ダメチーターが動き出す
俺はあの紫色の部屋の色が変わったのを見て二、三度瞼をしばたたかせた。
そして頭の中で状況を整理して、深呼吸する。
「状況は大体わかった。メモの内容は伝わってたみたいだな。ちょっと不安だったけど、どうやら上手くいったみたいで安心したよ。」
俺はふぅーっと長く息を吐きながら白い部屋にもたれかかる。
もう見慣れてしまった果てのない空間。
雨姫が自分の持っている能力を暴走させないように行っていた練習が役に立った。雨姫の額には脂汗がじっとりと浮いていた。
「ありがとう、雨姫。」
「ううん......このくらい全然、大丈夫。」
この脂汗の量は多分20分ぐらいチートを使い続けていたはずだ。この子にとってはかなり長い時間だ。入ってただ居続けるなら全く問題のないチートだが、いつでも出られるように自分でコントロールして維持させるのはとても難しいらしい。
目を閉じたまま集中している雨姫の髪を優しく撫でる。少しほっとしたような笑みで雨姫がこちらを見つめる。
「っと、こうしちゃいられないな。」
俺は手早く手帳に手を伸ばし、適当なページにメモを書いてビリビリと破った。
「......なにするの?」
「ん? ちょっとな。」
俺はそのメモの一ページで小さな紙飛行機を作る。
「俺のチートは劣化版だから自分の手元を離れたものまで維持させる力はない。雨姫が使いこなせるようになったらこっちとあっちで物を行き来させることも出来るさ。」
紙飛行機を飛ばすと、地面に落ちる前にパシュンと紙飛行機が消えてしまった。
「上手くいけば良いんだけどな。」
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「刃物 肉塊 確認 対象 消滅」
「何? 何が起こっているの!?」
俺は人知れず出て来た紙飛行機を一瞬でキャッチする。相手は目まぐるしく起こる出来事に目を回していた。紙飛行機の存在には気づいていないみたいだ。
そこに書いてあったのは「ここから離れてくれ」という一言だった。
今さっき出て来たばっかりなのに、もう状況が把握できているのかと舌を巻く。
「了解だ。」
「また何か企んでいるわね。行くわよ! K9!」
紫色の球がその言葉に反応し、触手で地面を蹴り出して女の方に飛んで行った。何かに阻まれるように急停止すると逃げる俺の方を追いかけて来た。
なかなか良い感じだ。相手はこのタイミングだからこのまま俺を放ってはおけなかった。ここまで計算は......できているわけではないと思うが、でも結果的に上手くいった。
「さてと、ここまでくればいいか。」
体育館裏から、さらに人気の少ない旧校舎裏に移動する。
トシからの指令は離れる事だけだ。場所の指定は無かったが多分どうとでもするのだろう。
時間稼ぎは任されたぞ。
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「あの中にいる間、色々考えてたんだが大体相手の能力は分かってる。」
雨姫のチートを解除し、俺達は外に出た。しっかりとした地面の感触で、戻ってきたという感覚を改めて実感する。
どこかに潜んでいたのだろうか、小日向さんが駆け寄ってくる。
「そもそもなんであの時、女の人の能力が空間断絶って分かったんですか?」
「あー、それは紫がバッグの中に入ってたからだね。」
「ん?」
小日向さんが首を傾げる。無理もない。自分が気づけたのは相手の能力を一度使っているから気が付けたんだ。
「あの紫のチートは、物理的に設置しているものを強制的に吸収して、任意で放出する能力だ。そんな奴がバッグに触れているにも関わらず、バッグを吸収しないというのはおかしい。だから多分物理的に接触していないんじゃないかと思ったんだ。」
「あー、なるほど。」
小日向さんが腑に落ちたという風に手をポンと叩いた。雨姫は考え込むようにじっと下を向いている。
「さて、問題はどうやって相手を拘束するか、だ。」
「拘束?」
「相手を傷つけず拘束する。相手を傷つけてしまったら、それは相手と同類だ。傷つけるのはまだ許せるが、殺すなんてもってのほかだ。そんなことは絶対にしないし、誰にもさせたくない。」
俺は必死に方法を考える。
紫の能力で取り込んで一時的に拘束するというのは論外だ。そんなことが出来ていれば、紫が俺を取り込んだ瞬間に紫が俺の中に閉じ込められることになる。俺のチートは劣化版チートコピー、おまけに自分では制御不可能だ。
だが相手の能力を利用することなら出来る。
「思いついた。」
「え!? 今回は速いですね。」
「まぁ、拘束手段なんて限られてるからね。」
拘束と言っても物理的に動きを封じればいいだけだ。
相手を動けなくさせること、相手に自分たちが手出しできないようにさせる。前の時は「誘惑」のチートを使えたから楽だったが、今回はそんなことはできない。
だが条件自体は同じだ。目的が決まっているならあとは手順を一つずつ組み立てるだけだ。
「傑に合流しよう。出来るだけバレない形で相手に近づく。傑に自分たちが来たことを伝えたらすぐさま小日向さんはチートを使って下さい。もう少し待てば再使用できるでしょう?」
「う、うん。今すぐにでもできるよ。」
俺はメモに傑に伝えなければいけない要件を書き込むとくしゃくしゃに丸めてポケットに入れた。
「傑は多分、旧校舎の裏辺りだろ。そこしかこの体育祭の中で暴れてもバレないところはないからな。」
俺達は走って傑と敵の居る場所へと向かった。
次回、VS紫、ワカメ女戦、決着です!




