今、ラスボスとの戦いが始まろうとしていた
地面に寝そべってぐーすか寝ている傑達を見ながら俺は頭を切り替える。
「さて、次で最後か」
もうそろそろあいつと向き合わなければいけない。
モニターの画面の中で能力によって持ってきた椅子に座り、本を読みながら退屈そうにあくびをしている少年、白勝。
「ここまで何も干渉されなかったのには驚いたが、逆に末恐ろしいな」
「......何か困りごとがあるんですか?」
指で腹のあたりをつつかれて振り向くと、そこにはあかりに手を握られたサチが居た。サチは不安そうな目で俺を見つめている。
この戦いが始ってすぐに俺は白勝に敗北を教えてやると豪語した。それを聞いた白勝はその場を整えるためにあえて何も手を出さないようにしている。
この期に及んで何も手を出さなかったのは、彼がそれでも勝てると信じきっているからなのか、それとも彼の能力の必ず勝利できる範疇からまだ抜け出せていないからなのか。
後者だとかなりきつい戦いになるだろう。
「どちらにせよ勝ってもらわなきゃ困るよ。もう私たちに真理の探究者に戻るって選択肢は残されてないんだから」
そう言ってあかりはサチの手をぎゅっと掴む。サチもその手を握り返している。
「分かってる。勝てる可能性はある。それも結構高い確率でな」
「......でさ、その方法、私たちには聞かされてないんだけど。ほんとに大丈夫なんだよね?」
あかりが疑いの目を向けてくる。言葉には出していないがここに居る他の幹部や、政府の関係者も俺に疑いの目を向けていた。無理もない。俺は彼らに作戦の概要を説明できていないのだ。
「お前たちには話せてないだけだ。何しろ、ギリギリまで考えていたからな。この方法だけは作戦会議でも話せてなかったし、話せたのは黒狼団のメンバーだけだ」
「ほんとに大丈夫なの? 準備、後手後手に回ってない?」
「大丈夫。どうしてここに時雨や他の黒狼団のメンバーが居ないのか。それは準備してもらっているからだ」
俺は通信機器に向かって話しかける。
「これより、最終作戦に移行する! 皆、準備は出来ているか?」
通信機器の向こうから各々の返事が聞こえてくる。
その中で、一人だけ変な声が聞こえた。悲鳴にも似た声だった。誰の通信機器か確認する。それはオルクス=ルシフェノン
もしや何かトラブルがあったのでは?
俺は全体の前で作戦を指揮する立場であることもあり、自信に満ちた物言いをしなければならない。この作戦も基本的には成功すると思ってやっているつもりだ。そうしなければ人はついて来ないだろう。しかし何かトラブルが起きないという確証はない。そしてそれは白勝との戦いにおいて致命的な穴になりかねない。
俺は全身から冷や汗を垂らす。
俺の様子を見てみんなが目をギョッと丸くしたのが分かった。
平静を装う。
「どどどどどど、どうした!?」
「お、落ち着いて下さい!」
......平静を装うことは出来なかった。サチが震える俺の手を震える手で握りながらなだめようとしてくれている。
あかりがしっかりしなさいよ、と呆れ顔でツッコミを入れた。
オルクスの通信機器の向こう側から雑音混じりに何か聞こえてくる。
「な、なんだ貴様らは! 政府の犬か!? 何? ジャパニーズ? そうだ、俺は日本人だぞ! コスチューム? なんだ貴様ら、この服装がコスプレだとでも言いたいのか? 良いだろう、教えてやる。この服は魔王十三番目の堕とし子に生まれた我に授けられし、特別な衣で高度な術式と呪力が籠もって......やめろ! うわ! 離せ! 離してください! 分かりました! コスプレです! costume play! OK!? ソーリー、ソーリー! アッシェンテ! ......で、貴公よ。こちらの準備は万端だぞ」
「なんだただの人選ミスか......」
俺はほっと胸をなでおろす。これで上手く行かなかったらどうしようかと思った。
特にオルクスは今回の作戦の要なのだ。もしもこちらの意に介さないトラブルが発生していたら困る。これはまだ想定内。大丈夫。マシな方で――
「ねぇ。あの人、今どこにいるの? なんか、英語聞こえたんだけど」
「あぁ、オルクスには今イギリスに行ってもらってる」
「なるほどね、イギリス。だから英語が......イギリス!? え? どうして!? 厄介払いか何かなの? いくら中二病で接しにくくてかなりクセがあってあんまり好みじゃないからって、さすがにイギリスまで飛ばすことはなかったんじゃないの!?」
「君があいつのことをどう思っているか何となくわかった気がするよ」
あかりはとても混乱した様子でそうまくし立てて話す。
無論そんな理由ではない。
俺が彼にこの仕事を頼んだのは、なんだかんだ言ってオルクスとは古い付き合いだし、あんな物言いだけど律儀なところもあるし、面倒ごとを頼みやすくて他に彼の最適な居場所が見当たらなかったから......ってこれ、あんまり良いこと言ってないんじゃないか?
とにかく彼はこの作戦の要だ。彼が居ないとこの作戦はあまり成功確率の高い作戦ではなくなってしまう。
「そもそも、どうやって勝とうとしているの? 相手は無敵の白勝よ。正直、自分は全く勝てる気がしないけど」
「どんな相手にだって弱点はある。彼の場合、それは自分の能力について何も知らなさすぎるということだ」
「だって知らなくても勝てるし」
「そう。白勝はこれまで勝ちたいという意思だけでそれを成し遂げることが出来た。そこに至るまでの仮定や理論や作戦なんてお構いなしで。俺は彼の能力についてこの世の誰よりも知っているつもりだ。彼自身よりもはるかに多くのことを知っている。それが今回の勝ち目を分けるんだ」
あかりが怪訝そうな目でこちらを見る。
結局大事なことは何も話していないではないか、とそんな感じの目だ。
「じゃあ行ってくる。そこのモニターで見ていれば、じきに俺が何を言っていたのかについても分かるはずだ」
あかりがふんと鼻で笑ったのを聞きながら俺は転送された。
鼓動が早くなるのを感じた。
相手は一度負けた相手だ。
でもあの時とは何もかもが違う。ユウさんが俺に言ってくれたみたいに、あの時とは違う俺なら運命だって簡単に覆すことが出来るはずなんだ。
「遅いよ」
「待たせたようだな。すまない」
「いいさ。敗北の味を味合わせてくれるんだろう? 僕に」
「約束しよう」
今、真理の探究者の行方を巡って最後の戦いが始まった。