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地味で面白くないなら変えてしまえばいいじゃない

 修学旅行のバスは次なる目的地へと向かおうとしていた。金閣寺に向かった時よりもバスの中は思いのほか静かだった。はしゃぎ疲れて静かになったというわけではないのはその場に居た全員が理解していた。


「次なる目的地は慈照寺。室町幕府八代将軍足利義政によって造られた建物であり、義正の死後は金閣寺と同様に寺院になった。三代将軍義満の金閣寺と対を成すという意味で呼ばれるその名は、銀閣寺。その荘厳で当時の美を全てつぎ込んだ簡素でありその荘厳な見た目はまさに――」


「地味だな」


「地味ねぇ」


「地味だぁ」


 長い溜息がそこら中から聞こえる。

 まぁ、もっともな意見だとも思う。この場所を楽しむのには高校生にはまだ早い。しかし、だからと言って侮ってはいけないのだ。


「ちょっと待て。それは美術品を楽しむために知識が必要であるように、この建物を楽しむための知識がないからそう思うだけだ。たとえるならディズニーランドに行くとき、隠れミッキーの場所を知っていた方が楽しめるようなもんだ。だから――」


「でも、そこまでの知識をつけようとも思えないんだよなぁ」


「受験期だしねぇ。他に覚えることもたくさんあるのに、わざわざ知識をつけてまで楽しもうとは思わないのよ」


「そもそも何で銀閣寺なのに銀色じゃないんだよ! 金閣寺と対にするんだったら絶対銀ピカにするだろ!?」


 バスの中がどんよりとした空気に包まれる。金閣寺は見て美しいことがすぐに分かるが銀閣寺の美しさは分かりにくい。銀色でない理由には諸説あり、ちょっと昔までは当時は財政難だったから銀拍を貼れなかったんじゃないかという説が有力だったが、今は銀拍を貼れなかったんじゃなくあえて貼らなかったという説が有力である。

 銀閣寺を金閣寺の対として作ろうとしたのにあえて貼らないというのも奇妙な話だと調べた時は思ったが、貼らないからこそ表現できる美しさもある。それは東山文化と呼ばれる文化の象徴でもあり、その文化は禅の簡素なものほど奥行きがあり、欠けたるものこそ美しいというわびさびを極限まで高めた建造物なのだ。

 俺はそれらについて調べてきた。だから楽しめる――


「ならもっと面白くしよう」


「は?」


 俺は後ろから聞こえた内容に耳を疑った。

 その声は白勝のものだった。


「金閣寺は見るだけだったからそうじゃ無くなれば良いんだよね?」


「そうじゃなくなるって、お前まさかチートで魔改造でもする気じゃないだろうな?」


「仮にそうするにしても僕らが返った後に僕が元通りになるように願えば、それは元に戻るさ。まぁ、どうなるかはこれからのお楽しみってことで!」


 白勝がにっと笑った。こういう所はまだまだ子供っぽいんだが......心配だ。

 何せこいつは改心したにしろ、真理の探究者の幹部で実質ボスみたいなやつだったんだ。その『何にでも勝利する能力』ひいては『自分の願いを叶える能力』はほとんど際限なく発動させることが出来る。真理の探究者の考え方に賛同できなかった俺は真理の探究者をつぶすために徒党を組み、辛くも真理の探究者に勝利した。

 そんな白勝が当時企んでいたのは日本の征服だった。彼の能力は範囲さえ考えなければ何でも願いを叶えることが出来るので、勝利を求め続ける性格も相まって要求はどんどん大きくなりついには日本征服になったわけである。

 ついこの前まで横暴だったチーターだ......一体何をしでかすか分からない。

 でもそう思う反面、改心した彼を信じてみたいという気もあった。もともとこの修学旅行を行うことが出来たのも彼のおかげなのだ。


「銀閣寺が遊園地や動物園になってないと良いがな」


「そんな、まさか!」


「アハハハハハ!!」


 バスは一抹の不安と期待を抱えながら目的地に着いた。

 俺たちは窓の外に見える光景に絶句した。

 そこにあったのはうごめく緑色の巨大な物体だった。それは触手のような何かを無数に持っていて、全体的に見ると植物がツルを幾重にも伸ばしているような見た目だった。そのツルの先には人間の口のようなものが付いていて、何やら紫色の飛沫のようなものを観光客めがけて飛ばしている。


