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その光景は燦然と煌めいていた

 伏見稲荷大社を一通り見て回り、適当なところに腰を下ろしたあたりで猫谷が尋ねる。


「そういえば、あなたたちはこれからどこへ行くの?」


「次に行くのは昼食を食べてからにはなるが......付いてくるのか?」


「今度はあなたたちのガイドをするつもりはないけれど。どうせやることも無いし、適当にそこらへんを回らさせてもらうわ」


 そんなにガイドしてもらった覚えもないが......

 まぁ、ここで悪態を吐いたところで何にもならないので、俺は鞄の中のノートを取り出しながら下調べした内容を口から引っ張り出した。


「正式名称を鹿苑寺(ろくおんじ)。かの足利義光が建てたのが始まりとされ、彼の遺言により死後は寺になったその建物は極楽浄土をこの世に現したとされている。特徴的なのはその見た目。金箔が前面に張り巡らされたその姿は見た人を魅了してやまない」


 もうここまで言えばチートを使わずとも俺の言いたいことが分かる。しかし、この長台詞に聞き入っているのか、はたまた最後まで言わせた方が良いと考えているのか、あえて口は挟まない。

 俺はその姿のスケッチが描かれたノートのページを開きながら言った。


「その名は通称『金閣寺』。室町幕府の栄華の象徴だ」


 猫谷は俺の広げたスケッチをまじまじと見つめていた。何かおかしいところでもあるのか、と俺は自分のノートを見つめる。


「あなた......絵はあんまりうまくないのね」


 そう言われて、俺は真顔のままゆっくりと自分の方にスケッチを向けた。このスケッチにはかなり時間をかけた。極めて自信作である。


「時雨、どう思う?」


「え! いや、その......私は良いと思いますよ! ここなんかかなり気合が入ってるじゃないですか! それにこう......独特の雰囲気があって、良いですよね! いや、芸術的だと思いますよ!」


「そうか......」


 好きという言葉は強い。なぜなら人の頭の中を覗くことが出来ない以上、その言葉を否定する方法は存在しないからだ。スケッチが芸術的ってなんだよ、とツッコミを入れたくなってしまう気持ちも頭の片隅にはあるが、その言葉を否定することは出来ない。

 時雨の気遣いが目に染みる。

 ちょっと絵の勉強もしてみようかな。


―――――――――――――――――――――――――――――


「着いたぞー!!」


 バスから降りた木原がぐんと背伸びをしながら大声で叫ぶ。

 バスの中で昼食を済ませた俺たちは、次なる目的地である金閣寺へと向かった。バスの中はあの金閣寺を生で見られるということもあり、とても沸き立っていた。

 そしてバスから降りて解放された瞬間に人目も気にせず木原が叫ぶ。いくら観光地とは言え、ここまですると目立つ。先生と俺からお叱りのチョップを食らう。


「だってよー、あの金閣だぜ? あんな金ピカな建物があるなんて信じられるか?」


「まぁ、俺も生で見たことはないが」


「だろー!?」


 なんでそんなに得意げになっているのかが分からない。というかちょっと腹が立つ。 

 まぁ、見たことが無いものを見られるということに心が沸き立たないわけがない。ここに来るまでも下調べしてきたところの実物を見て驚かされてきたが、やはり写真で見るのと実物で見るのはかなり違うものだ。


 受付を通って金閣寺に向かう。

 途中で猫谷が受付を通るのを見た。猫谷は周囲を見渡し、そこに居た原田さんに話しかける。楽しそうに話しているみたいだし大丈夫か。


「じゃあ行きましょうか」


「あぁ」


 数々の作品で描かれているあの金閣寺がどれほどのものなのか、実際に見られる時が来たというわけである。

 さて......


 目の前に広がる光景。

 厳かな庭園の中に浮かぶ湖、さらにその中で燦然と輝く金閣寺。太陽の光を反射させ煌びやかに光る姿は、さながら二つ目の太陽である。


「すごいですね! 金ぴかで!」


「あぁ」


 こんな建物を自分は見たことが無かった。

 一年前ほどにリニューアルされたこともあって、その姿は本当にキラキラとしていた。

 人間は煌びやかに光るものに惹かれるのだろうか。本能的に美しいと感じる。


「でも、昔はここまで綺麗じゃなかったらしい」


「どういうことですか?」


 俺は金閣寺を見てある一冊の小説を思い出していた。


「三島由紀夫の金閣寺っていう小説、知ってるか?」


「三島由紀夫って、あの......昔、演説をして自殺した人......で合ってますか? あんまりが自信が無いんですけど」


「あぁ、合ってるよ」


「あの人って小説家だったんですね」


 時雨は俺の言葉に相槌を打っていたが、一体何が言いたいのかはまだ分からないようだった。


「あの小説の主人公は小さなころから父親に金閣寺がどれほどすごいのかを熱弁されて育てられてきたんだ。でも実際の金閣寺を見て想像していたほど美しくなかった。そこから物語が始まるんだ。まぁ、そこからは主人公の思想とかが影響していることだから万人に言えるわけじゃないがな」


 時雨は俺の言葉を咀嚼して飲み込んでいた。


「その小説の中ではこの金閣寺が絶対的な美として描かれる。それに主人公は嫉妬したり、感銘を受けたり、恐怖したりするわけだ。金閣寺は戦争で焼け落ちたり人が焼いたりで何度か焼失しているが、それでも美しく感じられるものがそこにはあるんだろうな」


「私も、変わらずに美しいものはあると思います」


 その小説の中では自分の想像の中の金閣寺と現実とのギャップに落胆していたが、それでも大多数の人は美しいと感じるだろう。それだけの魅力がこの建物に詰まっているのだ。


「まぁ、一つ不満があるとすれば、金閣寺と言ったらこれを見るだけで、他にすることもあまりないということぐらいだな」


「それはそうかもしれませんね」


 俺も時雨も顔を見合わせてクスっと笑った。

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