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帰りのバスは揺れていた

 昨夜の記憶がぽわーと靄がかかったように頭に浮かんでは恥ずかしくなってかき消す。だが完全にかき消すことは出来なくて、バスの揺れが体に伝わってくると共に触れた唇の感触をまた思い出す。

 バスがガタンと揺れて、隣の少女に体が触れる。


「......ッ!」


 ビクンと体が跳ねる。跳ねたのは俺だけではなく彼女もだった。チラリと横目で見ると体が跳ねてしまったことが相当に恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしていた。

 最初からそうだったわけではない。それどころか昨日までは肌が触れ合っても普通に話せていたし、昨日の帰りのバスなんか、時雨は俺の肩に体を預けてぐっすりと眠るぐらい肌が触れることに抵抗が無くなっていたのだ。

 今日、バスに乗って観光名所を回って、最初の方は彼女は何事も無かったように振舞っていたのだが、俺は何事も無かったように振舞いきれず、肌が触れた瞬間に体を跳ねさせたり話しかけられた時に挙動不審になったりしていた。そうしているうちに彼女にその恥ずかしさが伝播してしまって、結局帰りのバスともなるとこんな調子になってしまったというわけだ。

 顔を真っ赤にした彼女はこの状況をごまかすために話しかけてきた。


「きょ、今日も楽しかったですね! いやー、やっぱり、そのー、アレでしたね!」


「あ、あぁ。そうだな。アレだったよな!」


 ヤバい......何も思い出せない。彼女も何を話したいのかがまとまっていない。この空気を改善したいという目的だけが先行して中身が全く無い会話になってしまった。これではこの空気を改善するどころか悪化させてしまうだけではないか。

 どこに行ったのかは覚えている。だが何をしたのかが全く記憶にない。それほどまでに彼女のことでいっぱいいっぱいだったということだ。自分でも驚いてしまう。まさかここまで記憶がすっぽ抜けてしまうとは......人間の体はこんなにも不完全だったか?


 そして無言......


 せっかく話をしようとしてくれたにも拘わらず、この体たらく。自己嫌悪に陥ってしまいそうだ。


「なぁ、アレ。昨日何があったんだよ。トシも帰って来てからすぐ寝ちまうし。今日朝からずっとあの調子だぞ」


「実はね......カクカクシカジカで――」


「なるほどなぁ。それは時間停止が使われた可能性が高いだろうな。時間停止の間に色々あった、と。なんかちょっと見えてきた気がするぞ」


「そうね。時雨ちゃんも部屋に戻ってきてから枕に顔をうずめたまま足をバタバタさせて――」


「しーっ!!」


 少し離れた場所で新浜さんと傑のヒソヒソ話が聞こえる。ヒソヒソ話なら聞こえないようにやってほしいものであるが。時雨も聞いていたみたいで、新浜さんが聞かれたくないことを話そうとした瞬間に必死に口先に人差し指を当てて向こうの席に向けて口止めをしていた。

 あれからすぐ寝たと思われているらしいが、布団に潜って声を出さないようにして悶絶していただけだ。寝てはいない。多分、時雨の方も似たようなものだったのだろうと想像する。時雨が枕に顔をうずめて悶絶する姿か......俺には絶対見せてくれないだろうな。


「でも、あの様子じゃあなぁ」


「一進一退? 一歩進んで二歩下がる?」


「まぁ、先は長そうだなぁ」


 それもこれも俺が必要以上に恥ずかしがっているのがいけないというのならそれもそうなのだろう。もしも時雨と他の人ならもう少しスムーズに進んでいるはずだ。その光景を想像するのは俺には憚られるが。


「なぁ」


 誰から話しかけられたのかと思えば、それは前の席に座っていた木原だった。妙に真剣な顔をしている。気味が悪い。あまりにも真剣な面持ちだったので無視しようと思ったぐらいだ。


「なんだ」


「お前らってさ、もしかして昨日、キ――あだっ! 何だよっ!」


「ちょっと黙ってろお前!」


「抑えてて。今からしばき倒すから」


「もー! バスの中では静かにしてなさーい!!」


 木原が何かを口走ろうとした瞬間に恐ろしく早い張り手が飛んだ。そのまま傑がバスの中で木原の体を羽交い絞めにして新浜さんが修学旅行のしおりを丸めて構える。どうやら俺にはめちゃめちゃ優秀なボディーガードがついているみたいだ。

 そうか、あの鈍感な木原でも気が付いていたか......相当ヤバいな。今日の俺は。木原と傑の間に城崎先生の仲裁が入っているのを見ながらそんなことを思う。あ、先生とも目が合った。先生がこちらに向けて笑っているとも怒っているともつかない微妙な顔をしていた。先生も元凶がこっちにあるのに気が付いているみたいだ。

 そう考えると、新浜さんと傑はかなり上手いことやっていたんだなぁと思う。今のこの状況を見てもこの二人が付き合っているという話を聞く前の俺なら息があっているなぁというぐらいにしか思っていなかっただろう。俺たちの場合は付き合うどころかちょっと進展があっただけで全て筒抜けになってしまうのに。さすが学年一の才色兼備を兼ね備えた才女と文武両道のイケメンと言ったところか。


「あの」


 喧噪に包まれたバスの中で、ぼそりと時雨がつぶやく。

 今さっきの無理やり話をつなげようとした時雨とは違って、とても透き通って落ち着いた声だった。俺はその声を聴いて昨日の彼女の瞳を思い出す。吸い込まれるようなあの瞳と同じぐらい惹きつけられる声だった。


「先は長いみたいですよ」


「ん......? あぁ、傑の言ってたやつか」


 一進一退とか一歩進んで二歩下がるとか、先は長そうだとか。全く、勝手なことを言ってくれる。傍観している側は気楽かもしれないが、こっちにとっては死活問題なんだぞ?

 昨日のだって、彼女があいつらに焚きつけられたからあんなことをしたのは目に見えている。昨日の彼女の言い分を聞くに、俺たちには時間が無いと言われたんだろう。分かっている。高校生活は三年間しかないし、まして今から卒業までというと秒読みともいえるだろう。もう目立ったイベントなんて受験ぐらいしかないし――

 そんなナイーブな思考をしていると、時雨がぼそりと言葉をつぶやいた。その言葉に俺は目を見開かせた。


「長くしていきましょうね」


 そうだ。

 俺達の関係は卒業するからと言って終わるわけではないはずだ。

 未来のことなんてまだ分からないけれど、互いの努力さえあればこの先も続けることが出来るはずだ。

 時雨は俺の服の袖をつまむ。


「......そうだな」


 俺はそんな彼女の手を取った。

 そんな俺たちに気が付いてか気が付かずかバスの中がシンと静まり返る。また恥ずかしくなってきたが、今度は手を離さなかった。

 修学旅行編もこれにて終了! 次の土曜に何をするかは......もう予想がついているかもしれませんね。

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