意外なところで出会った
俺がお化けの正体を暴き、出てきたのはここの女将のおばあさんだった。
おばあさんは手際よく俺たちをロビーに誘導し、この騒動で驚かされた生徒や先生を集めた上で事の顛末を話した。
「つまりお化け騒動はここのサービスの一環だったと」
「わたくしどもの渾身のおもてなしどす」
おばあさんはにっこりとほほ笑んでそう言った。
俺が微妙な顔をしているのを見てもおばあさんはその笑顔を絶やさない。
結局のところお化けはチーターが関与しているわけでもなんでもなく、この旅館のサービスだった。
ロビーの電球が着いたり消えたりしたのは裏で従業員が明かりのスイッチを切り替えていたから。懐中電灯は手元のスイッチでオンオフできるわけではなくリモコンによって操作されていた。それに気が付けなかったのは暗い状態で懐中電灯を渡されてスイッチを自分から切る必要が無かったからだろう。
幽霊が空中を浮いていたのは天井から従業員が宙づりになっていたからだ。どうやら天井裏は簡単に出入りすることが出来るらしくそこから出たり入ったりしていたみたいである。思えば古典的な方法だが、これも光が着くのが一瞬なら気づくことは出来ない。
つまりはまんまとしてやられたわけである。
「で、先生はこのことを知ってたんですか」
「いや知りませんでしたよ!?」
「おや、先生はもうご存じやと思うとりました。ご予約の際におもてなしのプランとして入っていたと思うんどすけど」
「予約......ネット......プラン......あっ!」
......どうやら思い当たる節があるらしい。
その場に居た全員がため息を吐く音がした。
「ち、違うんですよ! 私はてっきり、オプションは外したものだと思っていたんです! まさかオプションが付いてくるほうが料金が安くなるなんて思いもしなかったんです!!」
先生があたふたとしている。
つまり、予約を決める際に料金が安くなるように設定したらこのオプションを追加してしまっていたのだろう。そしてそれをあまり確認せずに予約した。道理で相場より高そうな旅館が割安で取れたわけである。
でもなぜオプションをつけたのに安くなったのだろうか。
「いやぁ、若者が元気にはしゃぐ姿を見ると寿命が延びるんどすえ」
オホホホホと高笑いするおばあさんを見て、このおばあさんはただものではないと心の中で密かに思った。
「どうどす? お楽しみいただかれはりました?」
まぁ、こう言うのは癪だが、非日常感を楽しむことは出来ただろう。
傑の驚く姿が見れたことはもちろん、新浜さんの意外な姿を見ることが出来たし、何より時雨の本音も聞くことが出来た。
修学旅行の思い出の一ページになったことは間違いない。
「まぁ......はい」
「オホホホホ! それならようござんした! 夜はゆっくり眠っとくれやす!」
従業員の皆さんも楽しそうに笑いながらぺこりとこちらに一礼してその場から解散する。
俺たちを楽しませるだけでなく、楽しんでいる姿を見て自分達も楽しむ。まさにおもてなしの精神の鑑である。
さすが京都だ......
「じゃあ皆さん、明日に備えて早く寝ましょうね! 夜更かしすると後が持ちませんよ!」
先生が俺たちに部屋に戻るように促す。冷静に促しているように見えるが、有耶無耶にしようとしているのがまるわかりである。
その後、俺は明日も楽しみたいので早々と床に入った。
そしてあっという間に夜は過ぎ、次に起きた時にはもう朝になっていた。
俺は一向に起きようとしない傑と木原を揺り起こす。
「おら起きろ。もう朝の集合時間近いぞ」
むにゃむにゃと半分寝言を言いながら揺り起こす手を拒否するので、俺は布団を引っぺがし蹴り起こす。彼らが着替えているのを確認して俺は内藤と部屋を出る。
「あいつらあんなに朝弱かったか?」
「昨日は夜遅くまで木原が愚痴ってたみたいだからな。新崎はそこに付き合ってたみたいだ。付き合ってたというよりはお化けが出たから眠れなくなってたって感じではあったが。なんか恋バナもしてたみたいだったぞ。俺は興味が無かったから話には加わらなかったがな」
傑の恋バナか。木原は誰にでも可愛いとか言ってそうだけども、傑の話はあまり聞いたことがない。ラノベの話を楽しそうにしていることはよくあったが、リアルの恋愛の話についてはあまりしない。別にそういう話を避けているわけではないのだが。
ちょっと気になる気もする。
「皆さん! 朝ごはんですよ!」
ちょうど傑が入って来た時に朝食が始まった。間に合うかどうか心配だったがどうにか間に合ったらしい。
朝食はとても美味しく、さすが高めの旅館だって感じがした。
楽しんで食事していると食堂の外から若い女の子の声が聞こえた。
うちの生徒はここに全員いるはずだが......なんだか聞き覚えがある声だ。
「おばあ、朝できとるのん?」
「今は修学旅行生がおるさかい挨拶していきなはれ」
「はいはい」
あの女将さんのことをおばあと言っているということはあの女将さんの孫か何かだろうか。
ドアが開いて、声の主が入ってくる。
「今日はうちに泊まってくれておおきに。楽しんでいっとぉくれやす」
入ってきて早々そう言ってペコリと頭を下げる少女。
そして上げられた顔を見て、俺は目を見開いた。隣に居た時雨も同時に。
「猫谷!」
「......えっ」
心底嫌そうな顔をした。見たことない顔だ。
すぐにいつもの調子に戻る。
「あら佐々木君、来てたの?」
「お前......ここに住んでるのか?」
「ひみつ」
猫谷は俺に近づいて口元で指を立てると朝食を持ってどこかに行ってしまった。
「猫谷さん。こんなところに住んでたんですね」
「そうみたいだな」
「それにしても何であんな態度を宗利君に取るのでしょうか」
「あぁ。住んでるかどうかぐらい教えてくれてもいいのにな」
「いや、それもあるんですけどそうじゃないというか」
時雨がもごもごと口の中で言葉を反芻している。
それにしても猫谷がこの旅館に住んでいるなんて......いや、正確に言えば住んでいるとは言っていないのだが、ここに来て用意された朝食を持って行ったということはどう考えてもここに住んでいるだろう。
というか京都出身だったのか。京都弁を喋っているところなんて一回も見たことなかったぞ。
外に出た猫谷が女将さんと何か話しているのが聞こえた。
「あら、あの子ら愛の知り合いなの」
「......別に」
「あんたここらのことよう知っとるやろ。案内してあげなはれ」
「え?」
おばあさんがオホホホホと高笑いして遠ざかっていくのがこっちの部屋からでも分かる。
え? というか来るのか? 猫谷が?
この話だとそういうことになっているのではないか?
朝食を食べて外に出ると、嫌そうな顔をした猫谷が居た。
すぐにいつもと同じ表情になる。
「今日、あなたと一緒に着いて行くから」
「......やっぱり?」
「もちろん嫌じゃないわよね?」
にこやかな笑顔の中に有無を言わせぬ気迫があった。
どうやらややこしいことになって来たみたいだということを一人、感じていた。