いざ、触手退治!
ガチャガチャぐらいのサイズの球が全員に配られる。これをあの緑色の物体にぶつければ相手は溶けるらしい。
「じゃあ、俺にその球を全て預けてくれないか? 俺と時雨で時間停止のチートを使ってその間にこの球を全部ぶつけてくる。時雨のチートは生物を動かすことは出来ないが物体なら動かすことが出来るから、時間が動き始めた次の瞬間にこの球が弾けるようにぶつかる寸前の状態にしておくことは出来る。それが一番手っ取り早いだろ?」
「あぁっと、言い忘れたでござるが、あの魔術生物には前の決戦の時のフィールドと同様に能力の影響を受けないような刻印が刻まれているのでござるよ。能力が効いてしまったら対異能者用とは言えないでござるからね。さらに能力を使えば、その能力者を優先的に無力化しようとするでござる」
「えぇ......」
末恐ろしい生物だ。能力が効かない生物なんてもの、ラスボス以外の何物でもないではないか。
くしゃみがとまらなくなるだけだと思って油断していたが、もしかして俺が思っている以上にこの生物は厄介なのでは?
「とにかくこういうのは人海戦術が一番でござる! 魔術生物の組織が破壊されきって赤色の核が見えたらそれを捕まえる! そうすれば捕獲完了ですぞ!」
しょうがない。卓男さんの言う通り人海戦術で地道にやるしかないみたいだ。
バスから降りて球を構える。
「行動開始ぃぃ!!!」
各々声を上げ自分を奮い立たせながら、敵めがけて走る。
まず最初に突撃していったのはフランと傑だった。もともと基礎体力が高く、運動神経がすこぶる良い。
「遅いネ!」
フランが触手の紫色の飛沫を体を逸らして華麗に避ける。避けながら投げられた球は当たった瞬間に弾け、中から何かの物質が散布された。触手はみるみるうちに溶けてゆく。
次々に襲い掛かる触手の束を華麗に避け、まるでパルクールでもしているようなしなやかな体のさばきに、もはや運動神経が良いという言葉で表すことのできない芸術的な何かを感じる。
「現代のくノ一の実力、とくと見るが良いネ!」
フランがテキトーなことを言いながら次々に球を当ててゆく。くノ一というよりはスパイだろ。
このまま順調に削れるかと思ったが、そうはいかない。
「くちゅん! しまっ――」
唐突に出たくしゃみに体の反応が数瞬遅れる。
どうしてだ? フランは飛沫を全て躱していたはずだ。
なぜくしゃみが出たのか理解できないままに紫色の飛沫を浴びそうになるが、そこに一人の男が助太刀する。がっしりと腰を掴み、触手の粘液から距離を取らせる。
「油断するなよ」
「Thank you! シンザキ! ......でも何で――くちゅん!」
傑は足先を指さした。靴が溶けかかっている。
なるほど。飛沫を頭からかぶらないようにすることだけを考えていたが、地面に落ちた液体も服を溶かすのは当然のことだ。溶かされた靴から液体が染み出したのだろう。
傑はフランを抱えながら触手の攻撃を避ける。しかしチートを使っているならともかくチートを使っていない今の状態でフランを抱えながら攻撃を当てるのは厳しいのか、だんだんと追い詰められていく。
「くそっ!」
思うように体を動かせず、ついに避けきれなくなる。飛沫を吐かれそうになり、傑は反射的に目を瞑る。
「おらっ!」
俺の投げた球が触手に当たった。触手は煙を出しながら溶けていく。
「サンキュー、トシ!」
「フランは後方から球を投げてくれ! 傑は体力の持つ限り、前線で壁役をしろ! 他の人たちは無理しなくていいから出来るだけ何人かで一本の触手を相手出来るように他の人とはぐれるな!」
俺は指令を出しながら、敵におもむろに球を投げる。こんなに大きいとおもむろに投げても勝手にボールが当たる。
人海戦術と言っていたことも頷ける。
一回球をぶつけるだけでもかなり触手が溶けていく実感があるのだが、ふと銀閣寺を見てみると俺たちが途方もないことに手を出していることがありありと分かる。銀閣寺を覆い隠せるほどのその巨体、さらにその上に頭なのか何かは分からないが大きいこぶのようなものがある。おそらくあの屋根の上に鎮座するこぶの中に核があるのだろう。
......遠い。
こぶを見ていると、こぶの一か所が弾け飛んだのが見えた。何が起きたのか見渡してみるとジャコンという重たい金属音が後ろから聞こえた。転がって来たのは空薬莢......
「雨姫!?」
「ぶい」
雨姫がピースしながらスコープを覗いている。
雨姫が構えているのは砲身が極太の銃だった。まるで機関銃のように砲身に三脚を立てて地面に固定して構えている。おそらく政府があの怪物向けに開発したのだろう。
「回復速い......」
そう言われてこぶのはじけた位置を見ると、もうすでに塞がりかけていた。壊した触手も結構直りつつある。
これ......かなり異常なことなのではないか?
俺は手元のトランシーバーに向けて話しかける。
「卓男さん! 敵の回復が異常に速くないですか? これ、政府が手名付けられるレベルじゃないですよね!?」
『あー、今は実験段階で暴走状態だから回復が馬鹿みたいに早くなってるっぽいでござるよ。......くわしくは拙者も分かってないけど......』
「だめじゃん!」
トランシーバーの接続をぶつっと勢いよく切る。
結局のところ暴走させたやつが悪いじゃないか! 白勝の運命力があるにしろガバガバだろ!
俺は持っている球を八つ当たりのように投げながら憂さ晴らしをする。
「きゃっ!」
横で聞こえた悲鳴に体が反射的に動く。
時雨がジリ貧になっていた。紫色の飛沫を飛ばそうとする相手に身構えた彼女の腕を無理やり掴み、引き寄せる。
時雨の体を胸で受け止めながら球を投げ、触手を消滅させる。
「大丈夫か!?」
「いや、大丈夫じゃないかもでし――くしゅっ!」
そのくしゃみを聞いて、一瞬でも感情的になってしまった自分を恥じる。
どこに飛沫が当たってしまったのか、そう考えながら制服の前を見ると、時雨がもじもじとしながら後ろを隠しているのが見えた。
ちらりと背中を見ると、背中の服がかなり溶けている。どうやら腕を引っ張った時に前側にかかることは避けられたが背中に浴びてしまったらしい。
......この生物も意外と悪いところばかりではないかも......
「鼻の下、伸びてます、よ!」
「うっ!?」
時雨が痛烈な肘打ちを俺のみぞおちに打ち込む。
俺が痛がったのを見て少し気を遣ってくれるのが彼女らしい。肘打ちをした部分にそっといたわる様に触れた後で怒っている姿勢を示すために手を離す。
可愛い。
「まだ、覗きの件も全部気持ちが晴れたわけじゃ――くしゅっ!」
「ス、スミマセン......」
俺は平謝りするしかなかった。
触手退治はまだ続く......