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秋の風と呼ぶにはまだ暑い

 時が流れるのは早いもので、気が付けばもう十月。あまり秋になった感じがしないのは、真昼の暑さが残暑並みだからだろう。ここまで熱いと本当に地球温暖化が進行しているのかもしれないと思ってしまうが、地球温暖化は去年よりも劇的に暑くなるとかそういう話ではない。単に例年よりも暑さが長引いているだけなのだろう。

 時の流れが早く感じる理由にはもう一つあった。それは受験が近づいてきているからだ。白勝への対策に勤しんでいたため少し疎かになっていた受験勉強の遅れを取り戻すために昼夜問わず勉強をしていると、一日があっという間に過ぎていくのである。


 そう。チーターの歴史に刻まれることになるだろう八月決戦。あれからもう二か月が経ったのである。


「おはようございます! 宗利君!」


「あぁ、おはよう、時雨。今日も早いね」


 示し合わせたかのように同時に校門に着くのも、3年間続けていると何の違和感も感じなくなる。

 特に話すこともなく、教室までの道のりを歩き、空っぽの教室の中でお互いの席に着き、互いに同じ参考書を開いたところで時計を確認し目くばせする。

 そして同時に口を開いた。


「スタート!」


 早朝の鳥のざわめきがピタリと止まり、世界がピタリと静まり返る。時計はピタリと秒針を止めた。

 止まった時の中で自分たちは同じ参考書の同じ問題を無言で解いていた。

 そして15分が過ぎ時計がまた動き始めて、そこからさらに15分。ちらほらと人が教室に来はじめた頃、二人で同時にペンを置いた。


「終了!」


 答案用紙を突き合わせて間違いを確認する。俺は二問ミス、時雨は三問ミス。つまりは俺の勝ちである。俺はこれ見よがしにガッツポーズを決めた。


「ホント、理系科目だけは得意ですよね! 私の方が絶対努力してると思うんだけどなぁ」


「まぁ、俺はてェんさいだからな! 数学で時雨に負けることはないね」


「そう言いながら2年の冬とか散々だったじゃないですか! あの時の姿を見せてあげたいですよ」


「それでもすぐに挽回できてるんだからやっぱりこう、素質?才能?の違いを感じるよな」


「英語の才能は無いくせに」


「それこそ努力でどうにかしようとしてるだろ! 最近はリスニングも少しずつ出来るようになってきたし!」


 時雨は俺の煽りに煽り返す。そんな軽口を叩きながらも数学の間違えたところの復習を行っているのは、俺たちらしいと言えるだろう。


「今日も朝からいちゃいちゃしやがって、成績落ちるぞ」


「残念だったな木原。成績は右肩上がりなんだ。お前も互いに競い合える人を見つけることだな」


 これが時雨と俺の朝の日課だ。

 二人で同じ参考書の同じ問題を解く。時間がもったいないので、最初の十五分は時間停止を使い、その時間も含めて問題に定められた制限時間で解く。そして答えを照らし合わせてゆく。愚痴や相手に対する皮肉をぶつけ合うことにより、相手を上回ろうという気持ちを掻き立てモチベーションを底上げするというのが目的である。

 これを毎日行うようになってから俺たちの成績はぐんと上昇した。偏差値が大体固まってしまう今の時期になってもジリジリ偏差値が上がり続けるという驚くべき成長を見せているのだ。

 木原はそんな俺たちを見てげっそりしたような顔をしていた。


「仮に彼女が出来たとしてもそんなに競い合うような接し方はできないだろ......もっと気を遣ったりとか普通するじゃん......ちょっと前まで恋人になりきれない感じだったのに、一足飛びにお前らの信頼感が夫婦レベルになっててこっちが混乱するわ」


「正確に言うなら付き合う前から信頼感は夫婦レベルだったけど、付き合ってないという事実が邪魔をしていた感じだったわね。さっさと付き合った方が良かったんじゃないかしら」


 新浜さんが木原の後ろから口をはさむ。確かにそうだと俺は納得する。なぜ告白しなかったのか、今では良く分からない。


「まぁ、これだけ仲良くなれたのも真理の探究者のおかげと言うか、能力のおかげと言うか。何が功を奏すか分からないものね」


「全部何事もなく終わったからそう言ってられるんだけどな」


 今だから言えることだが、真理の探究者の襲撃が俺たちの仲を深めるために一役買ったことは事実である。吊り橋効果やらなんやかんやで俺たちの仲は深まっていったことをふまえると、彼らの存在が無ければ仲良くはなれても今のような夫婦みたいな信頼感を得ることはなかっただろう。


「おや、噂をすれば」


 教室の後ろから一人の女子が入って来た。腰まである長い髪を下して、長めの前髪を黒い髪留めで止めたその姿は少し前の姿とはとても似ても似つかない。名残があるとすればひどい猫背ぐらいだろうか。


「おはよう、城崎さん」


「おは、よう」


 呪い女と呼ばれていた彼女は今では城崎という名前に変わり、このクラスに登校していた。政府の謎の力で城崎先生の養子になった彼女は、これまた政府の謎の力によって年齢が違うにも拘わらずこの学校のこのクラスに転校してきていた。

 そこに至るまでには色々と事情があるのだが、まず一つには城崎先生の目の届くところに置いておきたかったということ、もう一つには学生生活を改めて体験させてあげたかったというのがあるらしい。彼女の事情はこのクラスの全員が知るところとなっているので、あまりクラスの中で浮くこともなく、女子たちが強引にコミュニティの中に入れたことによって今ではそこそこ話すようになってきていた。


「そういえば城崎さんって能力変えられて無いんだよね?」


「あぁ。実際に手を下したことはなかったらしいから処罰の対象にはならなかったらしい。それに本人が改心しようとしていることも大きいそうだ」


 法律や何かしらで定められているわけではないということもあり、政府の対応はかなり柔軟なものだった。等しく罪で罰するというより情状酌量の余地をふんだんに含んだものだった。

 それはぐーさんや卓男さんの考えというのもあるのだが、多分この少年がそうさせたかったというのが大きいのだろうと思う。


「おはよう。佐々木。良い朝だね」


「あぁ、おはよう」


 少年が教室の後ろの席に着席すると同時にチャイムが鳴った。自分達より幾分年齢の離れたその少年は、俺たちと一緒に悠々と朝のホームルームが始まるのを待っている。

 その少年はこの二か月の間に海外に行ってその能力をふんだんに駆使して、普通なら絶対に(多分制度的にも)成し得ない飛び級をして俺たちと一緒のクラスで授業を受けている。

 少年の名前は白勝。『どんなことでも思い通りにする能力』を持つ少年だ。


「色々ややこしいことになったなぁ......」


 俺はそんなことを思いながらため息を吐いた。

 ついに十月まで追いつきました。いやー、長い八月でしたね。

 次回からはまた新しい話になると思います。

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