彼が最強だ
まるで恒星。
太陽にも匹敵するような輝き。
灼熱が巨大な球の中でぐるぐると煮えたぎっている。
熱を限りなく閉じ込めているそれは、今この地球上で最も危険なものと言われても信じられる。
「あんなものぶつかったら......いくら何でも死ぬんじゃないの? それにこのフィールドには他の能力者もわんさかいるわけで、仮に傑やぐーさんが生き残ったとしても他は耐えられない......一体、どうするつもりなの?」
あかりが焦燥感をたぎらせて責め立てるように俺に言った。
俺はその球体を見て、この状況を鑑みて、最後に傑の目をモニター越しに見て、言った。
「大丈夫だ、傑なら。あいつは上手くやる」
「どうしてそこまで言い切れるわけ?」
「作戦会議をした時のこと覚えてるか? あいつはガンザンと戦いたいと言ったんだ。あいつの性格や能力を聞いてそう言った。俺は君とサチの方が適任だと思ったから、それが失敗したときの二の矢として傑に頼むことにした」
「そうだね。それが何?」
「あいつにはあいつの考えがあるんだ。それをガンザンに伝えたかったんだろう。そしてそれが出来るのは自分しかないと確信してる。確信できる何かがあるんだ。だから俺はそれを信じる」
説明になっていないと思う。
だけど、俺は仲間をもっと信じてみようと決めたんだ。
俺一人で出来ることには限界があるから、意思を尊重しようと思ったんだ。
それに傑の目は死んでない。
「どうしてそこまで信じられるの? 長い付き合いなのは知ってるけど」
「俺と傑はなんだかんだ言って運命共同体だからな」
「......呆れた。まぁ、それを信じてみることにするよ」
あかりはため息を吐きながらドローンに映された映像を見る。
「食らえぇ!!!!」
じりじりと恒星が近づいてくる。
ゆっくりと近づいてくるだけなので逃げることは出来るかもしれない。ガンザンもそれを望んでいるのかもしれない。ガンザンもこれがぶつかればフィールドに居るほとんどの人間が死んでしまうのは分かっているだろう。ガンザンが手段を選ばない人間だということは対戦してみて知っているが、それは自分の力を誇示するためであって虐殺するためではない。このスピードがそんな躊躇いの表れなのだということに彼自身は気が付いていないだろう。
「どうする? 俺がやろうか?」
「ぐーさんには出来るんでしょうけど......俺にやらせて下さい」
「......分かった」
そんな声が小声で聞こえた。
「ぐーさんには出来るってどういうこと?」
「あぁ、実は言っていなかったが、今回の作戦でぐーさんには傑の手助けをするように言ってあるんだ。ぐーさんの能力を用いれば相手の能力の書き換えもできたんだが、それだとガンザンのためにもならないし、考え方も変わらない」
「あんた......敵のことまで考えるとか正気なの?」
「これは傑が言ったことだ。俺は最初サチの方が適任だと思っていたしな」
あかりは俺の言っていることが理解できないという風にむすっと頬を膨らませる。
「どうしてそこまで相手のことを考えられるのかしら。死に際に立たされたら、普通相手を殺してでも生き延びようとするでしょ。ずいぶん余裕があるみたい」
「傑がガンザンを気にする気持ちも分かる。あいつらは似た物同志なんだよ」
その言葉を聞いてもむすっとしたままの顔だったが、もう何も反論しなかった。
傑が構えながら見据えたのは天球ではなかった。
傑がその瞳で捉えていたのはガンザンだった。
天球を意にも介さない態度にガンザンの中で理性が切れる。
「死ねクソ野――――!!!!」
「歯ぁ食いしばれぇ!!!!」
ガンザンはその姿に気が付かなかった。超音速で接近するその巨体に。
口の動きから遅れて聞こえた傑の叫びを聞いた時、ガンザンは空中に放り投げられていた。
足の筋肉がビキビキと隆起する。
筋肉が収縮から解放されて、傑の体がロケットのように空中に射出。空中に浮かび上がったガンザンの首元にラリアットを極める。
「がァッ!?」
