれど、メルがテロスをまるで化物のようだ、などと思った事を勘づかれてはいけない――テロスがただその事実に嘆くだけならまだ可愛いものだ。化物だと思われてそれに対して心を痛めるだけで済ませるようならまだマシだ。

 けれど、そこでユーリやメルを敵と認識してしまったら? 今はまだある程度対等であると思っているからこそ、お互い気安くやり取りをしているのかもしれない。けれど、実の所対等ですらないとテロスが知ってしまったら?


 野生の動物の中にはまず威嚇をして、それに対して怯んだものを獲物とみなして襲うというものもいる。

 テロスを野生動物と同じとするには少しばかり乱暴な理屈ではあるが、彼が獲物とみなしてしまうような何かがあったならば。

 その時メルは彼を止められる気がしなかった。


 ならば、この思いに気付かれてはいけない。あくまでも、今まで通りに――



 そう内心で決意をしていたメルの事なんて当然テロスが知るはずもない。

 ユーリと言葉を交わしていたテロスは、ふと思い出したようにメルを見た。


「そういえば、あの女どうするの? あいつの目的も破壊するつもりだったみたいだけど」


 言われて弾かれたようにメルは地底湖へと視線を向けた。テロスに関してあれこれ考えている場合ではない。先程のサンクとの応戦で彼の攻撃がうっかりそちらに向かっていたらと考えたが、それは杞憂に終わる。

 変わらず、彼女はそこにいた。閉じ込められたままではあったが無事である事に安堵の息を吐く。


「あっ、そうだった。とりあえずもっかいチャレンジしてみるわ」

 ユーリも先程発動し損ねた術の構成を再度作り直す。

「風よ――」


「あ」


 だがしかし。

 ユーリが術を発動させる直前でクリスタルがすぅっと音もなく溶けるように消えた。そして――


 ぼちゃん。


 閉じ込められていたはずの彼女は解放され、当然ながら落下する。即ち、地底湖の底へと。

「うわあああああ!? トリアあああああ!?」

 メルが叫ぶ。恐らくは彼女の名を。

 足を動かして地底湖の方へと向かう。だがしかし焦っていたせいかメルは足をもつれさせて盛大にすっ転んだ。

「びゃああああああ!? おぶっ、ユ、ユーリィィィ……」

「行ってきなよ。戻ってきたらとりあえず乾かすくらいはしてあげるから」

「水泳にはまだ季節早いと思うんですけどねぇ……っていうか着衣遊泳とか難易度高くない? いや行くけど」


 すっかり取り乱しているメルをこのままにしておいていいのだろうか、とも思ったが取り乱している原因は地底湖の底だ。ならば早急に救出するしかないだろう。


 水の中を自由に動き回れる術とか息ができる術とか学んでおくべきだったかなー、と後悔はしたが、そもそもそんな術があるのかどうかも疑わしい。ゲームではなかった。

 仕方なしに覚悟を決めて、ユーリは地底湖の底へ沈んだ彼女を追うべく飛び込んだ。




「さっむ、何これ水冷たいさっむ!!」

 日の当たらない地底湖だ。水温が高いとは思っていなかったが、正直冬の川もびっくりな冷たさだった。

 飛び込んだ直後に吸い込んだ空気の半分くらい冷たすぎて反射的に出た。よく息がもったものだと自画自賛しつつ、ぴくりとも動かない彼女を引っ張り上げて何とか戻ってきた頃には、あまりの寒さにユーリの歯の根が合わずにカチカチと音を立てるまでになっていた。


「はい、ご苦労さま」


 全く心のこもらない労いの言葉とともにテロスが術を発動させた。飛び込む前の宣言通り、ずぶ濡れだったユーリたちが一瞬で乾く。

「ごめ、テロス、乾いたのはいいけど、どうせならちょっと温めもお願いします」

 体の芯から冷え切っているため、服も髪も乾いたとはいえ震えが一向に止まらない。ユーリはまだいいが、トリアと呼ばれた彼女は体温が冷え切ったせいもあってか相当に顔色も悪くなっており、何だか今にも死にそうというか死んでいるようにも見える。むしろ呼吸をしているかどうかも疑わしい。


「はいはい、仕方ないからやってあげるけど、感謝してよね」

 呆れたように言いつつも術を発動した結果、ユーリの頬に赤みが差す。トリアの方も一瞬前と比べるとマシに見えた。

「正直ボレアース大陸でもこれやってくれたら大助かりだったんだけどね?」

「周囲の雪も溶かしかねないし、そうなると最悪雪崩発生とかしたかもしれないけど?」

「あ、やっぱ無しで」

 テロスならそこら辺上手く調整してくれると思うのだが、そもそも面倒がってやらないだろうなとも思ってしまったので即座に前言撤回する。


「じゃ、用も済んだし帰ろうか」

「正直もうちょっと休憩したいけど、そうも言ってられないか……」

「仕方ないからその人はボクが運ぶよ」

「あぁあ……テロス、言うまでもないと思うのじゃが、なるべく丁重にな!?」

「わかってるよ」

「いやそれ絶対わかってなかろう!?」


 よいしょっと、声を出しつつテロスはトリアを小脇に抱えた。反射的にメルが叫ぶ。

「足だけ掴んで引きずってないだけ丁重だと思うけど?」

 真顔で返すテロスに、その日メルは今まで誰にも見せた事のないような微妙な表情を浮かべていた。


「しかしまぁ、これでまた病人なのか怪我人なのかわかんないけど安静患者が増えるわけだ。星見の館はいつから療養所になったんだろうね?」

「いやだから、丁重にって言っておるじゃろ!?」


 メルが騒ぐので小脇から肩に担ぐ形に変えたテロスが呆れたように呟く。どっちにしてもメルのお気に召さなかったようではあったが。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