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亡霊の残り香

ユウさんを成仏させてからの夏休みは実に空虚なモノであった。

宗利(むねとし)......元気ない?」

「ん?......あぁ、大丈夫だよ。雨姫。」


カーテンが風に揺れ、生暖かい風が部屋にぬるりと入り込む。自分の体を包み込むむせ返るような熱気にうんざりとしていたが、だからと言って体調に問題をきたしているわけではない。ただユウさんのことを考えながら自分の行為を思い返すと自然とそんな顔になるのだった。


ユウさんの泣きそうな笑った顔に無念は感じられなかった。むしろ満足そうと言っても間違いではなかった。

それでも自分にはまだ引っかかるものがあった。

それは幽霊を成仏させるという人としては褒められてもおかしくない行動だったが、意識があるものを消すという殺人にも似た行為を自分の中で正当化できていないもどかしさからくるものだった。


殺人は絶対にしてはいけない、絶対にだ。


燃え盛る炎。

体から出る火の粉。

苦しそうな顔。

それを我慢しながら笑う姿。

段々と消えていく体。

燃え尽きる感覚。


それらが耐えがたい物であったことは想像に難くない。


「糸川千里......か。」

「ユウさんの本名?」

「あぁ。」


俺はそんな名前に思いを馳せながら少し伸びをして考えた。

もしかすると彼女の名前から何か分かることがあるのではないか、と。

......あるはずもないか。


「......気になる?」

「別にいいよ。今更、何が出来る。」


彼女が死んでから既に5年が経っていた。

生きていれば今はアラサーで、年々若さを失っていく体と格闘しながら元気に仕事をしていたかもしれない。もしかしたら結婚していたかも。子供も居てもおかしくない。子供に手を焼きながら持ち前のおっとりとした気前で家庭を温かく包み込んでいたのかも。


なんて考えたところで死んでいるので元の木阿弥なのだが。


「......行こ。」

「え?」

「行こ。ユウさんのとこ。」

「ユウさんのとこって、ユウさんは成仏させたじゃないか。」

「元居た場所。」

「ユウさんの元居た場所って、それは自宅ってことか?今もあるか分からないだろ?それにそこに行ったからって誰か居るかどうかは分からない。そもそも何か手掛かりがあるのか?」

「それは宗利がする。」

「えぇ......」


雨姫まで小日向さんと同じような暴論を言い始めた。

これは良い兆候なのか、悪い道に走りかけているのか。


「宗利はヒマそう。」

「俺の生き方を一言でバッサリ切り捨てやがってッ......!!」


ここまで言われたら立ち上がらないわけにはいかない。

俺は重たい腰をのっそりと持ち上げた。


-------------------


パソコンで名前を検索してみたが上がってくるのは違う人物ばかりであった。

これでは埒があかないと思い、向かったのは図書館だった。

近くには幸い結構大きな図書館がある。

探したのは昔の新聞である。

司書の人に頼み込んで書庫の中の5年前の新聞を引っ張り出してきてもらった。


「こんな古い新聞をこんなに持って何するつもり?」


持ってきてくれた司書さんは塩顔のイケメンだった。初対面にも関わらず親しげな様子で話してくる。

こんな人も図書館の司書をするのだなぁと感心してしまうが、それは少し偏見になってしまうかもしれない。


「んー。探し物?」

「探し物ねぇ。」


司書さんはこちらを見ながら新聞の束を差し出した。


「これ、地方紙の一か月分だよ。今日一日で読めたら大したものだ。これでだめならもう少し広い範囲のことが書いてある新聞もあるから困ったら相談して。」

「ありがとう......ございます?」

「良い情報を届けるのが司書の務めだからね。君は頑張ってそうだから応援してあげないと。」

「そうです......か?」

「ふふふ。若いって良いなぁ。」


貴方も十分若いでしょうに、と言いたくなったが新聞の束を渡されて感じる重みはとてつもないものだった。お米の袋一個分よりももっと重いような負荷が自分の腕にかかっている気がする。

雨姫の挑発に乗ってしまったのは間違いだったかもしれない。

俺はため息を吐きながら資料を漁っていた。


それから約一週間が過ぎた。

時々、傑や雨姫を呼んだが見える進展は一つもなかった。

まず、それらしい名前が見つからない。おくやみ欄を見ても交通事故などで彼女の名が出てきているわけでも無いし見逃したのかもしれない。

まだ5年前の地方紙を全てさがしたわけではないが自分の中では諦めムードが漂いかけていた。


「手が止まってる。」

「そういうお前も今さっき止まりかけてただろうが。」


今日は図書館に雨姫と二人で来ていた。

そもそも言い出しっぺが来ないのは間違っていると言ったらついてくるようになったのだ。ここ何日かはその作戦で作業を手伝わせている。

こんなので見つかるのだろうか。

連日に次ぐ作業で疲弊した頭は無意味に過ぎ去っていく時間にうんざりとしていたのだった。


「あら、佐々木君と雨姫ちゃんじゃないですか。こんなところでどうかしたんですか?」


この声は――――!


「小日向さん!」

「凄い量の新聞ですね。一体何の調べものですか。」

「えっと......これはですね。」

「5年前の新聞?」


小日向さんは顎に手を当てて考えていた。

椅子を引いて自分の隣に座りつつ5年前というワードに心当たりがないか考えているらしい。

そして小日向さんがその事実を掘り起こすのに時間はたいしてかからなかった。


「どうして私に知らせてくれなかったんですか。」

「あー、そのー。」


開口一番、その言葉であった。

理由は簡単である。小日向さんが自分がこれをしていることを知ってしまったら彼女は必ず手伝ってくれるからである。しかも毎日見つかるまで。彼女はそういう人間だ。人のことを自分の事よりも親身に思える人間である。

だから言ってしまったら俺はもう、後には引けないような気がした。

例え俺が辞めても彼女は続けるような気がしたからである。


そんな理由を俺の口から言える訳ないだろうに。


俺は諦めるように肩を落とした。


「......手伝っていただけますか?」


彼女はプクーと膨らませていた頬を萎ませると口の端に笑みを浮かべた。

とても可愛らしい笑顔だった。


「もちろんです!」


--------------------


それから有力な情報を見つけたのは三日後の事だった。


「ありましたよ!これ、これじゃないですか!?」


やや興奮気味に見せられたその一面にはこう書いてあった。

『相次ぐ放火事件、長女死亡』

放火?


「ここ、あそこらへんじゃないですか?」

「ん?」


良く見てみるとここの背景には見覚えがある。

雑木林に近いところで少し更地になっていた場所があったのだ。

あの時は気にしていなかったがまさかそこが旧糸川家跡地だとは思っていなかった。


「でも、家は全焼だからな。手がかりかと言われれば首を捻るが。」

「それでも一歩前進ですよ!それにほら!」


小日向さんの指した指の先にはある名前があった。

糸川(つむぐ)、糸川千里の母親の名前だった。

亡霊編は完結しましたがもう少しエピローグが続きます。

次回で終わるのでもう少しお付き合いください。

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