のぞき見って罪悪感がだんだん増してこないか?
時雨は座布団の上で正座しながらちゃぶ台の上のお茶に手を伸ばし、新浜さんは布団の上で足を延ばしている。フランは布団の上であぐらをかいており、雨姫はすでに寝てしまっているようだ。
「今日はものすごい楽しかったネー! あんなのが出てくるなんて京都はやはりすごいデース!!」
「いや、普通は出ないから。あんなの。京都も日本も関係ないから」
「でもほんとにびっくりしましたねー。服を溶かされるなんて......私、服が溶けるなんて出来事、初めて体験しました」
「普通はそうでしょうよ。普通は」
新浜さんの的確なツッコミを聞きながら俺もそうだそうだと頷きかけてはっと気づく。
どうして俺は今ここに居るんだ?
俺は旅館の部屋で恋バナ......というか傑の浮いた話を聞き、そこから恋バナの標的が俺に変わりかけて、そんなときに木原が「もうこうなったら女子部屋に行くしかない」とか何とか言って、流されるままにやって来た。
何でそのタイミングで女子部屋に行くしかないってことになるんだよ。理論がおかしいだろ。絶対、ここに来たかっただけじゃん。俺、ここに来てちょっと罪悪感出てきたよ。温泉を覗く時は興奮で罪悪感消えてたけど、こういう女子トーク聞いてると出て来ちゃうじゃん。
「まぁでも、良かったんじゃない? 佐々木君に見られてちょっとは仲も進展したでしょ」
「よくないですよ! それに仲も特別進展してるわけじゃないですし......」
「んー、あんなことが起きても仲が進展しないんだったらもう何が起きても進展しないんじゃない?」
「日々ちょっとずつ変わらず進展してるんです! 日進月歩なんです!」
「アツイネー! 時雨ー!」
フランはニヤニヤとしながら布団から飛び出し時雨に抱き着く。時雨はあははと困ったように笑いながら抱き着くフランを押しとどめていた。
俺の後ろでは木原がかなり強めに俺の肩をどついてくる。イライラするなら何で来てるんだよ。
「でも付き合ってからもうかなり経つでしょ。それで仲を深めるのには絶好の機会の修学旅行。これももう終わろうとしてる。これ終わったら受験まで一直線だよ? 受験始まったら学校に来ることもまばらになっちゃうよ? それで、卒業。時雨は別に良いとしても、どこの大学に行くのかまだ佐々木君は分からない。遠距離恋愛になる可能性も大いにある。どんなに愛が深くっても遠距離恋愛になったら続かない可能性もあるわね」
「そんなことありませんよ!」
「佐々木君、可愛い子にほだされやすいところあるし、あれで結構モテるから誰かに取られちゃうかもしれないわね」
「そんな............確かに」
そこは確かに、じゃないでしょうが! 可愛い子にほだされやすいのは誰だってそうかもしれないけど、時雨より可愛い子なんてそうそう居ないんだから、そこには自信を持っても良いじゃないか。モテるって言われてちょっと嬉しくなったのにこれじゃ素直に喜べないじゃないか。
「ねぇ、どうするつもりなの? この機会を逃すとどうしようもないかもしれないわよ」
「どうするって......何をさせるつもりなんですか」
「何って......そりゃナニよ」
「できませんよ! いきなり、なんてこと言い出すんですかぁ!?」
さすがに冗談だとしてもいきなりその......まぁ、何か出来るというわけではない。ただそこまではっきり「できませんよ!」なんて言われるとちょっと傷つく。まぁ、俺たちはほんとに日進月歩なので一足飛びにというわけにはいかないのだろう。
フランが悩殺だのくノ一だのと言いながら時雨を布団の方へと連れて行く。彼女はフランに抱えられながら布団の上で座っていた。ちょっとふてくされた顔をしているのは乙女の恋心をもてあそばれているからなのか。そんな顔も可愛い。
「良いですね。経験者は余裕があって」
「何よ。経験者って。そんなに経験してるわけじゃないわよ。新崎君だって佐々木君ほどじゃないにしろ奥手な方よ。そんなにホイホイ手を出したりするわけじゃないわ。貴女たちがゆっくりすぎるのよ。それに経験だけなら時雨ちゃんも無いわけじゃないでしょう」
「まぁ、あの時のはたぶん恋ではなかったし、段階も何も無かったですから。フランはそういうのはないのですか? 木原さんとかどうでしょう?」
「木原? んー、あれは時代劇で言う小物タイプネ。私、小物よりも師匠みたいな主役を助けて死ぬタイプの方が好きデース!」
「んー、そういうのとはちょっと違うかなぁ」
フランは色々な単語は知っているものの、それと実際の行動が結びついていない所がある。どうやらあまり恋愛事には興味がないらしい。まぁ、彼女らしいとは思う。それにしても主役を助けて死ぬタイプか......どういう所がそう見えるんだ? 日頃からうんちくを話しているところか?
そして木原には流れ弾が当たっている。いっつも流れ弾が当たってないか? 木原は落ち込んだ顔で冷たい廊下に三角座りしている。言われるほど悪いわけじゃないと思ってるぞ、俺は。
突然新浜さんが立った。
「どこに行くんですか?」
「ん? ちょっと水買いに行こうかと思って。私、寝る前に冷たい水飲まないと寝られないタイプなの」
それを聞いた瞬間にこっちがざわめく。マズい! 今、こっちに来られたら俺たちが盗み聞きしていたのがバレてしまう!
四人でどこかに逃げようとした瞬間に旅館の遠くから音がした。そして気づく。今はちょうど消灯時間だ。つまり近づいてくるのは先生の可能性が高い! ここは角部屋。階段は向こう側。逃げ場はない!
......背に腹は代えられない。
「じゃあ行ってくるから」
「おじゃまします」
「「「え?」」」
綺麗にそろったお手本のような疑問符だった。
「どうしたんですか」
「すみません」
時雨はそのやり取りだけで全てを察した。彼女が全てを察したことが雰囲気だけで分かった。
「隠れて下さい。そこら辺の押し入れの中に」
「ありがとうございます」
押し入れの中にぎゅうぎゅう詰めになって入ろうとする。しかし、入らない。ちょうど一人だけ入らない。
「あのー、すいません。わたくしは、どうしたら良いですかねー?」
時雨がはーっと長い溜息を吐く。
「どうぞこちらへ」
そう言って時雨は座っていた布団をめくった。めくった? ほんとにそこで良いのか?
......こうなったら、なんとでもなれだ! 行くぞ!