幕開けはいつも唐突で
「であるからして高校生にとって体育祭とは~」
校長が長ったらしい話で場の緊張感を間延びさせていた。
「なんであんなに長く話が出来るんだ?」
「それより何でこういう時ってわざわざ立たせるんでしょう?」
「座ると寝るからでしょうね。」
緊張感のなくなった生徒たちからは話声がパラパラと聞こえていた。校長は知っているのか、はたまた自分の話の悦に浸っているのか、そのまま脇目も振らずに話続けている。
俺は前に居る小日向さんとだべっていた。今日は体育祭なので長い黒髪をお団子にしていた。体操着と髪の間に出来た肌色、つまるところ『うなじ』が、いつもの可愛らしい小日向さんに妖艶さをプラスしていた。
ここだけは体育祭万歳と言った感じである。
「でも新崎は立ちながら寝てるぞ!」
「そいつは論外だ。」
木原が後ろから話に割り込んできた。
傑の器用さはそんなところでも発揮されるのかと溜息を吐きたくなる。ただそれが良い事なのかどうかと言われると首を捻りたくなるところではある。
いや、納得してはならないのだろう。
そんなことを言いながらだべっていると誰かが後ろから俺の両肩を抑えた。
振り返ってみるとそこに居たのは城崎先生だった。頬を膨らませながらこちらを鋭い目つきで睨んでくる。先生が怒っているようには見えないが、きっととても怒っているのだろう。
先生ともなると、同じ先生からの圧が大きいのかもしれない。教師という職はとてもストレスが溜まると言うしここは先生の顔を立てて黙ることにした。
そうこうしているうちに校長の長い話も終わり、ラジオ体操などの準備運動も済ませて開会式が終わった。
俺達がテントに戻ると、すぐさま競技の準備が始まる。
「にしても暇だな。」
「まぁ、リレーは最終競技ですからね。全員参加の綱引きも昼過ぎですし、午前中はやることが無い感じですかね。」
「普段の体育の方が動いているようなものじゃないか。」
「まぁ、複数競技を取るつもりが無ければこんなものでしょう。」
俺は白いテントの生地を仰ぎ見た。
その時、背中に悪寒が走った。この上なく嫌な感覚だ。
「来た。」
「来たって何が......?! まさか!!」
しかもこれは中々に嫌な感じだ。
普通ではないことはいつものことだがこれはいけない。
右手の指が掌の中に少しずつ埋まっていく。骨も質量も何もかもを無視して体の中にめり込んでいく。痛みはない。その矛盾が脳を混乱させている。
自分の掌がただのだるまのような肉の塊になっていくのが分かる。
俺は無理矢理、混乱した頭の中を整理した。朦朧とする頭で呼んだのは一人の少女の名前だった。
「小日向さん!!」
「はいっ!!」
乾いた破裂音が時を制する。
この世界の全てが止まった。
右腕は元に戻っていた。
「な、なにがあったのですか?」
「指が掌の中にめり込んでった。なのに痛みも感じなかった。」
「ちょ、ちょっと良く分かりません。」
「でしょうね。」
アレは体験した者にしか分からないだろう。
体の中に体の一部がめり込んでいくなんてこと初めて体験した。しかもそれが今は何事も無かったかのように元に戻っている。
「一体何のチートなんでしょう。」
「......分からない。」
今のままでは情報が足りなさすぎる。
そもそもこれが相手のチートによる攻撃なのか、それともチートそのものの影響なのかでさえ判別がつかない。
「でも多分これはチートそのもの。つまり、相手もこういう状態になっていて、俺に対して攻撃したものではない可能性が高い。」
「......なんでですか?」
「小日向さんがチートの発動を上書きしてくれたら治ったからです。」
「......どうしてそれがそうじゃない理由になるんですか?」
小日向さんが首を傾げている。
その姿を見ながら俺は言葉を組み立てる。相手にも伝わるように頭の中の情報を整理する。
「もしもこれが相手からのチートによる攻撃だったとします。そうであれば小日向さんがこう切り替えた時にも治らないままだったかもしれません。相手の能力が変形のような能力であればの話ですが。もしも幻影を見せたりする能力だった場合は攻撃の可能性が高いです。」
「なら断定は出来ないんじゃないですか。」
「確かにそうです。あくまで可能性の話ですから。」
頭の中の情報だけではそれが精いっぱいだ。
「これは......敵からの攻撃何ですか?」
「......」
「佐々木さん?佐々木さーん。」
他にも得られる情報は無かっただろうか。
敵からの攻撃かどうか、もしも攻撃ならば俺のダメチートが効く範囲外から攻撃してきた可能性が高い。
だがもしもチートそのものであれば、常時発動している可能性が高い。こんなものを常時発動しているということは考えづらいが、そうであれば発動中でもめり込みはチートの一部でオン・オフが効く可能性が高い。
もしくは二人、もっと複数で行動しており誰かが人間ではなくなってしまったものを持ち運んでいる可能性もある。その場合はただの体育祭に応援に来た人がペットとしてそれを持ち歩いている可能性もなくは......ないか。
「佐々木さんが瞑想モードに入ってしまいました。どうしましょう。とりあえず時間停止の残り時間も多分もうちょっとしかないので、私がするべきことは、えーと......」
「傑に肉体強化を頼むんだ。」
「えっ、あっ、はい。了解です。」
とりあえず肉体強化に制限時間はない。だからゆっくり相手のことについても調べられる。
もちろんこれが攻撃だったなら話は別だ。その時は俺が幻覚を見せられている間に他のマークされていない人に託すしかない。
「もう切れます!3、2、1......傑さん!」
「え、あーはいはい。そういうことッ!!」
「......成功だ。普通通りに戻ってる。」
小日向さんがちょうどに指示を出してくれたおかげで被害は無かった。
「行こう。これを使ってるのが誰か調べる。」
「俺も行かなきゃだな。」
「私もついて行きますね。」
こうして俺たちの辛い体育祭が幕を開けた。
-------------
『異能力の発動を確認しました。計3名、そのうち1人はコンマ数秒の発動です。2人は現在も異能力を発動中の模様です。』
「分かったわ。私達の存在が知られてしまったってことかしら?」
「無能」
『いえ、そうではないみたいです。相手がそちらに向かってきている様子はありません。』
黒髪の女は端末に耳を当てている。ソフトボールはその中から細い管を伸ばし端末に先端を当てていた。
「なら私達の方から行けばいいのね?」
「始末 殺害!」
『......行動を開始してください。あなたたちの任務は対象の確保と誘拐です。くれぐれも他のことはしないで下さいね。』
「分かっているわよ。」
黒髪の女は煩わしそうにそう吐き捨てて電話を切り、舌舐めずりしながらその場を立ち去った。
相手の能力は一体なんなんでしょう??
それとあのソフトボールは一体......
まだ分からないことだらけですが、危険な匂いがプンプンしてきます!




