予想外にケチはつけられない
目を開けると俺は白い部屋の中にいた。
横たわっていて動けない。
包まれているような感触。
ああ、ここが異世界か。
そんな事を夢想する。
しかし、そうではないことは自分の頭上の壁にかかっている『佐々木宗利様 405号室』と書かれたネームカードから察していた。
つまるところ俺は病院の中に居るのである。
包帯に巻かれた右腕は固定されているのだろうピクリとも動かなかった。
痛み止めでも使っているのか麻酔が抜けないのか、あまり痛みは感じない。
「あ…………気が付きましたか……」
小日向さんが隣で座っている。
外はもう暗闇に飲まれてしまっていた。
「なんか……すいません。ヘマしちゃって、」
小日向さんはすかさず言った。
「あっ、いえ、こちらこそすいません!能力の発動時間を考えていなかった私が悪いんです!」
チートには様々なものがある。
制限があるもの、ないもの、色々だ。
俺のチートは発動するかどうかのオン、オフは出来ないが相手が発動している間は発動し続ける。
しかし、俺が使うのはいつも相手の完全な劣化版のチートだ。
場合にもよるがチーターと自分を比べれば、かならず自分が負けるように出来ている。
彼女が俺を自分の止めた時の中から追い出したいと思えば、俺の動きは止まってしまうのではないかと思う。
……そんな時が来なければ良いのだが。
「私の能力が使える時間は多分1回15分ぐらいなんです。時間を計る事は出来ないので分かりませんが、体感時間では大体そのくらいなんです。いつもなら普通に考慮に入れられるはずなんですけどね……」
せめて彼女があの時間を楽しんでいたのなら、まだ傷を負った甲斐がある。
「この怪我は?」
「ああ、ええと、骨折だったみたいです。あのぶつかり方だと胴体があまり傷ついていなかったのは奇跡的だったみたいです。」
見たところ腕がギブスで固定されているだけである。
「良かった。」
「全治3ヶ月で1ヶ月の入院だそうです。本当にすみません。」
「ああ、え?1ヶ月入院?」
「ええ。腕の固定が取れるのはそれぐらいだそうです。指先の方の固定が取れるのは2ヶ月ぐらいになるそうです。粉砕骨折だそうです。派手な運動は全治するまで控えるようにって……、本当にすいません……」
それって、つまり、もしかして……
以降、俺は病院で退屈な入院生活を過ごしていた。
あの後、両親とも連絡が取れて事故の経緯を話すことになったが、相手はドライブレコーダーを付けておらず酒を飲んでいたこともあり、入院費用は相手負担になった。
相手は『少年が急に目の前に現れた。』と言っているそうだ。
……あんなクリスマスの日にすまない事をしたとは思っているがこれに乗らない手はない。
入院生活は退屈ではあるが、かと言って鬱憤が溜まるという訳ではなかった。
両親が毎日とは言わないが数日に1回来てくれるし、WiFiも繋がるし、片手で本も読めない訳ではない。
少ないが友人も来てくれる。
暇を潰す事には困らなかった。
何より彼女が来てくれる事が嬉しかった。
彼女とは他愛ない話ばかりしていた。
学校のことや、友人のこと、世間話などもした。
彼女も中学3年生で次から高校1年になるそうである。
少し離れたところに住んでいるみたいだが、そこには高校が無いらしく、あの日はこちらの公立高校の下見に来ていたらしい。
こんな事になるだなんて思ってもみなかっただろう。
チートを使えるようになったのは、随分と昔のことらしい。
俺の能力は俺から一定の距離内でしか発動しない。
どれぐらいなのかは測ったことがないので分からない。
経験則で言うと、大体目視出来る距離だ。
まだ知らない事の方が多い事を自覚し少し嬉しいような変な気持ちがした。
ここまではまぁ……比較的嬉しい事後報告だ。
問題はここからだ。
俺の怪我をした手は右手であり利き手は右手だ。
確かに食事をするのは困るけれど時間をかければどうにかなる。
しかし、書き物はどうだろう。
俺は左手で字を書くなんて事は到底出来ないし、ましてや受験勉強なんて出来るはずもない。
そして最大の問題点は俺の志望の学校が私立だった事である。
勘のいい人間、もしくは必死な受験生ならお気付きだろう。
俺の指先の固定は入試が終わっても外れていない。
勉強とは一体何か。
暇な時間にそんなどうでも良さそうなことをショックでずっと考えていた。
「あぁーあ。」
酷い喪失感。
不思議とそれでも涙は出ない。
負けたと言うよりはなるようにしかならない自分の無力さを傍観している気持ちだ。
「はわぁ」
欠伸ともに目が潤んだ。
そして桜舞う季節。
俺は地元の公立高校の制服を纏い、部活の勧誘のビラを手に持ちながら、下駄箱に貼られた新入生のクラス分けが書いてあるA4の用紙を見つめていた。
3日目です。
異世界転生はしなかったみたいです(笑)
次回から高校生活が始まります。
気に入ったら(ry
よろしくお願いします。