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憂鬱な三学期がやってくる

 やることがないと思ってダラダラ過ごしていた冬休みも早々に終わりを告げ、過ぎてみると何だか名残惜しい。人間とはそういうものである。


 三学期とは、何もやることなく過ごしてしまえばすぐに過ぎ去ってしまう学期である。一月は『行く』二月は『逃げる』三月は『去る』なんて言葉もあるぐらいすぐに消えてしまう。普通なら行事もないし、言ってしまえば残りの足りない授業の消化月間だ。

 そんな思いで過ごす三学期が面白いはずもなく、目立った行事もない。でもそれはそれで自分的には素晴らしい事なのだ。自分からしてみれば、今の日常が何の脈絡もなく壊れてしまうよりも何もない方が遥かにましなのだ。俺のダメチートには壊せるという可能性がある。


「佐々木君! おはようございます」

「おはよう。相変わらず元気だね」


 久しぶりに見る小日向さんの制服姿だ。首には真っ赤なマフラーを巻いている。白い息がマフラーを掠めて冷ややかな空気の中に消えていく。手にはピンク色の手袋を着けていた。ピンクの手袋と言われると少し幼い印象を受けてしまうが、小日向さんが付けると小日向さんを彩る可愛いアクセサリーに見えてくる。

 やっぱり小日向さんは何を着ても可愛い。ボディラインが綺麗に映える夏服だろうが、ブレザーとカッターシャツの黒と白で魅せる冬服だろうが、小日向さんが着るから可愛いのだ。惚れた相手だから贔屓目? そんなことある訳ないだろう! とにかく可愛いものは可愛い!


「しっかし寒いですねぇ。佐々木君はマフラーとかネックウォーマーとかつけてこないんですか?」

「あぁ、俺はそういうのあんまり持ってないからな。お洒落にもそんなに気を使う方じゃないし」


 そんなにではなく、全くである。

 防寒具に関してはお洒落とは関係ないというのは分かっているんだが、そういうものにお金を使うことすらためらってしまうのがオタクの性である。嘆かわしい。


「でも今年の冬は寒いですよ? そういうのは用意しといた方が良いんじゃないですか?」

「三浜柳だけってところがミソだな」


 世間が記録的暖冬で騒ぐ中、三浜柳市は例年類を見ないほどの積雪に見舞われていた。寒波の影響だの地形のせいだの色々な事が言われているがはっきりしたことは分かっていない。三浜柳の気象予報士が優れていないにしても現代の世の中でこんなにも予報が外れることがあるだろうか。

 もしも気象を操ることが出来るチーターが居たとして、それを認識することは多分不可能ではないのだろうか。

 俺は小学生のころから遠足の時や体育祭の時には晴ればっかりだった。あれほど雨になってくれないかとずっと願っていたにも関わらず大事な時は必ず晴れだった。これがチートかと言われるとそうでは無い。なぜなら俺にはダメチートがあるからだ。でもこのチートを持っていなかったら晴れ男がチートになるかと言われればそうでは無いだろう。


「あ、雪」

「また降ってきたな」


 小日向さんが空に手をかざす。かざした手のひらに雪が一片落ちてくる。何とも幻想的だ。こういうのなら雪も良いかなと思ってしまう。だが寒い。夏の暑さに比べたらマシではあるが。


 天気が自分によって変わっているかどうかなんて分からない。自分の思い通りに動かせるとしても劇的でない限り知覚するのは難しいだろう。そんなことを言い出したら俺だって晴れ男だ。自分の思っている天気と逆になる能力者だ。正真正銘のダメチーターじゃないか。


「寒っ。中に入ろう」

「そうですね」


 ついつい小日向さんと話し込んでしまった。なぜ小日向さんといつも校門で鉢合わせるのか。

 確かに自分が小日向さんの登校時間に若干合わせているのも理由の一つだ。だが、小日向さんは隣町からバス通学。俺は徒歩通学だ。真剣に考えれば確率がおかしいのではないだろうか。


「まぁ、この世界におかしいことがたくさんあるってことだな」

「?」

「いや、なんでもないよ」


 小日向さんと共にクラスの中に入る。中にはまだ誰も居なかった。いつもと変わりない。俺達が来るのはいつも少し早めなのだ。


「雪ねぇ。もうちょっと遅く生まれてれば大はしゃぎだったかもな」


 三浜柳市はそんなに雪が降る方じゃない。例年であれば他のところよりも積雪量は少ない。降らなかった年もあるぐらいだ。

 地形が複雑なのかと問われればそうではある。海と山を兼ね備え、それでいて入り江の地形である。風の影響がどうとかは知らないがとにかく複雑だということは分かる。そのおかげで家から海も近い。海には何度か助けられた。


「私は雪遊び好きですよ? 雪合戦とか結構やったりしますし、昨日は雪だるまを作りました!」

「小日向さんは元気だなぁ」

「佐々木君も一緒にやります? 雪合戦」


 雪合戦と言われて、そう言えば雪合戦は一人ではできないことを思い出す。昔は肉体強化を発動させたまま雪合戦をやるというとても危ない遊びを傑と律さんの三人でやっていたが、律さんが就職してからは全然やっていない。


「小日向さんは誰と雪合戦してるんですか?」

「近所の子供たちですよ。小学生も中々強いんですよ?」

「それは俺が入っても大丈夫なんだろうか」


 俺はとても子供に嫌われる。なんでも子供は自分を嫌っている人間のことが直感で分かるらしい。俺は初対面の相手は大体誰も信用していないので相手からも信用されないということだ。

 それはそれとして、小日向さんと小学生が和気あいあいと雪合戦をしている中に俺が入ったら地獄絵図である。パワーバランスが崩れるとかそういう問題ではなく、俺がその雰囲気をぶち壊しにしてしまう。


「別に大丈夫なんじゃないでしょうか?」

「どうだか」


 そんな世間話をしていると誰かが教室内に入ってきた。原田さんだった。いつもは結構遅く来る方なのになぜこんな時間に来ているのだろう。別に不満がある訳ではないのだが。


「原田さん、おはよう」

「小日向さん......おはようございます」


 原田さんとは文化祭の時に飲食店の厨房で一緒だった。あの時は上手くやれていたのだが、のちに接点がなく全くと言っていいほど会話を交わしていない。

 小日向さんはすかさず挨拶をするけれど、俺はそれに乗じることすらできない。

 こうやって竹内さんの時みたいに嫌われていくんだろうな、と心のどこかで思っていた。


「「はぁ......」」


 原田さんと溜息が被った。

 どうしたのかと聞こうとしたが今更感が強い。俺は相手から来てもらわないと話すことすら出来ない引っ込み思案なのだと念押しするように言われたような気がした。


「三学期早々、気が重いですね。張り切っていきましょう!」

「ああ」

「うん」


 小日向さんの苦笑いが目に深く焼き付いて、一層自己嫌悪になってしまった。

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