さようならは言わずに
「でもどうやったら成仏ってできるんですかね?」
小日向さんが缶ジュース片手に天を仰ぐ。
額から流れる汗が髪に張り付いて妙になまめかしい。
「多分、ユウさんのチートの発動を止められたらそれで大丈夫なんだと思う。俺も色々考えてみたが、ユウさんの意識が昼間は途切れていることが鍵なんじゃないかと思うんだ。」
「と、言いますと?」
「記憶が途切れている間は、チートが発動していないかその効力が落ちていると思うんだ。その条件を完全に満たすことが出来ればチートの発動を止めることが出来るんじゃないかと思う。」
小日向さんがベンチに座って足をプラプラとさせる。
丈の短いズボンから覗くスラっとした足、サンダルから覗く指先が自分に夏を感じさせていた。
「でもその条件って分かっていないんでしょ?」
「昼間に言っている場所は少しずつ分かってきたかな。正確に言えば方角だけど。目的地に向かってまっすぐ進んでるようだったから何かに引き寄せられる感覚に近いのかもしれない。目撃証言がないところを見るとあの後すぐに消えてしまっているのかもしれないけれど。」
「へー。」
小日向さんがジュースを口につけながら話を聞いている。
興味がないという訳ではなく単に頭が回っていないだけかもしれない。俺も少し気を抜けば言葉が支離滅裂になってしまいそうで眉間を手でもむ。
「色々調べたんですね。てっきり佐々木君はあんまりそういうのに関わりたくない人なのかと思っていました。」
「この頃は大分心持ちが変わってきましたから。」
主にそれは小日向さんのおかげなのだが。
「集まるのは今日の午後からでしたよね。」
「そうですよ。」
そう。俺は既に彼女を成仏させる日程を立てていた。
このまま先延ばしにしていてはどんどん覚悟が薄れていくような気がした。やり方ははっきりと分からなくても動かなければならないような気がした。
これは彼女を殺す行為に等しい。言い方は悪いがこのまま話せばもっと情が沸いてしまう。
「午後に皆で集まろう。」
「了解しました!」
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「みんな、集まったみたいだな。」
「結局、お前が呼ぶのって俺達だけだよな。誰か他にも連れてこないの?それとも連れてこれないの?」
「連れてこないの!」
「そういうことにしといてやるか。」
「うるさいな。」
俺と傑と小日向さんと雨姫。
要するにいつものメンバーである。
「こっちの方角だ。近づいたら多分俺も魂が抜ける。それでユウさんの居る場所が判断できるはずだ。」
「抜けた体はどうするんだよ。」
「お前が肉体強化を使えば俺の魂は元に戻る。」
「その手があったか!やっぱりトシは頭が良いな!」
傑がウキウキとした顔でこちらを見てくる。
俺も何も考えずに皆を集めたわけではない。俺なりに色々考えて何があってもいいように準備もしっかりと整えた。
必ず今日やり遂げて見せる。
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それからの道のりは建物にぶつかることや、どちらに行けばいいのかを最先端の道具であるスマートフォンを駆使しながら乗り切っていた。どこに行けば良いのかという不安感を抱えつつ歩いているとそこに大きな障害が立ちはだかった。
「あー、これは。」
「......雑木林?」
「みたいですね。......本当にこっちの方角であってるんですか?」
「あってるよ。方角は。方角は合ってるんだが......本当にこっちの方であってるのか?」
「トシが分かんねぇなら俺たちも分かんねぇよ。」
「一回引き返しませんか?」
そうですね、と肯定しようとした瞬間にそれは起こった。
背中を冷たいものが走るような感覚、今となっては慣れた感覚だ。
だがいつもとは様子が変である。
いつもは意識が移動するように抜け出るのに対して、今回は根こそぎ奪はれるような感覚に陥った。
急速に眠らされるような不思議で意図しない感覚に頭が割れるように痛くなる。
これは危険だ。ふらついてくる。
一瞬でも気を抜けば意識ごと闇の中に持っていかれるような気がした。
「っと、あぶねぇな。」
「......ぅぅ、良くやった。」
「いっつもこんな感じなのか?それにしては凄い酷い顔してたぞ。」
「いつもはここまでじゃない。これは......ユウさんが危ない事になっているのかもしれない。」
もしくは毎日こんな思いをしているのかもしれない。
これが本当の死なのか?
