お化けの正体を暴け!
薄暗い廊下。みしみしという自分と時雨の足音がやけに大きく聞こえる。おばあさんから貸し出してもらった懐中電灯を片手に俺たちはお化け捜索に出ていた。
「暗いですね」
「こんなに暗かったらお化けじゃなくてもお化けに見えてしまいそうだな」
一寸先は闇だ。どこまでも続くような廊下に正直委縮してしまっている。
そんな中、時雨は背筋をぴんと伸ばして堂々と歩いている。
「怖くないのか?」
時雨はお化けを怖がっていない。俺と旅館の一階で会った時もきちんと状況の処理をしていた。時雨がこんなにお化けとかに強いとは思わなかった。
「そりゃ、宗利君と一緒なら怖くないですよ......って言いたいですけど、ほんとは怖いです」
「やっぱり怖い?」
「でも周りで友達が怖がってる姿を見た時に、『あぁ、自分がなんとかしなくちゃな』って思って、何が出来るかって考えた時に宗利君ならどうするかなって思ったんです。宗利君がどんな気持ちだったかようやくわかったような気がします」
そうか、それで腑に落ちた。
彼女が必要以上に気丈になっていたように見えたのは誰かを守るためだったのだ。俺と同じように窮地に陥り、誰かを元気づけようとして気丈にふるまっていたのだ。
昔、襲撃してきた真理の探究者二人組を倒すために学校の屋上から飛び降りたことを思い出した。あの時、怖くなかったかと言われれば噓になる。でも誰かのためにそれしか方法が無いと分かっていたから、俺は飛び降りた。飛び降りている最中、もう怖くはなかった。覚悟はもう決めていた。時雨も度合いは違えど同じような気持ちだったということだろう。
「でも、宗利君が来たときはほんとにほっとしたんですよ。体の筋肉がどっと緩んだ感じがしました。やっぱり頼りになる人が居るっていいですね」
時雨が脇腹の辺りに指先を振れる。触れた瞬間に体がびくっとなって思わず声が漏れてしまうかと思った。
隣を見ると彼女はクスっと笑っていた。
相変わらずあざとい。だがそこも可愛いのだ。
「どういえば、あの覗きを主導してたのって宗利君ですよね?」
「え”!?」
なんで!? 完全に逃げ切ったはずだ。
時雨の脇腹に触れていた指先が二本指になって俺のお腹の皮をつまんでいる。
俺は言い訳すべきかどうか迷ったが、観念することにした。どうせ一言目にあんな驚きの声を上げてしまったらもう言い訳も嘘も付けないだろう。だったら、観念してしまうのが一番良い。
「......なんでわかったんだ?」
「そりゃ分かりますよ。あそこってボイラー室の屋根の上でしょ? 普通に覗きをするって言ったら警戒するのは壁の穴とかですけど、そこって自分達の目線と同じ高さなんですよ。逆に高いところで警戒するとなると垣根の上です。その間の中途半端な隙間を警戒するとは思えない。だからあの場所は警戒の死角になる。そこまで考えてたんですよね?」
「んー、まぁ、そうといえばそう......出来るだけ気づかれにくい場所を選んだという自負はある」
「だからそんなことを考えてまでこんな馬鹿げたことをやろうとするのは宗利君以外に居ないんです。少なくともここには」
「まるで探偵みたいだ」
俺が茶化そうとすると、時雨は二本の指で俺の脇腹の皮をぐにっとつねった。イダダダダと小声で悲鳴を上げた。
「そもそもこの考えに至ったのも宗利君ならどうするか考えたからですから。あのノートに旅館の地図が書いてあったのを思い出して、それで思いついたんですよ」
さらに強くつねる。時雨の語気が強まったのを感じ、俺はごめんごめんと平謝りを繰り返す。
しばらくして時雨が指を離した。
さらにしばらく沈黙が続いて、また印象的なみしみしという音が耳に残り始めた頃、時雨は口を開いた。
「裸、見ました?」
「......うん」
「どう、でした?」
「とてもきれいだった。天使かと見紛うかと思ったよ」
時雨は再び脇腹をつねった。俺はイダダダダと声を上げる。これは怒ったのか、はたまた照れ隠しなのか、俺は隣の顔を見る気にはなれなかった。
「私、あまりたくさんの人に裸を見られるのは好きじゃないんですよ」
「すまない。それは本当にすまない」
「もう安っぽい気持ちで裸を見せるなんてことはしたくないんです。だから次に見る時はきちんと場を整えて下さい」
俺は驚きすぎて声も出なかった。それはつまり......そういうことでは?
時雨の横顔をほんの少し、ちらっと見た。彼女は耳を燃えるように真っ赤にしていた。
その時、どこかでキャーッという悲鳴が聞こえた。
俺たちは間髪を入れずに走り出した。
悲鳴の元に向かおうとするが、四方八方から悲鳴が聞こえてくる。聞き覚えのある沢山のクラスメイトの悲鳴だ。まるで神出鬼没な何かに襲われているような感じだ。
俺たちの懐中電灯がちかちかと点滅し始め、しまいには途切れてしまう。
「どこだ!?」
俺は時雨の前に立ち、両手を広げてかばう。
心臓がばっくんばっくん言っているのが分かる。どこかに居るはずだ。俺は消えた懐中電灯を振りかざし、必死に幽霊の場所を探す。
そしてチカリと懐中電灯が灯った。
そこに居たのは白装束の髪の長い女。まるで怪談話に出てくるような絵にかいたイメージ通りの女。
そんなのが宙を浮いていた。
「「ぎゃぁぁぁぁぁ!」」
バチンと懐中電灯の明かりが消える。
俺は時雨に抱き着き、時雨も俺に涙目で抱き着いた。
待て待て待て待て! 落ち着け! 状況を整理しろ!
ダメチートは発動していない! きちんと見える! ならば次にするべきことは何だ!?
お化けかどうかを見破るのに一番いい方法、それは――
「お前は誰だぁぁぁぁぁ!!!」
俺はがむしゃらに走り、懐中電灯もない中でお化けに手を突っ込んだ。
暖かい感触。
「ぎゃあッ!?」
幽霊はこちらを振り向いた。男の声。長い黒髪がぼさりと床に落ちる。
俺はその姿を見た覚えがわずかにあった。
そう、この人はこの旅館で働いている従業員だ。
「お前は......」
次の瞬間、消えていた明かりが全て元通りになった。
「おやおや、今夜はもうバレてしまいましたか」
後ろから声が聞こえた。そこに居たのは中居のおばあちゃんだった。その姿でほほ笑んでいるのを見て、全てを悟る。
「はぁぁぁーーー」
俺は長い溜息を吐きへなへなと床に座り込んだ。