リレーは花形だ
「もうすぐ体育祭! という訳で出場種目を決めたいと思いまーす!!」
ついにこの行事が始まってしまった。
体育祭である。
俺は運動はあまり好きではない。特別、運動が出来ないという訳ではないし、運動が嫌いという訳でもない。
正確に言えば体を動かして何かをすること自体が嫌いなので体育祭だから云々という訳ではないということだ。
体育祭に良い思い出が無いのだ。
俺は中学の頃、周りの人間にチートの存在を知らしめようと思って色々訳の分からないことをして足掻いていたのだ。そのせいで色々ひどい目にあってきた。
「やっぱり体育祭と言えばはじける汗! 熱い声援! ひそかに進む恋物語!! はぁ......青春良いなぁ。先生はホラ見た目が年齢に見合わないぐらい可愛いので......そういうことなかったんですよね。だから皆さんの青春の1ページに加わることが出来て、先生とても嬉しいです!」
城崎先生の独り語りは長い。それもこの半年間で分かったことだ。もう半年間も経ったんだな。
そして独り語りをし出すと周りのことが全く見えなくなる。どれくらい見えなくなるかというと周りでヒソヒソ話していてもそのことに気づかないくらいだ。
「それでトシ、今年は何をするんだ。」
「競技の話か? それなら俺はパパっと終わる物を一つやって一応参加したことにするつもりだが。」
「そうじゃないことはトシが一番分かってるじゃねぇか。」
俺が大きなため息を吐くと前の席に座っている小日向さんが振り返った。まるで静かな水面に波紋が広がるように遅れて髪がたなびく。顔にかかった長い黒髪を指でそっと払いのける。
やはり天使か。
「面白そうな話をしてますね。」
「全然面白くない。」
「いや、トシは面白くないかもしれないけれど俺は面白いと思ってる。トシが昔体育祭で何やらかしたか聞きたい?」
「凄く聞きたいです!」
「やめろお前、ほんとにやめろ。」
トシが思い出し笑いしながらこちらを見る。
俺は目を逸らした。
「そこ! 話さないで下さい!! あー、そこも! そこもです!! 全く、ちょっと目を離すとこうなんだから。ではここからは学級委員長の新浜香奈さんに任せようと思います!」
そう言いながら先生は教室の後ろの方に下がっていた。生徒の意志を尊重するというのが学校の方針だとしてもこういうのは正直面倒くさい。
でも教壇に立った新浜さんなら話は別だ。
「ではこれから競技の振り分けを行っていこうと思います。立候補にすると時間がかかるのでこれからネームカードを配ります。黒板に競技種目と人数の票を書くのでそこに貼ってください。一人一種目出て下さい。誤魔化しはすぐに分かるので、下手な抵抗はやめてください。」
シンプルに要項を読み上げ、ネームカードを人に渡して配るように指示した。
その間に黒板に票を書いている。チョークの音がテンポ良く静かな教室内に響き渡る。
鮮やかだ。
手順がしっかりと組み立てられている。俺でもこんなにスムーズに進行できるかどうか分からない。
そんなことを考えている間に俺の手元にもネームカードが渡ってくる。
「では先頭の人は立ってください。じゃんけんでどこの列からネームカードを貼るか決めます。」
これなら公平だ。それに混雑も起きないし苦情は......少し出るかもしれないが、それはどうやっても回避できないだろう。効率を考えるとこれが一番いい方法なのかもしれない。
ひそかに俺は先頭の人が勝つことを祈っていた。
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「いっつも俺が応援すると負けるんだよなぁ。」
「トシ、そのせいで俺達も被害を被ってるんだぜ。」
「後ろの席にいるせいで一番最後だし選べませんね。」
残っていたのはクラス対抗男女混合リレーだけだった。
「うちのクラスはこういう行事が好きな奴は居ないのか? 居るだろ絶対。そういうヤツがこういうのはやるべきなんだよ。責任が重すぎるだろ。大体運動が出来ない奴が走るとヘイトが集まるんだよ。」
「トシ。お前が言ったこと、皆考えてると思うぞ。」
「だから選ばれないんですよね。」
何だかこのクラスに居るやつらの心が透けて見えた気がする。目立ちたがり屋は居ないのか?
他の奴らは......新浜、お調子者で高校からの知り合いの木原真司、クラスのムードメーカーの竹内だった。
俺はその後も愚痴をこぼしながら誰かが変わってくれないかという淡い期待を抱いていた。
「トシ、諦めろ。」
「そうですよ。見苦しいです。」
とても直球な罵倒を浴びせかけられた。
どうやらここまでらしい。
「なるようになれ。俺は知らん。」
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「ところで木原、なんでお前がリレーなんだよ。」
「は? 俺、陸上部じゃん。もしかしてお前、帰宅部だからって部活の存在知らないのか?」
「そうだったのか......」
知らなかった。
そう言えば部活の存在をあまり意識したことが無かった。部活の勧誘のチラシを全て見なかったことにしてきた俺にとって部活などあっても無くても同じぐらいにしか考えていた。
「一応俺、県体ランク入りぐらいはしてるんだからな。すげーだろ?」
「知らん。」
「冷たい!」
そんなくだらない雑談をしていると帰宅しようとしているのか、カバンを肩にかけた新浜さんが歩いてきた。無粋だと分かっていてもカバンの紐で強調された胸に視線が動いてしまう。
「新浜さんはなんでリレーに参加したんですか?」
「誰もしたがらないだろうから。」
「へぇー......」
そんな理由で選べるのだなと感心する。なんだか自分とは次元の違う人を見た気がした。
「でも新浜さんって走れるの?」
木原の質問に新浜さんが眉を顰める。
冷たい目をしている。背筋がゾッとする感じがした。
「確かに前よりはタイムも落ちましたが、これでも普通の女子よりは走れるつもりです。そんなにこの胸が気になりますか?」
「そそそそそそそんなことねぇって!!」
木原が慌てていた。どうやらそれ関係の質問は地雷らしい。次からは自分も気を付けるようにしよう。
「私は基本的に何でもできます。そういう風に努力してきましたから。普通の人の尺度で測らないで下さい。」
「は、はぁ。」
それだけ言うと教室を出て行ってしまった。
彼女は何を目指しているんだ?
そんな疑問が頭の中にふわりと浮かんだが、木原の猥談によって掻き消されてしまった。
体育祭編始まりました!
佐々木君がなんとリレーメンバーに!?
私的にはリレーとかいう、体育好きな人間しかやりたがらないのに配点高いから足を引っ張ったらかなり責められるあの競技は好きじゃないです。