バトン渡しは息を合わせて
「佐々木君! バトンです!!」
「あっ! おっ!? あっ!!」
バトンが指の間をすり抜ける。地面に落ちたバトンがカランコロンと物悲しい音を立てた。
新浜さんが呆れた表情でこちらを見つめる。
「佐々木君、これで何回目だと思っているんですか?」
「ゴメンナサイ。」
新浜さんは頭を抱えながら、見せつけるように大きな溜息を吐いた。
俺はリレーというものをしたことが無い。極力その道は避けて通ってきたのだ。小学生の時はこういう行事に参加する事さえも否定的だったが。
「もう一度行きますよ!」
「お、おう!」
新浜さんが走りながら近づいてくる。新浜さんが指定してくれた位置まで近づいた。
前を向き、全力で加速する。
「佐々木君! バトン!!」
「はいっ!!」
手に硬質のプラスチックの感触が触れる。どこにあるか分かっているのに手が小刻みに揺れるせいで中々掴めない。
全力の走りを続けながらなんとかバトンを掴もうと腕に力を入れる。
「取ったッ!!」
受け取ることに成功した! バトンはこの手の中にある! 初めてバトンが取れた!
......なのに何で新浜さんは浮かない顔なんだろう。
「喜ばないんですか? まぁ、そうですよね。新浜さんにとっては出来て普通ですから。」
新浜さんはそんな俺を哀れみの目で見ていた。
「そこ、テイクオーバーゾーン超えてます。」
「あー......」
「だから正確にはまだ成功していません。」
聞いたことがある。
リレーではバトンを受け渡していい範囲が決まっていて、その範囲内で受け渡せなければ失格になるらしい。
新浜さんが呆れた口調で自分に尋ねる。
「もう一度やりますか?」
「......はい。」
その後も特訓は続いたが満足のいく結果を出すことはできなかった。
傑がグラウンドの向こうから歩いてくる。
「トシ! やってんねぇ!」
「全然出来ないな。リレーってこんなに難しい競技だったのか。」
「本当に全然出来てないわ。」
「新浜さん、中々辛辣だね。そんなこと言ってたらトシの心が折れるよ? ガラスのハートだから。」
「本当のことを言っただけよ。」
新浜さんが傑のフォローを意に介さずキッパリと言い切る。確かに事実だ。
「俺、リレー向いてないのかな。」
「誰でも最初はそんなもんだって!」
「そうよ。佐々木君の飲み込みが普通の人よりも少し悪いだけだわ。」
新浜さんのディスが強くなっている。相当苛立っているのだろう。
なんだか申し訳ない気持ちになる。
「本番までには完璧に仕上げましょう。それまでは私が付き合ってあげます。」
「俺も付き合ってやるぜ、トシ! なんせ俺達は運命共同体だからな!」
「貴方が手伝っても意味無いでしょう。」
新浜さんがまた頭を抱えている。今日だけで眉間のシワが1つぐらい増えているのではなかろうか。
自分が責任を感じるのにはもうひとつの要因があった。
「でもなんで俺がアンカーなんですか?」
「アンカーならバトンを受け取ることを練習すれば済むでしょう。幸い経験者が豊富にいるみたいなのでリードは大きく取るつもりです。」
「でもアンカーって花形じゃないですか。」
アンカーはゴールテープを切る人間。つまりはリレーの中でも花形で普通はトップ選手の集まりだ。
そんな中に俺が混じっても良いのか?
責任が重大過ぎて体が押しつぶされてしまいそうだ。
「そんなことに文句を言うのなら、バトンパスぐらいできるようになった方が良いと思うわよ。」
「はぁ。」
今日の新浜さんは何だか当たりが強い。
あれだけやってまともに成功しないのだから腹が立つのも分かる。
でも怒りすぎではないか?
「俺はトシがアンカーなの似合ってると思うけどな。」
「目が腐ってんじゃないのか?」
「だってトシはやる時はやるじゃん。」
やる時はやるといっても出来ないことはあるだろう。
いくら知恵を働かせても足が速くなるかと言われればそうではない。傑はこういう時にチートの力を貸してはくれない。
出来ないものは出来ない。
新浜さんが横でぼそりとつぶやいた。
「私はいつでも一番でないといけないの。」
「ん?」
「何でもないわ。」
新浜さんはそれだけ言うと更衣室に向かってしまった。
彼女は独り言のつもりだったのかもしれない。聞いてしまったことに少し罪悪感を覚える。
でも言葉をそのままの意味で受け取るとあまり穏やかではない。
ともあれ今はそのことを気にしている時ではない。
「バトンパスの練習、付き合ってもらえるか。」
「良し来た!」
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「はぁぁぁ!! 疲れたぁ!! 運動した後のスポドリは最高だぜ!!」
「理解したくない。」
「泥沼に落としてやるぜぇ。」
俺は自販機で飲料を買うのが嫌いだ。
俺は言うまでもなく守銭奴なのでスーパーでこの飲料が50円安く売られているのを知っている。
「こうやってみんなで飲むのが良いんじゃないですか。」
小日向さんまで俺を誘惑するつもりだろうか。
でも小日向さんが言っていることも分からないわけではない。そうでないとこんなところに自販機など置かないだろう。
「良いですか? 私たちは飲み物と一緒に皆で笑いあうという楽しみも買っているのです。それがちょっと値段が上がるだけで買えるのだから安いものではないですか?」
「そういう考え方もあるね。」
小日向さんが偉そうな口調で俺を懐柔させようとしている。
だがそんなことで俺の心はなびかない。
思い出せ。
タバコを吸っていなければベンツが買えたという理論と同じだ。こういう所で金さえ使わなければ、いつかは億万長者になれるのだ......
小日向さんがゆっくりと缶ジュースに口をつける。
喉がゆっくりと上下する。缶を傾けながら上を仰ぎ見る。長い黒髪が揺れる。
口の端からこぼれた水滴が頬を伝い、胸元に落ちる。
とても喉が渇く光景だ。
俺は無言で自販機に金を投げ入れた。せめてもの抵抗の様に一番安い飲料を買うと、一気にグイッと喉に流し込んだ。
「何も言うな。」
「別に何も言いませんよ。」
ニタニタと笑う小日向さんと傑を尻目に俺は家路を急いだ。
いやー、相変わらず覚悟が弱いですね。すぐに懐柔されます。
新浜さんは「なんでも一番でなければいけない」なんてことを言っているし、この体育祭はどうなってしまうんでしょうか。




