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悪口だろうが何だろうが「毒を吐く」のは良くない

男が半泣きで叫ぶ。半ば自暴自棄だ。


「止まれ!」


次の瞬間、俺の体から何かガスのようなものが噴き出る。


「小日向さん!」

「はいッ!」


部屋中に乾いた破裂音が鳴り響く。

パニック状態に陥っていた教室の中がぱったりと静かになる。


「とりあえず状況整理から行きましょう」

「いつものやつですね!」


小日向さんもこういうのに大分慣れて来たみたいだ。

こんなものに慣れてもらってもしょうがないのだが......


--------------------


俺達は、その男の近くに立ちながら状況整理を行うことにした。


「やはりこの男の周りからもガスのような物が出ていますね」

「ここまでわかりやすく毒々しい色をした毒もあんまり無いと思いますけどね」


男の周りには紫色のガスのようなものが噴き出ていた。

おそらく吸ってはいけない類の物だろう。

それの検証は後で行うとして、まずは対処から考えないといけない。


「小日向さんが時間停止を解除してからどうするかが問題です。下手にパニックを起こさせると倒れる人が出てくるかもしれない」

「そうですね。でもパニックは避けられないでしょう」

「小日向さんは出来るだけそれの鎮静に努めてもらいたい。教室の外に出るのを誘導してもらうだけです」


小日向さんは緊張した面持ちで頷く。こういう責任のある仕事を押し付けて申し訳ないとは思うが、彼女以外に頼める人が居ないので仕方ない。


「傑には倒れた人の救助をお願いします。もしも倒れた人が居た場合、自分の力だけではどうすることも出来ません。万が一手遅れになった場合が起きてはならないので、傑ならその辺も上手くすることが出来るでしょう」

「分かりました。佐々木さんはどうするんですか?」


俺にはやるべきことがある。

おそらくこれは俺にしか出来ないことだ。

俺は小日向さんを引き連れながら開いていた窓を閉めた。


「俺はあの男を止めます。あの男をこんなところで人殺しにさせてはならない」

「それはこの教室に残るってことですか? それは危険すぎます!」


小日向さんが大声で詰め寄ってくる。

怒った顔を近くから見ると、心臓が跳ねあがる。割といい意味の胸の跳ね上がり方である。

目を逸らしながら小日向さんを押し戻す。


「俺はあの男のチートが使えます。多分あの毒は使用者本人も殺すようなものではないと思います」

「そう言い切れる根拠は?」

「あの男はチートのオンオフが使いこなせるからです。チートは生まれながらに持っていてもふとした拍子に気づかなければ、持っていることに一生気づけない。あの男は意図してチートを使っているので何度も使ったことがあるはずです。と言うことはあのチートは多分、自分には効果がないと思われます」

「それもそうですが......」


小日向さんが黙って俯く。

彼女にこんな顔をさせるのは心苦しいがこれが出来るのは俺だけだ。俺がやらなければ被害が拡大してしまうならやらざる終えない。


「あ、そうそう。人が教室から出て行ったら生徒会長を呼んできてもらえますか?」

「え? 生徒会長ですか?」

「そうです。生徒会長の催眠能力で記憶を差し替えます。彼らの卒業式の記憶をこのままにするわけにはいかないので。多分催眠能力で今回の卒業祝いは楽しかったという風に暗示をかければ大団円で終わるはずです」


今までの自分ならこんなことをあの人にお願いすることなんて考えもしなかっただろう。

でもあの人の性格を知った今だからこそお願いできる。あの人は、自分に都合の良いことにチートの能力を使うのが好きなだけであって、悪い事がしたくて使う訳ではない。

自分にメリットの無い行為であれば、こちらがメリットとして『貸し』を作ればいいだけのことである。


「はい、わかりました......やっぱりあの会長と何かあったんですね?」

「え、いや、あの......」

「帰ったら話を聞かせて下さい。それで私も了承することにします」

「......分かりました」


そうだ。

小日向さんにはこの冬に何があったのかを教えていない。

ゆえに彼女の中での生徒会長の記憶は、皆の前で横暴を働いた時のままなのだ。それなのにも関わらず俺が頼み込むというのは可笑しい。

その願いを聞き届けるのだからそれ相応の情報が欲しいと思うのは当たり前だ。

この冬にあったことを教えるとなると、根掘り葉掘り聞かれることになると思うので、原田さんに何をしたかも聞かれることになるだろう。

中々重い貸しを作ってしまった。


「それじゃこれから俺はその紫色のガスに近づきます。俺が倒れかけたら時間停止を解除してください」

「......! 死ぬ気ですか!?」

「そんなわけないじゃないですか。どれくらい吸ったら自分が倒れるか試すんです。逃げるときの指標の一つになります。それに時間停止を解除すれば、俺はこの毒を出すチートを発動できます。そうすればこの毒を無効化出来るはずなので、結果的には大丈夫です」


俺は小日向さんの止めたそうな顔から眼を逸らし、毒煙の中に近づいて行く。

まずは慎重に一呼吸。強烈な臭いが鼻腔をくすぐる。指先にしびれが来る。

続いて二呼吸め。手先の感覚が全くなくなった。続いて呼吸が出来なくなりそうになる。どうやら即効性の神経毒の類いらしい。昔テレビで見た話と総合して考えると、致死量はそんなに多くはないがかなり早い効き目だ。

鼻呼吸に変えて三呼吸。俺の体がぐらついたところで急に体が軽くなる。

小日向さんの時間停止が解除されたらしかった。


「皆さん息を止めて下さい! 今、この部屋で毒物が発せられています。そのまますぐに教室の外に避難してください!」


小日向さんの声だ。

俺は男の体を掴んで床にねじ伏せる。

男と目が合った。とても驚いた眼をしていた。


「チートを解除しろ!」

「......い、やだ!!」


男と自分の体からは毒物が噴き出していた。

周りで何人か人が倒れ、ドア付近では大勢のクラスメイトと卒業生がごった返していた。


「傑! こいつと俺から倒れた人たちを引き離せ! それと肉体強化はすぐに消せ!」

「あいよ!!」


傑は流れるような動作で周りで倒れた人達を抱えると、スライディングをしながら窓際まで行き、流れるような手つきで窓を開けて、最後には閉じて出て行った。

おそらく窓が一瞬で閉まったことに気づいていたのだろう。

俺がここでコイツを取り押さえて、二人で立てこもろうとしていることにすぐに気が付いたらしい。


「お前にもう逃げ場はない! 早く不毛なことはやめるんだ!」

「離せッ......! コイツッ!!」


俺は男を押し倒したまま身動きを取れなくしていた。

師匠のぐーさんであれば得意の武道で身動きを取れなく出来るのであろうが、あいにく俺はそういうことは教えてもらっていない。

力づくで抑えるしかない。

どうやら男の方もそんなに筋力は無いみたいで、幸いなことに同じ体制を維持することが出来ていた。

ドアから逃げる人たちも完全に逃げ終わり、教室の中で完全に二人きりになる。

だが、教室の中からずっと毒を出し続ければ、いくら密室であろうとも毒が漏れ出して大事件になりかねない。


早くこの男を止めなければ!

佐々木君、中々対処が的確ですね。

問題はここからです。無事にダメチーターは目の前の男を止めることが出来るのでしょうか?

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