勢いはとどまるところを知らなかった。ラリアットを食らったガンザンが次に感じたのは首が絞まるような痛みだった。息が出来ない。傑がラリアットをした状態から腕を曲げ、首を挟み込んだのである。
まるで首吊りのようだった。地上から来た傑に空中でその勢いのまま首を絞められ、首だけで全体重を支える。それは急激に重力が大きくなったようにも感じられ、全身の血液が足元に押しとどめられているのを感じた。
そしてその勢いの先に何があるのか気づくのに、そう時間はかからなかった。
「や、やめろぉぉぉ!!!!!!」
その勢いの先にあるのは天球。
恒星もかくやと思われる熱を内包した浮かぶ核融合炉。
「離せッ! お前も死ぬんだぞッ!!」
それでも彼は離さない。
勢いはもう誰にも止められなかった。
ガンザンはその膜の中に入る瞬間に自分を光の膜で覆う。
それでも膨大なエネルギーを内包する光の膜をぶち破った瞬間、全身を溶かすような熱波が襲い掛かる。
「うがァッ!?」
感じたことのないほどの熱が表面の膜を溶かしていく。思わず嗚咽が漏れる。
傑は悲鳴一つあげない。全身が焼き切れるような痛みを感じているはずなのに、悲鳴や嗚咽を漏らさない。
熱さで肺の中の酸素すら自然発火する。
もう声すらも上げることが出来ない。皮膚が焼けただれ、体中が赤く染まり、意識が痛みでギリギリ保てているような状態になってしまう。
死ぬ寸前に追い込まれた時、傑が絞めていた首を離し、背中に蹴りを入れた。
爆速の蹴りは地獄のような痛みを与えた。しかし、気が付くとガンザンは天球から追い出されていた。
「あ......あぁ......」
口をパクパクとさせる。
酸素が入ってきて、意識がかろうじて戻ってくる。
生きたいという意思だけで自分の体を再構成して治す中、彼に生かされたのだという思いだけが頭の中に浮かび上がってくる。
そしてまだ彼があの天球の中に居ることに気が付く。
「嘘だろ......?」
自分が音を上げたあの中にずっといられるはずがない。そこに居る意味が分からない。
そう思いながら天球を見つめていて気が付く。
「遠ざかってる......」
天球がこの場所から遠ざかっているのである。
そしてその遠ざかった原因に思い当たる節があった。
「まさかあのラリアットでぶつかった衝撃で? 嘘......嘘だろう? ありえない」
笑いさえこみあげてくる。
もはや悔しさのようなものはどこにもなかった。そんなことが出来る人間なら自分が負けて当然だと思えた。
しばらくして天球内で彼が落ちながら出てくるのが見えた。
構えている。
まるで機を伺うように。
そして膜から出てきた瞬間、蹴りを天球に叩きいれた。見たこともないような威力の蹴りだった。地上に居るガンザンにさえも振動が伝わってくるような蹴りだった。
膜が粉々に破壊されて、大爆発が引き起こされた。
もしも地上で破裂したら町一つ消えてしまうような爆発だった。
彼は反動で吹き飛ばされるも、空中で姿勢を制御し、ガンザンの隣に着地する。床に下半身がめり込みながらも彼は微動だにしていなかった。
ガンザンは倒れたまま言った。
「お前......肉体強化じゃなかったのかよ」
「肉体強化だけど?」
「肉体強化で核融合の熱に耐えたってか? そんな肉体強化があってたまるかっての」
ガンザンは笑った。
自分よりも強い人間がこの世に居ることを知って、自分にまとわりついていた万能感が一気に消え去ったようだった。
「お前が最強だよ」
「いや、違うよ」
今ではその言葉にすら腹が立たない。
自分より強いこの男がそう言っているのだから多分そうなのだろうと納得してしまう。
「一番強いのは腕っぷしが強いやつじゃない。考えて勝てる人間だ。たとえトシが強い力を持っていなくてもトシはやっぱり俺の中での一番なんだよ」
彼はそれだけ言うと地面に体を投げ出した。
「さすがに疲れた」
「あぁ、俺も疲れたな」
そのまま二人は吸い込まれるように睡魔に意識を奪われた。
とても心地の良い眠りだった。
ガンザン編もこれにて終了!
残すは最難関だけです。