それぞれの守り方
ボタンを押すと同時に宗利君は消え、光の粒子のようになってどこかに飛んで行った。
私のチートのタイムリミットが来て時間は再び動き出し、後ろで武器をはぎ取られた自衛隊員が少しうろたえている。
遠くでは爆音がして、敵はそれにも驚いていた。
この一瞬が私にとっての勝負!
「猫谷さん!」
「あー、えっと、確か佐々木君の彼女さんだったかな」
「自衛隊員の敵さんがそこまで来ています! 宗利君が猫谷さんならこの状況を打開できると言っていました。ここは宗利君を信じて力を貸してくれませんか!?」
「信じてって......まぁ、あの人のことが間違ってるとは思わないけど......どうするかなぁ」
宗利君は自分に詳細な指示を飛ばさなかった。つまりそれはこの状態からなら私でも状況を変えることが出来ると思われているということだ。
私を信頼してくれているなら、私はその信頼に応えなければならない!
「知ってるかもしれないけど私の能力を教えておくわね。私の能力は記憶操作。範囲内に居る人のしばらくの間の記憶を消すことが出来るわ。触れれば一分間の記憶を自由に操ることもできる。それと副産物ではあるけれど記憶を操作するためには相手の頭の中を覗かなきゃいけないから相手の考えていることを読み取ることもできるわ」
「なるほど......」
それを聞いて私は考えに耽る。彼がやっていたように自然と考えに耽る。
彼ならどう考えるか、思考を頭に巡らせる。
「それと考える時間はあんまりないかもよ」
「え?」
「だってあの人、こっち見てるわよ。私は体術とかからっきしだから、時間稼ぎとかできないわよ?」
迷彩服を着た人たちは警戒態勢を取りながらこちらににじり寄ってきていた。
まっとうに戦えば勝ち目はないかもしれない。
でも宗利君はいつも、まっとうに戦えば勝ち目がないダメチートで運命に立ち向かってきたんだから、これぐらい言ってしまえばいつものことだ。それに彼は猫谷さんを見た瞬間に安堵した。見た瞬間に「これは大丈夫」と思えるような策を思いついたのだ。
大丈夫。こんな時、宗利君なら――
そして深く深呼吸する。自分の焦る気持ちをなだめるように深く深く深呼吸する。
「猫谷さん」
「何?」
「相手に降伏して捕まってください」
「はぁ!?」
「そうすれば確実に一人は触れられるはずです。そして自分たちは無関係な一般人で巻き込まれただけという記憶を刷り込ませてください。そして自衛隊員の方には私たちを驚かせないために自分で武器を置いたと思わせて下さい。もしももう一人が襲い掛かってきたらその人に触れて下さい。多分出来るはずです」
「......彼氏が彼氏なら彼女も彼女ね。妬けちゃうわ」
「協力してくれますね?」
「もとより協力してくれって頼まれてたもの。今更ね」
猫谷さんはそう言うと手を挙げながら相手の方に向かっていった。
「私たちは無関係な民間人です! 巻き込まれただけなんです!」
「そんなこと信じられるかよ。大体武器はどこにやったんだ」
一人が猫谷さんに近づいてくる。
素人目に見ても強そうだ。明らかに格闘技をやっていそうな構えだし、なにより筋肉がすごい。きちんと鍛えている人の体をしている。
「そんな曖昧な言い分、信じるわけねぇだろ! 女だからって容赦しねぇぞ!」
「信じさせるのが私の領分なの」
男は猫谷さんをあっという間に床に抑えて拘束するが、体を跨いで背中に手を持ってきたところで止まった。どうやら指先がお腹に当たったようだった。男は拘束する手を止めてボーっと仁王立ちのような状態になった後、猫谷さんの手を取って起き上がらせる。
「おい! どうした!?」
「え......どうしたもこうしたも、この子は巻き込まれた一般人で」
「クソッ! 操られてやがる! ただちに女、お前を拘束する!」
「おい! やめろ!」
男と男が取っ組みあいになった。
普段無条件に人々を守っている自衛隊員の正義感が逆手に取られた瞬間だった。
