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正しいことじゃない

 受験が終わった瞬間、俺は勝ちを確信した。だって仕方がないじゃないか。あいつらが持って来てくれた数十問の問題、多くのダミー問題の中に本物の問題が書かれてあったのだから。

 偶然と言うことも出来る。大学の試験問題が選んだ問題と丸々同じということは他大学の過去問を丸パクリしたということになる。この大学に限ってそんな問題になりそうなことはやらないので、過去問を元に先生かオルクスがひと手間加えた問題がまるっきり一緒になってしまったという可能性はゼロではない。ゼロではないのだが......


「まぁ、ありえんわなぁ......」


 内藤が何かを隠していることも分かっていたし、時雨も何か含みのある言い方をしていた。

 何をしたんだろう?

 時雨が時間を止めて問題を盗み見た? それはあり得ない。どこに問題用紙があるのか知っていないと15分という短時間で盗み見ることは難しいだろうし、仮に彼女がそんなことをやったとして、俺がそのことを知ったら悲しむと知っているからだ。

 だとするならば......


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


「やけに来るのが早かったな。まさか試験の次の日にもう呼び出しをかけられるとは」


「試験問題を事前に知る方法は、内部に関係者が居るか、盗み見る以外にないだろう。盗み見るなら監視カメラを使うとか、パソコンに保管されているならその情報を盗み取れば良い。それが出来る人間が俺の知り合いに一人居るということに気がついただけだ」


 俺の目の前に居る男はそのトレードマークの眼鏡をクイッと上げた。


「どうやった?」


「たまたま問題が同じだっただけだろう」


「......」


 俺が納得のいかない顔をして黙っていたら、相手の方が先に折れた。眼鏡が長い溜息を吐く。


「お前が言ったとおりだ。問題用紙はパソコンで作って印刷するんだから、そこの経路からちょちょいと取ってきてやればいい。今回はパソコンから印刷機で印刷する時に無線で情報を送っていたから、その情報を俺の端末にも送るようにしただけだ。お前が思っている以上に手間がかからなかったぞ」


「手間がかかったかどうかじゃない。俺は俺の力で合格したかったんだ」


「俺のために働いてくれたせめてもの恩返し、という風には受け取れないのか」


 俺が怒った顔をしているのが相手に見えているだろうか。俺は何回か言ったはずだ。自分の力で合格したいからそういうのはしてほしくないと。下駄をはかせてもらって大学に入学したところで、引け目を感じてしまうに違いない。だからそういう不正みたいなことはしたくなかった。


「......お前はこういうのを不正だと感じてしまうかもしれないが、これはただできることをやっただけにすぎない。そしてお前のために自ら好意で働いてくれるやつが居る。これはお前の持てる力と言い換えても良い。それを使うのにそんなに躊躇いが必要か?」


 普通の人だったら受け入れられるかもしれないが、俺には受け入れられない。それは俺のルーツが関係する。


「......昔、俺には今とは違うお父さんが居た。そのお父さんもチートを持っていたんだよ。人を自分の言いなりにさせることが出来る能力だ。人に金を持ってこいと命じれば金を貢がせることが出来る。そんな能力を持っていたんだ。その金で俺は育てられたんだ。俺はそんなお父さんを嫌悪していた。だから願った。消えてほしいと。その願ったタイミングとお父さんが自分に無理やり命令を聞かせようとしたタイミングが重なって、結果的にお父さんだけじゃなくお母さんも死んでしまった。そして今の親父とおふくろのところに来た。自分のためになりふり構わず自分の能力を使うことはそれを肯定することにならないか?」


 眼鏡は俺の告白にしばし言葉を失った。これに対する答えをまだ俺も見つけられていない。俺はこの出来事によりトラウマを背負い、チートによって人を傷つけてはいけないという制約を自分に強いていた。今でこそ少し許せるようになったが、それは自分が正しいことをしているという前提に基づいている。

