束の間の安息
「いやー、無事に終わって良かったですね。」
「本来の予定だったらここからが本番って意気込んでるところだったのにな。」
俺は日差しを阻むテントの下でブルーシートの感触を弄んでいた。やっと戻ってきたという感じが否めない。
達成感より疲労感の方が大きい。
「にしても、相手のチートを利用して地面に穴を掘るなんてよく思いつきましたね。私だったらそんなことしようと思いませんよ。」
「まあ、そうかもね。」
確かに小日向さんならあんなに突拍子もないことはしないかもしれない。というか常人なら飛び降りるなんてことはできないだろう。自分の正気を疑う。
「でもあれ、飛び降りる必要なんてあったんですか?」
「相手が対応できない速度で相手のいるところに穴を掘る必要があったからね。落下の速度ぐらい無いと不意打ちにはならないよ。それに俺が走って近づいたところで途中でやられるのがオチだし、傑に投げてもらうことも考えたけど、多分傑はそういうこと出来ない。」
少し離れたところでクラスメイトと談笑していた傑が名前を呼ばれてこちらに気が付く。俺はしっしっと言いながら傑を邪険に扱った。ここで傑が出てきたら上の説明を聞かせないといけなくなる。それはちょっと気恥ずかしい。
「アイツは多分、俺を危険にさらすリスクのあることは出来ない。俺がやれと言ってもやるかどうかは多分五分五分ってところだろう。それに仲間にそんな酷な事をさせるつもりもない。」
「私だったら自分を頼ってほしいと思うかもしれないけれど、やっぱりつらいですよね。」
そんなことを言う小日向さんの苦悩を俺は知っている。
あの屋上からの飛び降りの時、俺にとっては一瞬だったかもしれないが小日向さんにとっては一瞬ではなかただろう。俺のダメチートの対象が小日向さんから紫に切り替わった時、小日向さんには俺が空中で止まっているように見えただろう。
それから自分の手でチートを解除したのか、それとも時間停止の効果が切れる瞬間まで俺を見ていたのかは分からないが、どちらにせよ俺を見るのは相当にキツイものがあっただろうなと思う。
こんなこと他の人を信頼していないと出来ることではない。今回も小日向さんが自分を信じて、傑が助けてくれることを前提にしていなければこんなことはできなかった。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
小日向さんが笑った。笑顔が本当に眩しかった。その言葉を欲していたという顔だった。
「あ、次の種目はリレーみたいですね。」
次の種目を告げるアナウンスが耳に届かなかった。それぐらい見惚れていた。
小日向さんがクスッと笑って立ち上がった。あの笑いは一体何だったんだ?
「行きましょう。他のリレーメンバーが待ってますよ。」
「そ、そうだね。」
俺は立ち上がった瞬間に立ち眩みでよろけた。大体いつも長く座っていると立ち眩みする。もう慣れたので立ち眩みしてもそのまま歩くことができるようになっていた。
だが今回は手に柔らかいものが触れた。
「大丈夫ですか!?」
小日向さんの手だった。とても暖かい気がする。実際のところを言うと少し冷たい。もしかしたら彼女は冷え性なのかもしれない。
「ど、どうも。」
突然のことに驚いて思わず言葉に詰まってしまう。自分はこういう突然の事に弱いんだ。
頭がとてもくらくらとする。
大丈夫なのか!? こんなのでリレーなんか走れるのか!? 立ち眩みのせいか、それとも突然の出来事にびっくりしたからなのか!?
頭の回転が止まった。
「目の焦点が定まってないですよー! 聞こえてますかー!」
「聞こえてる聞こえてる。」
「ホントですか!? 1+1は?」
「聞こえてる聞こえてる。」
「聞こえてないじゃないですか!」
小日向さんが自分の前で手を振っているのが分かる。
「えいっ」
「イタッ。」
小日向さんが俺の頬をつねった。俺の意識が現実に戻って来る。
目の前に頬を膨らませる小日向さんが見えた。可愛い。天使か?
「良いから行きますよ!」
「お、おう。」
向こうの方から自分を呼ぶ声が聞こえた。俺は急いで集合時間に向かった。
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「ゴメン。遅れた。」
「イチャイチャしやがって! このこのー!」
「お前は黙れ。」
木原の頭をチョップする。木原が痛みに飛び上がってウサギみたいにぴょんぴょん跳ねていた。
「遅れて来たのに良い御身分ね。」
「すみません。色々あって。」
新浜さんがそう愚痴を叩いている。俺は申し訳なさそうに頭を下げた。一緒に練習をしていたせいもあって、新浜さんは自分に当たりが強い。大体、自分がポンコツなのが悪いのだが。
「じゃあ行きましょうか。」
「そうですね。」
ちょうどアナウンスが入った。
ここからが本当の闘い......なのかは分からないがここから先が本来やるべきだったことなのは分かる。
ここが踏ん張りどころだ。
今回は少し少ないですし遅れてしまいました。
次からリレー本番です。ちゃんと一位になることは出来るのか!?