そして猫谷は記憶操作されていない方の男の横にぬるりと立つと寄りかかるように相手に触れた。何が起こっているのか状況も理解できないまま男二人の記憶は操作されてしまった。
猫谷はこちらにニコニコと満面の笑みで帰ってくる。
「やっぱりあらかじめいじる内容が決まってるとやりやすいわね」
「まだ終わってないです」
「え?」
私はゆっくりと生気無く歩いている山田さんの隣に立った。
「この子、私たちの友達なんですけど、誰かに操られてるみたいになっちゃって。どこかに行こうとしてるみたいなんですけど......どうしたらいいんでしょう?」
「彼女は我々で保護する。無論、君たちもだ。さぁ早く基地に――」
「上官! 転移装置がありません!」
「何!?」
男たちは顔を見合わせた。これは何かがおかしいということに気が付き始めたのかもしれない。私は思考を遮るように口をはさんだ。
「そういえば何かがこの子に触れた気がするんです。とても速かったので見間違いかと思ったんですけど、それが自衛隊さんたちの来た方向に行ったような気がします」
「クソッ! 能力者か......つまりその子もその能力者の影響を受けている可能性があるのか......」
「どうします......? 転移もできなければ基地に向かうこともできませんよ?」
「仕方ない。この子が向かっているところに行けば何かがあるかもしれん。彼女を護衛しながら着いて行くぞ」
「はいっ!」
上官は部下にそう告げると、私たちに着いてくるようにと言った。
猫谷さんは一連のやり取りを見てから私の耳に口を寄せる。
「あなたもなかなかヤリ手ね」
「宗利君に比べればなんてことありませんよ。上手く行くかヒヤヒヤしました」
ホッと胸をなでおろす。一瞬でここまで思いついた自分に半ばびっくりした。
そしてふと湧いた疑問を猫谷に投げかける。
「そういえば猫谷さんはなんで呪いにかかっていないんですか?」
「それはねぇ......儀式のときに呪い女の頭をちょこっといじったからよ。あれ、通過儀礼みたいになってるから幹部さんたち、本当に呪いがかけられたか確認しないのよね。まさか呪いをかける本人が呪いをかけられていないことに気づかないまま終わるとは思ってなかったけど」
「そ、そんなこと出来たんですか?」
「相手を信頼させるのが私の領分なの。あ、これ他の人には黙っておいてね?」
猫谷さんは私にウインクする。
この人はあんまり敵に回したくないとしみじみ思うのだった。
「宗利君どうしてるだろ?」
「まぁ、私たちが心配しても仕方ないでしょう。自分も結構危ないんだから彼氏の心配ばっかりしてちゃだめよ」
猫谷さんはそう言って背中をぽんぽんと叩いた。
私は彼が消えて行った方を見ながら無事を祈った。
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転移先に飛び、真っ先に見えたのはまばゆい光だった。そしてその奥に人が立っている。
逆光でシルエットしか見えないが伸ばされた手に光が集まっているのが見えた。
後ろをチラリと見ると、そこには自衛隊員が見えた。目を丸くしながら立ち尽くしている。
「消え失せなッ!」
「そうはさせない!」
おそらく後ろの隊員を狙って放つのだろう。
俺はそのシルエットの真似をしながら手を伸ばす。
せめて軌道だけでも変えられたら......
そう思いながら必死に奥歯を噛み締めると、手のひらには光る盾のようなものが出来ていた。
俺はそれを傾け、斜め上に軌道が逸らせるように盾を構える。
次の瞬間、目の前で光が弾けた。一直線にこちらめがけて光が放たれる。
レーザービームは盾に弾かれて、斜め上に飛ぶ。そのまま天井を焼き切り大穴を開けながら破壊した。
俺の体は衝撃と共に後ろに吹っ飛ばされ、自衛隊員にぶつかった。
起き上がりながら目の前を見据える。
「お前は......!」
「やっぱりお前は裏切りものだったんだなぁ。ずっと俺はそう思ってたぜ?」
そこには女好きの大男が立っていた。
小日向さんはどうやら危機を免れたようですね。
問題は佐々木君ですが......