「想像の斜め上じゃん......予想もしてないところから来るじゃん......」


「やばめのクリーチャーじゃないですか......」


「私のほっぺた引っ張ってみて。これ夢じゃないかどうか確認するから」


「それが言えてて夢かどうか判断しようと思う時って大体現実だぜ?」


 一同が唖然としながらバスから降りようかどうしようか迷っていると、外から観光客がバスの扉を叩いた。どうやらあれから退避してきたらしい。観光客の服はボロボロで、急いでアレから逃げてきたことが分かる。


「い、一体何があったんです!?」


 入って来た観光客に城崎先生がいち早く尋ねる。


「分かりませんよ! ただ、あの物体が突然空から降ってきて!」


「そ、空から!?」


「はい......別に何かから落とされたとか運ばれて来たという感じはなくて、あれは飛んで来たんじゃないかと......くしゅん!」


「あれ、飛ぶのか......」


 俺たちはその事実にただ呆然とするしかない。これをどうにかする手段もない以上、太刀打ちすることもできない。


「とりあえずここから離れて――」


「いやー! 混乱に陥れてしまって本当に申し訳ないでござるよ!!」


「た、卓男さん!?」


「ん? おぉ! 佐々木氏! 久方ぶりでござるね!!」


 バスに入って来た人物は思いもよらない人物だった。

 それは政府でチートもとい魔法?の研究をしている卓男さんだった。どうしてこんなところに来ているのか理解が追い付かない。


「いやー、政府の研究所で研究していた対異能者用魔術生物が逃げ出してしまったのでござるよ!」


「対異能者用魔術生物?」


 俺がその言葉に反応すると、卓男さんは咳払いをしてスラスラとその生物について語り始めた。


「対異能者用魔術生物とはその名の通り暴れ出した異能者を取り押さえるために作り出された実験段階の兵器でござるよ。いやー、実験に失敗するだけならまだしも、まさか脱走してしまうとは思わなかったでござる。直接的な暴力はしてこないのでござるが、あの生物に捕まって口から吐かれた飛沫を体に受けてしまうと......」


「受けてしまうと?」


「......くしゃみが止まらなくなってしまうでござる」


 バス内の空気が静まり返る。静まり返った中で観光客の人がくしゅんとくしゃみをした。


「......へ? くしゃみ? それだけ?」


「何を侮っているでござるか!! くしゃみというのは全身の筋肉を使ってする運動の中でもほぼ無意識的に行われる行動で、その行動を故意的に止めることが出来ず反射的に行い、なおかつ行っている間は他の行動を一時的に制限することが出来るのでござるよ!!」


 ......まぁ、なぜくしゃみが出るような設計にしたのかは理解した。要は催涙弾などと同じということだ。


「ちなみに飛沫に当たると当たった場所の服は溶けてしまうでござる。服だけ溶けるのでござるよ」


「なんでそんな機能を追加した!? そんなもの、完全に趣味じゃないか!?」


「失礼な!! 例えば異能者が宇宙服みたいな完全に防護されている服を着ていたらどうするのでござるか!! 飛沫が届かなければ相手を取り押さえることが出来なくなってしまうのでござるよ!!」


 むむむ、と唸る。確かに一理ある。どう考えてももはやギャグとしか言いようがない設定だが、そう言われると否定はできない。


「......で、対策は? もちろんあるんでしょうね」


「もちろん用意しているでござるよ! これでござる!!」


 そう言って取り出したのはガチャガチャサイズの球だった。中には何か入っているようだが......


「この中にはあの生物の組織の構成を破壊する物質が含まれているでござる。これを相手に投げつければ勝手に球が割れて中身が外にぶちまけられるでござるよ! これを何個も何個も当てればやがて相手が小さくなって確保できるはずでござる!」


「どうしてそんなものが作れるのに逃がしちゃうんだよ」


「ははは......面目ないでござる」


 卓男さんが頭をかきながら謝罪する。


「今はとにかく人手が欲しいでござる。そこら辺の警察だけじゃ数が足りないし、自衛隊が着くのにも時間がかかるし、もしかしたらあれがどこかに飛んで行ってしまうかもしれないでござる。手伝ってくれるでござるね? 解けた服は後で元に戻すことは出来るでござるから君たちみたいなとにかく体力だけ有り余っているような若者の助力が必要なのでござる。あ、ちなみに政府の権限で拒否権はないでござるよ」


 ほんとに全くこの人は......

 俺はため息を吐きながらそれに協力すると頷いた。

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