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雪は降ったり止んだりで

「えー、月日が流れるのは早いものでして――」


校長の話が始まって間もないにも関わらず、多くの生徒は三角座りの体制を崩さず寝るという高等技術を駆使していた。校長は睡眠させるチーターか何かなのだろうか。

多くの生徒が眠る中、俺は今日の朝のことをまだ引きずっていた。冬休みの間に俺の人見知りは一段と成長を見せていた。まさか挨拶すら出来ない体になっているとは......

冷静に考えれば考えるほど頭が重くなってくる。


こうして考え事をしている時ほど時間は早く経つものである。あれほど長かった校長の話も締めの言葉を言いかけている。


「えー、これにて......あ、そう、思い出した事ですが――」


教員たちが糠喜びしている様子が目に浮かぶ。

こういう時、早く終わって欲しいと思っているのは教員も同じだ。しかも、生徒は最悪、姿勢を崩しても許されるが教師は仕事なのできっちり聞かなければならない。

何かで聞いた話だが、教師や医者は対人関係でストレスが溜まる仕事でトップクラスなんだとか。ご苦労な話である。


校長の話がやっと終わったと思ったら次は生徒会長の話だ。会長の目が赤く光らないように見張っておく。あれは正真正銘の催眠のチーターだ。

生徒会長と目があった。煩わしいと目で語りかけてきた。負けじと相手を睨みつける。生徒会長は前の朝礼台に立つとマイクを自分に傾けた。


「皆さんもご存じだと思うが、もうすぐ生徒会総選挙が行われる。たった今この時より選挙活動を解禁する。興味のある者は選挙管理委員会に出馬表明をすること。積極的な立候補を望んでいる。」


それだけ言うと彼はあっさりと踵を返し、元居た場所へ帰って行った。催眠能力を使ってくるかと思って身構えていたのに何だか拍子抜けした気分だった。前見た時の迫力がどこかに行ってしまったようなそんな気がした。


朝礼も終わり自分たちのクラスに帰る途中の事だった。小日向さんは久しぶりの学校なので同じ女子たちと談笑していた。その中に雨姫もちっちゃく混ざっている。傑も男子達と話に行っている。

久しぶりに一人だ。こういう時に自分のコミュ力の無さを感じる。

別に一人になったからと言って何か不都合がある訳ではない。ただ一人だなぁと感じるだけである。一人であることに不快感を覚えるのではない。一人でしかいられないことに不快感を覚えるのだ。


「お兄......」


それは小さなつぶやきだったが問題なく俺に届いた。一人じゃなかったら間違いなく気付いていなかっただろう。

俺は声の主を振り返る。


「原......田さん?」


そのつぶやきの発信源は原田さんだった。物憂げな顔をしている。

朝からずっと何か悩みがあるかのような顔をしていたことを思い出す。原田さんは自分のつぶやきが聞かれてしまったことを恥じているようだ。


「す、すみ、すみません。聞かれてしまい......」


語尾の方が小さくなっていく。俺は努めて気にしないように話しかけた。


「別に謝らなくても良いですよ」

「いや、その......」


気まずい雰囲気だ。会話が続かない。何かを話したそうにしているのは分かるのだが、ばつが悪いから話せないらしい。ここは自分から切り出した方が良いのか?


「お兄さんがどうにかしたんですか?」


原田さんは俺の言葉にびくりとしてモジモジとした後、何かをぼそぼそと話し始めた。


「実は、生徒会長は私の兄で......でもこの頃、元気がないというか......多分選挙が近いからだと思うんですけど、でもお兄ちゃんなら生徒会長ぐらいなれるはずで――」

「ちょ、ちょっと待って。木原さんのお兄さんって生徒会長なのか!? そんなの聞いたことないぞ!?」

「話したことないから」


さらっと流したな。

ともあれ、彼女の不機嫌の原因は兄の事を思っての事らしい。同じ兄としては誇らしい限りである。だが、会長のチートは使わせるわけにはいかない。アレは害悪だ。俺は似たような能力を知っているがそのことはあまり思い出したくない。

木原さんは会長がまた当選すると思っているようではあるが、果たして催眠能力を使わずに勝てるのだろうか。木原さんは多分催眠能力を兄が持っているとは知らないだろう。

生徒会長がチート使いであることは言わない方が良いだろう。兄のイメージを壊してしまうのは良くないかもしれない。


「生徒会長が元気がないのか?」

「そう。お兄はいっつも自信たっぷりなんだけど、この頃調子がでないみたいで......ごめんなさい。いらないこと喋りすぎ......」

「良いお兄さんなんだね」


出来るだけ自分からチートの事は話さないように話題を逸らす。

何だか複雑な気分だ。兄の裏の顔を知っている人間はこういう気持ちなんだろうか。


「お兄は特別だから」

「まぁ、そうだね」


しばらく経ってカァツと顔が真っ赤になる。どうやら自分が言ったことに気づいたらしい。

こんなに兄思いの妹を持つと良いだろうなぁと思ってしまう。うちの妹もなんだかんだ言いながら兄思いだとは思っているのだがここまで兄思いかと言われると決してそうでは無い。断言できる。

だが頬が火照った後、妙に悲し気な顔になるのはなぜだろうか。俺は突っ込んではいけない何かを感じ取ったが、同時に誰かが聞いてあげなければならないのではないかと言う気持ちにもなった。


「また雪が降りはじめたね」

「うん」

「今日は降ったり止んだりだ」


肩に落ちた雪が水滴に変わり、俺達の体温を奪っていく。教室に帰るまでの短い間だったが、その日は一日そのことが頭から離れず、何だか気の晴れない一日になってしまった。

何かが起こりそうでまだ何も起こっていない感じです。

何かが起こってしまうのか、それともこのまま何も起こらないのか。

まぁ、佐々木君なら何か起こしてくれると思うんですけどね。

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