 つまるところ、これは正しい行いではなく、だからこそ自分も相手も許すことが出来ない。


 眼鏡はずっとかける言葉を考えていた。これが答えになるかは分からないが、と前置きして話し始める。


「俺は自分のやっていることがいつも正しいとは思っていない。だが、自分に出来ることをしないのはこの世界を冒涜していると思うんだ。できることをせずに不利を被る。それは間違っていることだと思う。お前のお父さんを自分の目で見たことはないから何とも言えないが、多分どうしようもないやつだったんだろう。多分人の尊厳を踏みにじる行為ばかりしていたんだろう。それは正しいことじゃない。でも間違っていると言って良いのかは分からない。あくまで俺の意見だ。聞き流してくれて良い。こんな俺の考えがお前の答えになるとは思っていない」


「......例えばスリが出来るチートを持っていたとして、実際にスリをしたやつをお前は肯定することが出来るか?」


「正しいことじゃない。でもその人が金銭を持っていなかったとして、明日食べる物にも困っていたとして、それをせずに極度にひもじい状態を続けていくことは間違っていると思う。それはとても人間として尊い生き方ではあるが、俺はそれは間違っていると思う。お前は俺が問題を解かせなかったら受験に落ちていただろう。今後の生き方に関わってくることだ。他人に頼ればそれがどうにかできるにも拘わらず、何にもせず自分一人の力でどうにかしようとしているのは間違っていると思う」


 彼の意見は間違っていない。そもそも意見に間違いなんてものはない。その意見をどうしても認めたくない自分とその理論を肯定する自分が居た。彼の意見にもうなずけるところはある。


「俺が受かったことによって他の真面目にやってきた受験生が一人落ちた。それでも肯定することが出来るか?」


「もしも受験生の中にとても優秀な先生を担任に持った人が居て、その優秀な先生は過去問を見るだけで今回出る問題を当てることが出来るとする。その先生から今回出る問題を聞いて受かった生徒を否定することは出来るか?」


「それとこれとは話が違う。推測に絶対はない」


「あるとして、だ」


 眼鏡の奥から鋭い目がこちらに突き刺すような視線を送ってきていた。


「それは間違ったこと、じゃない」


「なんで」


「先生に教えを仰ぐのは他の生徒も普通に行っていることだからだ。良い先生に当たって運が良かった生徒なんてこの世にはいくらでも居る。塾に通うのも、学校が進学校で良い先生がいっぱい居る環境に居るのもよくある話だ」


 ついに彼の意見を肯定してしまったという気持ちがあった。だが、それは自分が理性的に判断して出した結論だ。自分に嘘は吐かない。


「俺に正しいかどうかなんて分からない。だがこれだけは知っておけ。この世はお前が思うほど平等じゃない。それはチートを持っていなかったとしても、だ。ハンデとアドバンテージがいくらでも入り混じっている。お前の決めた平等のラインで物事の正負を決めてその正しさの中に自分を閉じ込めていると、その平等のラインが常識から外れていた時に、とてもつらいぞ」


 それと、と付け加える。


「それと俺はお前を肯定する理由をいくらでも持っている。俺が渡した対策問題には沢山のダミーの問題を混ぜておいた。それでもお前が受験問題を解くことが出来たということは、その問題のほとんどに目を通し、全てを自分の力で理解したということだ。あの残された時間でそれをやってのけるのは努力の賜物だと思うがな」


 それは否定のしようが無かった。確かにあの問題の全てを解くために尽力した。それは事実だ。俺の努力だ。


「少しは自分を褒めてやれ」


「......考えておく。全て肯定することは出来ないかもしれないが」


「悩め悩め」


 眼鏡はクックックと笑った。余裕たっぷりで上から目線に見えるが、あれだけこたえられるということはそれだけしっかり考えてきたということだ。きっと何でも出来るからこそ何でもして良いのかを沢山考えてきたんだろう。

 彼の意見の全てを肯定するわけではないが、それでも今回の件に対する罪悪感は少し薄れたような気がした。ただ、これからも向き合っていかなければならないのだろうな、と一人思った。

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