チートを使っていながらも何かに引っ張られるような感覚に襲われていた。
「こっちの方角で間違いなかったみたいだな。」
「......行こ。」
雨姫がギュッと服の裾を握ってくる。この頃は大分慣れてこういうことも少しずつなくなってきていたのだがまだ普通の人と同じようにとはいかないらしい。
実際、雑木林の中は鬱蒼としていて何が出てきてもおかしくない状態であった。
普通の人でも入るのをためらうような暗闇が広がっている。
一歩足を踏み入れると雑草についていた水滴が足についた。
蛇が出てきてもおかしくないような状況に一同は唾を飲み込む。
「なぁ、コレやばいんじゃねぇのか?」
「ユウさんはお化けだけど良い人だっただろ?信じるんだよ。」
うっすらと人の気が残る獣道を歩く。
かなり道が荒れていた。少なくともこの道は何年も使われていないだろう。
それでも道があるのが唯一の救いなのかもしれない。
そう思いながら進んでいくと少しだけ開けた場所があった。
「これ、何でしょう。」
そこにあったのは一つの石碑だった。
苔が生えておりまともに整備はされていないみたいだ。
苔を少しはがしてみる。
「これは......お墓だ。」
「お墓ですか?」
「あぁ、間違いない。これでつながった。」
ユウさんの居るべき場所、眠らなければいけない場所。
「ここに、ユウさんが居る。」
間違いない。確証はないがそれでもこの墓が何か訴えかけてくるような気がした。
「傑、一回肉体強化を解除してくれないか?」
「......良いのか?」
「構わない。」
そう言った瞬間に圧倒的な眠気に襲われる。
意識をぶつ切りにされる感覚と、体中を襲う激しい痛みが一斉に降りかかる。
体が既に消えかかっている。
ただ、この体でしかできないこともある!!
「ユウさん!!」
名前を呼んだ瞬間にわずかに感じる波動。
それは自分の体から発せられたものだったが、それは同時に相手のチートが揺らいだということも意味していた。
波動を頼りにおもむろに手を伸ばす。
何かをつかんだような気がして力いっぱい引っ張り上げた。
「......あれ......?私、こんなところで......何、してたんでしょう。」
「おかえりユウさん。」
「あっ、皆さんお揃いで~。ただいまです~?」
目の前にはいつもの能天気なユウさんが居た。
少し安堵した。
ユウさんは少しずつ意識がはっきりしてきたみたいで自分がここに居る意味を分かったようである。
「皆さん。集まっていただいてありがとうございます。」
俺は少しだけ目を逸らした。
自分が一番痛いはずなのにこうして俺たちにぺこりとお辞儀する彼女を見ていられなかった。
本当は目を逸らしてはいけないはずだった。
「私を成仏させて下さい。」
ユウさんが嬉しいような悲しいような作り笑いをしてこちらを見た。
そんな目はずるいではないか。
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辺りを明るくする。
それが俺の考えた結論だった。
何があってもいいように持ってきた掃除道具が役に立った。
木の枝を払い、雑草を抜く。
ブラシでこすって墓石を磨き汚れを取り払う。
箒で長年にかけて溜まりに溜まったほこりや落ち葉を拾い集める。本来はお清めに使えるかもしれないと思って持ってきた塩を一パックだけ地面に撒いた。除草剤の代わりだ。
「結構、すっきりしたな。」
「そうですね。」
四人がかりでした掃除は案外早く終わった。
お墓が一つだけだったというのも大きく起因するだろう。
ユウさんは日陰でずっとこじんまりとしていた。
「ユウさん。出てきてください。」
「......はい。」
ユウさんはこちらから出てきた。真っ白だった服の裾が少しずつ橙色に変わりつつあった。
やがてそれは火の粉を飛ばし始める。
指先から燃え尽きるようになくなっていく体を見て俺は呆気に取られていた。
ユウさんは少し眉をしかめた。
「あの。最後に一つ心残りがあるのですが。」
ユウさんが消え入りそうな声でもじもじとそう言った。
「私の名前って何ですか?」
前に自分の名前が思い出せないし見えないと言っていたのを思い出す。
俺の目頭から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「......千里さんでした。糸川千里。......それがあなたの......本名です。」
俺の声は今にも喉から出てこなくなってしまいそうだった。
それを聞いたユウさんは一際嬉しそうに笑った。悲しそうで嬉しそうだった。
俺の目からはとめどなく涙があふれてついには前も見えないほどに目の周りが熱くなるのを感じた。
それでも嗚咽だけは漏らさないようにしっかりと喉を閉じる。
「良かったぁ。最後に分かって。ふふふ。千里かぁ。結構、我ながら......可愛い......名前。」
ユウさんの声も最早とぎれとぎれだった。ここでおれが見送ってやらなければ報われないではないかと思い直し涙をぬぐい去る。
「アリガ......とウ......ござい――――」
最後まで言葉は言い切れなかった。
小日向さんが膝から崩れ落ちる。
彼女の思いは晴らせたのだろうか。痛みは取り除けただろうか。
最後に笑ったあの顔が脳裏に深く焼き付いて離れなかった。
亡霊編、ついに完結しました。
もしも彼女はそのまま消えてしまったとしたら、彼女の魂はそこで潰えてしまうのでしょうか。
おそらくそれが一番正しいあるべき姿なんだと思います。
命には限りがあるから美しい。
私はそう思います。




