和解は通じない
男は不敵に笑い、強引に壁を破壊して四肢を固い岩から取り出した。
「良いねぇ。こういうのが良いんだよ。単純な力の攻めぎ合いだ。行きつく先には最も分かりやすい決着が待ってる。考える必要なんてねぇ。それが喧嘩ってモンだろ?」
俺はその言葉を聞きながらも、相手を説得する。
「今やってみて分かった通り、俺と自衛隊員の力とお前の力は五分五分だ。このままやっても決着はつかないし、時間がかかるだけだ。だったら俺たちの相手をするよりも、もっと他にやるべきことがあるんじゃないのか?」
その言葉を聞いて大男が冷徹な視線をこちらに向ける。
「それはマジで言ってんのか?」
「あぁ。ここで一番正しい選択は戦闘をやめることだ。そうすれば誰も傷つかずこの戦いを終わらせる道に一歩近づく。争えば争うほど多くの犠牲者が生まれ、相手側だけじゃなくこちら側にも大きな被害が出てしまう」
「だからどうした」
大男はまじめな口調でそう言い切った。
「俺が今やるべきことは敵をブッ殺すことだ。お前もソイツもブッ殺す。目の前に居る奴は全員殺す。それが俺のやることだ。誰が何人死のうが関係ねぇし、全員死ねば俺の勝ちだ。勝利は常に暴力の先にある。勝つまで勝てば勝ちなんだよ」
男は首を回し、指を鳴らし、冷酷な目つきで攻撃の構えをする。
予想できていた答えだった。この男には周りの人間が傷つくことどころか、自分の手で人を殺すことに何のためらいもない。正直こんな男は刑務所に入らせるのが一番だと思うのだが、それは今ではない。とにかく、この男には倫理観やモラルが欠如している。自分の力でどんなことでも思うようになったチーターの典型例だ。
こんな男に和解なんて提示するんじゃなかった。
「それに俺とお前らが引き分け? 何言ってんだお前」
拳が握られる。その瞬間に背筋に悪寒が走った。すぐさま盾を作り出し自衛隊員との間に入る。
まだだいぶ距離がある。
そう思った瞬間だった。
「――俺は本気を出してねぇ」
瞬きして目を開けるときにはすでにその巨体は一寸先にあった。
人間ならざる速さでぶつけられた拳はこれまでとは比較にならない重さで、ソニックブームを起こしながら俺は壁にぶつかる。咄嗟に背中側に盾を作ったが、もしもそれが無ければ粉微塵になっていただろう。
速すぎる。
おそらく全身をエネルギーで包み込んでいるのだろう。そして足を出す瞬間にエネルギーを足に集中させ、一気に放出。人ならざる速さで直線に移動したということだろう。普通なら体が壊れてしまうだろうが、それもエネルギーで補強しているのかもしれない。
なんという応用力。戦うためだけに生まれてきたようなチーターだ。化け物じみている。
間髪入れずに兵士に向けて手からビームを出そうとするので俺はかろうじてマップの端末に指先を触れ、間一髪盾でビームを受け流した。これまでよりも威力が強くなっているので受け流すだけとはいかずまたも吹き飛ばされた。
「兵士さんはできるだけ相手の後ろに回り込むようにしてください! もはや攻撃は人間が受け流せるレベルじゃありません!」
「言われなくても分かってる!」
兵士はできるだけ相手の死角に回るように機敏に動く。直線でしか勢いが付けられない男を相手にするのならこれが一番得策であった。
そしてこの方法にはもう一つの戦略が隠されていた。
相手の攻撃はどんどん鋭くなりふり構わないものになってゆく。大振りで兵士の顎を殴ろうとして壁に拳を突っ込ませ壁を破壊する。足を踏み込んだ瞬間に床が大きくひび割れる。四方八方にビームは飛び、壁や天井をボロボロに壊した。
「ちょこまか動きやがって!」
痺れを切らした大男は立ち止まって腹の前に両手をつけて構える。その両手の中からは光が漏れ出していた。
俺は盾を構えるが、それも無駄な行為だと悟る。彼の腕に集まる光の束はこれまでに見たどの攻撃よりも光り輝いていた。まるで太陽かと見まがうような圧倒的な眩しさに、この大男がこの場所ごと俺たちを吹っ飛ばそうとしていることを悟る。
「待て! このまま放てば俺たちだけじゃなくて真理の探究者のやつらも全員死ぬぞ!」
「こんなもんで死ぬ仲間なんて要らねぇよ!」
もはや話し合いが通じないというレベルの問題ではない! これを切り抜ける手段はあるか!? 相手は銃弾も効かないし、盾で押し倒すにしても俺が直撃することは回避できないだろう。押し倒した後にすぐにもう一度転移すれば......いや、もしも暴発すれば無事では済まないだろう。
「どうすんだ、少年! 早くしねぇと溜まっちまうぞ!」
男が目を抑えながらこちらに訴えかける。
輝きは今にもはちきれんばかりに大きくなっていく。もはや直視することすらできない。こんなものにどうやって対応すれば良い?
一瞬がとても長い時間に思えるほどの集中力で頭の中を策が巡る。
そして答えに辿り着く。
「盾......という概念を捨てるんだ。突如として現れる物体として活用する。そして発想の転換。男の体勢を崩すんじゃなくて、男の体勢が崩れるように誘導する。鍵は手の中!」
俺は端末を押した。
一瞬で相手の目の前に出たのが分かる。ここまで近くては目も開けていられない。だから目を閉じたまま空間をあらかじめ把握していた場所に手を伸ばす。
掴んだ!
ごつごつとした骨ばった手の甲の感触。そう、すでにこの場を切り抜けるための鍵は相手の手の中にあったのだ。
目を開けていられなくなるのは、自分達だけじゃない!
腹の前に両手をつけて構えるポーズ。違和感があるポーズだと思っていた。これは手の中から漏れ出る光で自分が影響を受けないための構えだ。つまりこの構えが崩れてしまえば発動する本人も影響を受ける!
「くっ!?」
ぐらりと体勢が崩れた。
ここで追撃! 盾を下からぶち当てる!!
「うあっ!?」
ガツンと手ごたえがあった。
男の体が後ろに倒れ、腕は上を向き、そして轟音。暴力が破裂する。
天井をレーザーが突き破った。しかし瓦礫が落ちてくることはなかった。一瞬で天井を燃やし尽くし瓦礫は溶け切ってしまった。ボロボロになった迷路が彼を中心として崩れた。
「どうやらもう一つの策略も今発動したみたいだな」
迷路は度重なる衝撃に崩れ落ちた。
すべてが崩れたわけではないが見晴らしがかなり広がる。
そして――
「見つけたぞ! 要注意能力者だ! 捕らえろ!」
「佐々木さん!?」
迷路の向こう側に居た仲間と敵が一斉に現れた。