これを頂上決戦と呼ぶのだろう
目の前には二人の怪物が居た。
一人は全てに勝利する少年。勝利という名の無敵の鎧と剣をまとい、ノーガードで歩く小さな無敗。もう一人は強さの化身。戦う手段と鍛え上げられた肉体を片手に、己に宿した魔法を片手に、攻防非の打ち所のない力を身に着けた巨人。
もしこの場所で二人が出会わなければ、どちらも最強になり得たであろう存在。どちらも無類の矛を持ち、どちらも無類の盾を持つ。ゆえにどちらも最強であることはあり得ない。
俺の目には両者どちらが勝ってもおかしくないように見えた。ただどちらに勝ってほしいかと言われると、ぐーさんに勝ってほしいと思う。
もしもここでぐーさんが白勝に勝てば、真理の探究者のメンバー全員を一斉摘発することが現実的なものになるだろう。一斉摘発が出来るのであれば、俺はこの場で相手側に寝返り全員を警察に売り渡すという手段もアリだと思っている。なるべく被害を抑えるのであればそれは良い手段なのかもしれない。
「お前の横暴もここで終わりだ。終わらせてやる」
「まぁ別になんと言おうと勝手にしてってかんじだけど、僕は負けないよ?」
白勝が勝ったら......この戦いは泥沼になるだろう。相手が撤退してくれるのが一番良いが、二度も同じような撤退を繰り返すのはきっと本意でないに違いない。できるだけ成果を残そうとして両者ともに甚大な被害を出すことになるだろう。俺がここに来る前にあったという戦いのように。
しかし、俺は見ていることしかできない。彼らの間に割って入ることが出来るほどの力を俺は持たないのだ。
ぐーさんが構えを取った。ボクシングに近い構えだがそれにしては腰の位置が低い気がする。どっしりと構えつつ、相手の隙を伺うようににじり寄る。
対する白勝は無表情でただ視線を向けていた。そこには何をされても問題ないという意思が見て取れた。
そして――
ぐーさんが消えた。
一瞬だった。若干、足を踏み込んだと同時に彼の体は土煙となって消えた。正確に言うと消えたかのように見えたのだ。残像すら残さず、地面を蹴ってまるで瞬間移動のように動いたのだ。以前も同じような移動を見たから理解できただけで、もしも初見なら完全に消えたと思っただろう。
消えた瞬間に俺は迷わず白勝の方を見た。すると案の定そこにはぐーさんが居た。跳んでいる。空中で姿勢を制御しながら方向転換する。白勝の死角。消えたぐーさんに白勝は若干眉を寄せた。しかしリアクションは取らせない。
そして頭上から蹴りを叩きこむ。
触れた!
いつもなら触れられないが今回は触れられる! 触れた瞬間に雷が落ちたような衝撃と爆音が空間を支配した。蹴りは白勝の肩に当たり、彼の体を地面にたたきつける。しかし白勝の体勢は変わっていなかった。代わりに地面が衝撃によってめり込んだ。めり込んだ地面の上に変わらない姿勢のまま立っている。
「おかしいな......僕が触れられた?」
白勝は自分の体に起きた異変に気が付いていなかった。自分が何が出来るのか考えたこともないような少年だ。はっきりと自分の能力の範囲について理解していないのも仕方がないが、自分の力が弱まっていることにも気が付いていないというのははっきり言って自覚が足らないと言わざるを得ないだろう。
これは......好都合だ。
「もう一発!」
空中で身を翻し、今度は頭に蹴りを入れる。蹴りは頭に触れ、白勝はそのままの体勢を維持して横にスライドするように動いた。依然としてダメージは入らないがきちんと当たっている。白勝はその蹴りに当たらないように瞬間移動していないし、ぐーさんは触れた瞬間に吹っ飛ばされても居ない。
「僕の能力が弱まってる? 『何にでも勝利する能力』が?」
ぐーさんは手を伸ばす。
そこにはどろりとした黒い液体がにじみ出てきていた。それの正体を俺は知っている。それはぐーさんの魔法である『相手の能力を改変する魔法』である。まだ実際に行われているところを見たことはないが、黒い液体が触れると相手の能力を変えることが出来るらしい。
黒い液体が白勝の眼前に迫る。
「それはあり得ない。あり得ないよ」
白勝が真顔でそう言ったのがかすかに聞こえた。
そして、一陣の風が吹いた。感覚が異常に鋭くなり、周りの景色が全てスローモーションに見えた。
気が付くと黒い液体とぐーさんは白勝の体に弾かれていた。黒い液体が手からぐーさんの体に降りかかるように飛び散った。
「くっ......!?」
何が起こったのかその場の誰も理解できなかった。
「僕の能力は何の影響も受けない。だって何よりも優れている能力だから」
その言葉が俺をこの状況の理解に導いた。
「もしかして......勝利する能力でこのフィールドの効果を上書きしたのか?」
「どういうことか分かるように説明して」
「このフィールドにはチートを五分の一程度にする効果が付与されている。白勝はその効果に勝利しようとした。だからチートが発動してフィールドの効果を打ち消した」
俺に質問したあかりは分かったのか分からないのか微妙な顔でこくりと頷いた。
直後に腕を振った白勝に弾き飛ばされたぐーさんがこちらの方向に飛んでくる。彼は空中で姿勢制御をして足で地面を掴み、床を破壊しながら勢いを弱めて止まった。
「それは違うな」
ぐーさんは額の汗を拭いながら言った。
俺はあの状況で俺の言葉を聞いていたぐーさんの状況把握力に感心しながら彼の言葉に耳を傾ける。
「このフィールドにかけられた魔法はまだ消えていない。つまりあいつはフィールドの魔法を上書きしたわけじゃない」
「でもこの状況は白勝がフィールドの効果に打ち勝ったってことでしょう?」
「さぁな。ただ一つ言えることがあるとするなら、あいつはこの状況でも俺に打ち勝つポテンシャルがあるってことぐらいだ」
ぐーさんは冷静に今の状況を分析しながら構えなおした。
改めてこの人は最強だと思い知らされる。この人から感じられる場数の違い。言葉で語らずとも歴戦の猛者であることが見て取れる。
「さぁ、どうする? 早くどちらに着くか決めないと、俺はお前も相手にすることになるぞ」
ごくりと息を呑む。
果たして俺はこの目の前に居る人を相手にできるのだろうか。
そして気づく。
この場所に俺の真の仲間はただ一人しか居ない。目の前に居るぐーさんですら仲間ではないことに改めて気が付く。
俺が答えを決めあぐねていると、はるか遠くで何かが壊れるような音が響いた。
ぐーさんはそちらの方を見てチッと舌打ちをする。
「言ってる間にお仲間はとんでもないことをし始めたみたいだぞ?」
俺は手元の携帯端末を慌てて覗き、そして驚愕した。
そこにはこれまでに見たこともない数の能力者反応が現れていた。