待ちに待った修学旅行がやって来た
10月末日、大きな荷物を持った高校生たちが校庭に集い、ワクワクとした気持ちを抑えきれずにざわめいていた。
校庭にバスが到着する。大型のバスがこれでもかというぐらい来て、いよいよ修学旅行という感じが増して来た。
「えー、みなさん。今日は天候にも恵まれ絶好の修学旅行日和となりました。皆さんは高校二年から今に至るまでにコロナウイルスのせいでとても不自由を強いてきました。でも君たちはそれにめげずに頑張った! 校長先生はその姿勢に感動しました! どうにかして修学旅行に連れて行ってあげたいと思って――」
校長先生の長話も今日は気にならない。耳にも入ってこないわけだが。
「楽しみですね。修学旅行」
「あぁ、実を言うと結構ワクワクしてる」
俺はバッグの中からこっそりとあるノートを取り出した。このノートにはこれから行く場所の情報が下調べしてあるのだ。
「トシがそこまでするなんて珍しいな。中学の時は全然下調べとかしてなかっただろ?」
「楽しむなら全力で、ですよね」
「そういうことだな」
中学の時に行った場所はしょぼくてそこまで興味が湧かなかったというのもあるが、高校生活を過ごして色々なことに取り組む姿勢が変わってきたというのが大きいと思う。やはり積み重ねられた成功体験は人間の考え方を変えるのだ。
「皆さん! バスに乗ってください! まずは三年一組から!」
城崎先生がバスの入り口の前でぴょんぴょん跳ねている。
俺たちは修学旅行のバスの中に乗り込んだ。
全員がバスに乗り込むと城崎先生が点呼を取ってから興奮した様子で意気揚々と話し出す。
「本当に修学旅行行けて良かったですよ! テスト受けるまで色々言われてましたからね~。こんなの無理だ~とか、城崎先生は何やってんだ~とか。勝手な行動は慎め~とか。前も言ったと思うけど、中間のテストでノルマクリアしたとき、みんなものすっごく驚いてたんだから! 校長先生なんてあんな気の良いこと言ってるけど最初は『あんな点数取れるわけないだろう。まぁ取らせる気もないがな』とか言ってたんだから!」
城崎先生の校長先生のモノマネ上手いな。
いや、校長先生そんなこと思ってたのか。あの人、何も考えてないように見えるけど、そんな腹黒いことを考えていたとは......人を見る目には自信がある方だが、そんな腹黒さは見抜けなかったぞ?
まぁ、それだけの奇跡を起こしたということか。
「いやー、それにしても先生感激です! こんなクラスを持てて先生は鼻が高いですよ!」
「先生......バス発車できないので、座ってもらっても構いませんか」
「あぁ~! すみません、ごめんなさい!!」
バスの運転手さんに注意されてペコペコ平謝りしている。顔を真っ赤にしているところが先生らしい。
「そういえばあのノート、どんなことが書かれてあるんですか?」
「見るか?」
そう言いながら俺は鞄からノートを取り出した。表紙には『徹底攻略、神社仏閣!』という題名が。
そう! ここにはこれから向かう神社仏閣のあらゆる情報がまとめられているのだ!
これから向かう京都、奈良の神社仏閣の情報である!
時雨はノートを手に取り、開いてすぐにその文字の量に驚いた。
「よく忙しい中でこれだけの情報を集められましたね」
「フッフッフッ......こういう寺とかを回る時には知識量が物を言うのだよ。細かな豆知識を知っていることによって楽しみ方がかなり違ってくる。城崎先生が案内をするそうだが、俺はその数倍の知識量を蓄えてきた自信があるね」
「すごいですね......」
そこには基本的な建築方式、建立の理由、それまでの歴史の流れ、ちょっとした豆知識とお楽しみポイントまで書かれている。はっきり言って完璧だ。下手な修学旅行のしおりなんかめじゃないぐらいの情報がこの中には詰まっている。
時雨がぼけーっとした顔でそのノートを見つめているので、俺は何か分からないことがあるのかとそのノートを覗き込む。
「どうした?」
「いや、すごいなー、と思って。私も下調べした方が楽しいかもしれないとは思っていたんですが、まさかここまでやってくる人が居るんだな、と」
時雨は感心した様子でそう言った。
「時雨は興味ないのか? こういうの」
「いや、別に無いわけではないですよ! 私も将来は神主になってうちの神社を継ぐわけですし、昔に建てられたものに興味がないわけではないんです。神社に祭られてる神様とかなら結構分かるつもりなんですけどね。寺ってその寺によって何が祭られてるとかが大きく変わる感じもしないし、なんか自分の興味とはちょっと違うかなって......」
「こういうのは調べれば面白くなってくるもんだからなぁ。勉強だってそんなもんだし」
色々なことを調べていると、共通点のようなものが見えてくる。寺を建てられるときは、大体戦いが起こっていたり疫病が流行っていたり。もしも現在の世で信仰心が高かったなら、今コロナが流行っているので大きな仏像の一つや二つ立てられてもおかしくないだろうなぁ、と思ったりもする。
調べないと面白くならないのは当然のことかもしれない。
「まぁ、俺が解説するから。期待しといてよ」
「わかりました、期待――」
時雨がこっちを見て少し驚いた顔をした。
何か顔についているのかと思ったが、そうではない。俺が近くからノートを覗き込んでいたから距離がかなり近かったのだ。
少し見つめ合って頬を紅潮させる。だが目線は逸らさない。逸らせない。
「おいおい、お二人さん熱いんじゃないか!?」
横から木原の声が聞こえた。そのあと木原のぐえっという嗚咽が聞こえる。座席から放たれた新浜さんのローキックがクリティカルに入ったらしい。
俺たちは慌てて離れて目を逸らした。あっちから新浜さんのため息が聞こえてくる。
修学旅行で気分が高揚している。いつもならできないことももしかしたらしてしまうかもしれない。
気分が高ぶっている今なら。
「まぁ、結局何も起こらないってオチだろうけどな」
「どうでしょう」
「え?」
時雨がぼそりと呟いたのが聞こえた。
時雨はこちらを見ずに車窓から外の景色を見ている。わざと目を逸らして。
......もしかしたら何か起こってしまうのか?
そんなことを思っているうちにバスはどんどん目的地に近づいていく。