そして夜は更けていく
封筒の中に入っている『この祭りを最高に楽しむ権利』の券を、首掛け名札のホルダーに入れて歩いていると、こちらを見ながら笑う人や指さす人がなかなかたくさんいる。俺の中から恥ずかしさのようなものは消えていたが、こんなことになるくらいならもう少し役立つものをくれたらいいのに、とも思った。
これの効能は様々だ。
まず、人々が道を譲ってくれるようになる。これは少し嬉しい。それに皆が皆、笑顔で......というか面白半分で道を譲ってくれるので罪悪感が一切ないというのが一番いいところだ。
その次に、色々な人が話しかけてくれる。型抜きの仕方や感想を聞かれたり、店に誘われたりする。みんなで自分を主役に仕立て上げてくれようとするのはありがたいが、これはありがた迷惑なところもままある。
そして、みんなが笑ってくれる。何は無くとも笑顔で接してくれる。これは純粋にありがたい。
まぁ、それだけ優遇してくれてもお店の物をタダで買うことは出来ない。自分で買うのがお祭りの楽しみだという言い分である。そういう所だけは、とてもちゃっかりしている。だからこそ楽しむところで皆で楽しんでくれるのかもしれないと思うと、なんだか感慨深い気持ちになった。
「もう祭りも終わってしまいますね。」
「そうですね。」
「佐々木君、知ってますか?」
「何をですか?」
小日向さんは少し意地悪そうな顔をして、当ててみてください、と言った。
俺はひとしきり考えて、思い当たる節が色々あって答えが出せないことに気が付いた。大体、問題の出し方があいまいすぎる。
「分かりません。教えてください。」
「祭りの最後には花火が上がるんですよ!」
「......それぐらい知っていますよ。俺もいっつも家から見てます。」
ここの祭りの花火は結構贅沢で沢山の花火を使っているらしい。俺も祭りの夜に大きな音が聞こえてくると窓から花火をキリの良いところまで見ていた。
別に花火は嫌いではない。夏にしかやらないことにも関わらず俺が嫌いではないと言っているのだ。
まぁ、一番の理由は蚊に刺されないで楽しめるコンテンツだからだ。
「その様子じゃ知らないみたいですね。」
「へ?」
小日向さんはクスリと笑う。まるで自分を馬鹿にするみたいな笑いに、少しムッとする。
そして小日向さんは咳ばらいをして言った。
「祭りの中で見る花火はとても綺麗なんですよ。」
俺の頭の中には花火なんてどこから見ても一緒だろうという理屈と、小日向さんの言葉への期待が半々で入り混じっていた。そして俺の心は、俺の理屈を小日向さんがひっくり返してくれるのではないかという思いで一杯だった。
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「まずは位置取りからですね。って言ってもソレがあるからそんなに苦労もしなくて済みますけど。」
そう言って小日向さんは俺の名札を指す。
俺のコレがこんなところでも役に立つとは思ってもみなかった。貰った時は何も効果は無いのだろうと思っていたが、これが優勝商品だというのも分かる気がする。
「まぁ、あれでトシが優勝するなんて誰も思ってなかったんだけどなぁ。毎回大会内容が変わるにしても、あの不器用なトシが勝つとは思わなかったぜ。」
「うるさい。」
「おにーちゃん、彫刻とか下手だったでしょ?なんで出来たんだろうね?」
「......運?」
「俺の実力をもっと評価しなさいよ。確かに運は無いこともないだろうけど。」
皆がそう茶化してくる。本気で言っていないだろうとは思う。
本当に?本当に本気じゃないのか?悪ノリだよなコレ?本気で言われてたら、俺の頑張り全然知られてないぞ?確かに画鋲挿してただけだが。確かに画鋲挿してただけだが!!
「ともあれそれがあって助かるよな。位置を譲ってくれる人も居るんじゃねぇか?」
「多分そうだな。」
俺たちが辺りを見渡すと、堤防の下に少しスペースが開いているのが見えた。
詰めればあの中に入れるかも知れない。名札を見せれば位置をすこし寄ってもらえるだろう。
案の定俺たちが行くとそこを開けてくれた。ブルーシートを寄せてくれて自分たちが座れるようになった。みんな自分のことを歓迎してくれているらしい。こういうことを面白半分で楽しめてしまうのがここの人々の凄いところである。
由香は堤防の上に登っていた。
間もなく花火が始まるというのにそんなところに上がるとは。
座っている人は何人かいるけれど。
「暴れるなよ。」
「ここ、すっごい眺めが良いよ!!おにーちゃんも来てみたら?」
「馬鹿。そんなところに上がるもんじゃないよ。子供じゃないんだから。」
「むぅ。ロマンがないよね。あっ花火が上がった!!」
「おっ。」
由香が体を大きく逸らして上を見上げる。
その時、由香の下駄が段差からスルリと抜け落ちる。
由香の体はふらりとぐらついて落ちていく。あそこから落ちてしまったら普通の怪我では済まないかもしれない。海へ真っ逆さまだ。
「あっ!」
「由香!!」
ダメだ間に合わない!!
クソッ!だからあれほど暴れるなと言ったのに!!
手が届かない!!
「おにー......」
堤防に足をかけたその時、パァンと鳴り響いた音とともにすべての時が静止した。
俺の体は勢い余ってこけそうになる。
「おっとっと......」
「大丈夫ですか?」
「もうちょっとで俺が落ちるところでした。小日向さんが止めてくれなければ二人で落ちてるところでした。」
「兄妹、とても仲が良いんですね。」
「出来ればこのタイミングではない時に言ってほしかったです。」
小日向さんは浴衣に花火にも負けない牡丹の花を咲かせてそこにたたずんでいた。
次回で夏祭り編最終回!
止まった時の中で小日向さんと二人きり......
何か起こってしまうのか!?
そんな気概が佐々木にあるのか!?......不安になってきました。
ちなみに地元の夏祭りは台風の影響で中止になりました。チキショウメェェェェェェ!!!!