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二次試験が始まる

 鞄の中を点検していると一か月前のセンターの時を思い出す。あれからもう一か月。色々あったが、思い返してみるととても短い一か月。準備も十分に出来たかどうか......


「アイタタタ......」


「どうしたの!? おにーちゃん!?」


「緊張でお腹が......」


「もー! しゃきっとしてよ! 今までやって来たことからしてみれば別に受験ぐらいどうってことないでしょ!」


「あれはちゃんと準備が出来てたから大丈夫だったんだよ。今回は準備に割ける時間が少なかった......不安だ......めちゃ不安だ......」


 由香が背中をバシバシと叩いてくる。一見すると乱暴だが、妹は普段この時間に起きていないことやちょっと動揺を隠そうとしている仕草を見ると、それが精一杯の励ましだということが伝わってくる。


「お腹痛いなら正露丸持っていきなさい。はい、これ」


「あぁ、ありがとう」


 おふくろが正露丸を持って来てくれた。ちょっと変なにおいがするからあまり飲みたくないのだが、俺はお腹が弱い方なので困ったときはいつもお世話になっている。おふくろが鞄の中まで確認しようとするのを押しとどめ、俺は靴を履きなおす。

 後ろから雨姫が顔だけ覗かせた。そしてグッと拳を握りしめる。


「がんば」


「おう。なんか出来る気がしてきた」


「私の時と違くない?? 宇鷹ちゃんにだけ優しすぎでしょ??」


「そう言われても気持ちの問題だからなぁ」


 由香がしらばっくれる俺に蹴りを一発繰り出す。タイキックはパァンという乾いた良い音をさせて尻にクリーンヒットした。受験生に対して何たる非行か、と言いたいところだが、おちょくったのはこちらなのでどちらかと言えば俺が悪いだろう。

 そんな痛いほど伝わってくる激励を受けながら俺は玄関を出ようとした。俺がドアノブに手をかけようとしたとき、ドアがひとりでに開いた。ドアノブを掴む手が空を切る。


「いってらっしゃいませ。佐々木様」


「お前......何でこんな朝早くからここに居るんだよ」


「いやぁ、大切なお兄さ――同級生の受験日というわけでこれはお見送りに参加しなければならないだろうと」


「内藤、調子に乗ってるだろ」


 そこに居たのは内藤だった。にこにこ笑顔でお出迎えである。導かれるままに玄関を出ると、彼は音を立てず丁寧にドアを閉めた。


「雨姫と上手くいったからって、もう結婚するつもりか? まだお兄さんなんて呼ばれる筋合いはないからな。大体、受験勉強の手伝いに来ていたはずなのに、人の家で人の妹になんてことしてやがる」


「ばれないように上手くやったつもりなんだけど、まさか見られているとはなぁ......いやー、恋のキューピッド様様には感謝してもし足りませんなぁ!」


「そりゃ、あんだけ堂々といちゃついてたらばれても仕方ないだろ。トイレから戻ってきた由香が部屋の中の雰囲気に気が付かなかったら良いところで割って入られてお釈迦になっていたところだぞ」


「いやー、由香ちゃんにも感謝感謝ですよ」


「いつの間にかちゃん付けで呼ぶようになりやがって......」


 俺が必死で受験勉強をしている間に、こいつらはずぶずぶの関係になっていたらしい。いちゃいちゃし終わってすぐ部屋に押し入ったのだが、その時のあいつらの雰囲気を見て由香がすでに内藤側についていることが分かった。それはそれとして内藤の発言を真似したり兄妹そろって散々イジらせてもらったのだが。


「お前らは楽しそうで良いよなぁ......」


「佐々木も十分楽しそうじゃないか」


「俺たちは受験だし、楽しんでるようでも常に頭の片隅に受験勉強があるんだよ。何やっても心からは楽しめないさ。そう......受験なんだよなぁ。しかもこれから......」


 内藤と話している間、これから受験があることを頭の隅に追いやっていたが、ひょんなことから頭の中を埋め尽くしてしまった。お腹が痛くなってくる。


「大丈夫だ。自分のやってきたことを信じろ」


「えらい自信だな。お前が勉強してたわけじゃないのに。何かそう言える根拠があるみたいだな」


「え!? いや、それは......ほら、あれだ! これまでどんな問題だって解決してきたじゃないか! 今回だって絶対上手くいくさ!」


 内藤の言葉がとても力強かったのでついつい突っ込んでしまう。内藤はその言葉にどう返すか迷ったものの無難な返答に落ち着いた。明らかに何かを隠そうとしているのは分かっているのだが、何を隠そうとしているのか全く予想がつかない。


「今回やったことなんて、お前らが用意した問題を解いたことぐらいだ。他のことをする暇なんて無かったぞ」


「ちゃんと全部解いてくれたか!?」


「あぁ。ギリギリだったがな」


「そうか。良かった......」


 内藤がひどく安堵した表情をする。まぁ、自分たちが用意したものをしてくれたことが嬉しいのは分かるが、そこまで安堵するものだろうか。あの問題はオルクスが用意したものと聞いているが、ここまで安堵するということはあいつに全幅の信頼を置いているのだろうか。確かに勉強は出来る奴だが......

 どうやらこの辺が怪しい。まぁ、どうすることもできないだろうが。


「じゃあ行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 内藤と駅で別れ、目的地に到着。あれよあれよと言う間に受験直前。長いようで短い待ち時間。心臓がバクバクと脈打っている。緊張している時の時間は長いようにも感じるし、短いようにも感じる。特に時計の秒針を見つめている時が一番長く感じる。俺は腕時計を見つめながら、1秒1秒時間が経つのを待っていた。

 されど時間は変わることなく進んでいる。時間が経てば問題用紙が配られ、試験が始まる。目の前に自分の運命を決める問題が裏返しになっている。


「はじめっ!」


 掛け声と同時に問題用紙を裏返し、ペンを持つ。一通り目を通しながら俺の表情はみるみるうちに驚愕の色に変わっていった。


「これ......まんまじゃねぇか」


 問題用紙の中の問題に俺はデジャヴを感じていた。

 この問題、中の細かい数値こそ違えど、全く同じ。あいつらが持ってきた問題と全く同じじゃないか!?

 


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