戦いは目前に迫っている
俺たちは政府と戦わなければならない。その時が着々と迫っている。
だがその前に俺には一つの疑問が残されていた。
「その、どうしても政府と戦わなくちゃならないのか?」
「そうしなくちゃならないね。これは勝利するための定めだ」
「なら戦う理由はなんだ?」
「それは私から説明します」
その疑問に応じたのは後ろで立っていた山田さんだった。眼鏡をくいっと上げて話し始める。
「私たちは一度半年前に政府と交戦したことがあります。佐々木さんが知っているかは分かりませんが。その時の理由と同じです。表向きの理由は私たちが違法行為を繰り返していたことにあります。政府は私たちの超常的な現象によって起こされる違法行為に手がかりを立証することが出来ず逮捕状を出せずにいたのですが、政府は能力に特化した対策チームを組むことによって逮捕状を取ることに成功しました。そして私たちを捕まえるために繰り出したというわけです」
「そして一回目は防衛に成功した」
「はい。それで今回に至るわけですが」
そういうことだったのか。であるなら、今回の交戦のタイミングは誰かが逮捕状を取られたことが原因ではなく、相手が何か対策を練っていると考えた方が妥当だろう。半年間でどんな作戦を組んできたのかは分からないが、きっとそれはこちらにとって脅威になるはずだ。
そのことを白勝が気にしているかどうかは知らないが。
「白勝、今回の交戦ではしっかり相手の対策を組まないと勝てないかもしれない。何か対策はあるのか?」
「ないよ。でも対策を組む必要は無いね。だって僕は勝つから」
『何にでも勝利する能力』
この能力は言葉通りの能力で、自分にとっても敵にとっても脅威となる存在だ。
仲間であれば頼もしいが、自分はこの少年のことを仲間だとは思えない。だから脅威としか思えないのだ。
そんな白勝が対策を組む必要がないと言っている。しかし、もしも対策を組む必要が出てきたとしたら、その対策を組むのは紛れもなく自分の仕事になるだろう。
「要するに全員ブッ潰せば良いんだろ? それなら白勝よりも俺の方が上だぜ?」
幹部の大男が立ち上がり拳を握る。
俺が能力の正体を分かっていない最後の幹部が彼だ。腕っぷしが強いのは分かっているつもりだが、俺を軽々と持ち上げたときにダメチートは発動してなかったため、素の筋力もかなり強いのだと考えられる。
「政府のやつらの中に可愛い女の子がいりゃあ助けてやるんだけど、まぁこんなところに攻めてくるやつにそんな子はいねぇだろうなぁ」
それと、極度の女好き。
それしかまだ分かっていない。
幹部の席の奥の方で座っているあかりは、その発言をあきれた様子で聞きながら、白勝に質問を投げかける。
「で、実際に相手が仕掛けてくるのは何時なの?」
「明後日だよ」
「明後日!?」
予想以上に早い襲来に俺は声を荒げた。質問したあかりですらそんな声は上げていなかったというのに......
策を練り上げる時間に猶予はない。咄嗟に頭を働かせようとして思考が止まる。
相手の白勝に対する策略が分かっていない限り対策の取りようがないのだ。
もしも俺が策を練り上げられるとしたら交戦に陥ってから。もしも相手が奇襲戦法を取ったなら、この頃咄嗟に思考できるようになった俺でも対処のしようがないかもしれない。
「それでは明後日、ここに集合だ。良いね?」
そして明後日に大きな戦いを控えているにも関わらず幹部会はあっさりと終了したのだった。
終わってからあかりと眼鏡をある一室に呼び出した。
あかりは幹部会が終わってすぐにサチのもとへ駆けつけていたので、同時にサチもこの部屋に連れてこられている。
「何? 用事が無いなら早く帰りたいんだけど」
「まぁ、そう急ぐな。この男にも何か考えがあって呼び出したんだろう。俺を世界で一番価値のある男だと証明するための考えがな!」
あかりは嫌悪感を振りまきながら俺と眼鏡を見る。
眼鏡は髪をかき上げながらナルシストな口調で言い放ち、鼻を鳴らした。
この二人は今のところ俺の協力者である。条件さえそろえば真理の探究者に歯向かうことにも協力してくれるだろう。あかりの能力は『狙った相手の部位に即して病を付与することができること』、眼鏡の能力は良く分かっていないが『電子機器全般を思いのままに操ることができること』だと思われる。
幹部のメンバーは白勝、呪い女、大男とあかり、眼鏡、そして俺なので、これで幹部連中は二分化されたことになる。
俺はこの二人に言っておかなければならないことがあった。
「もしも、明後日に起きる戦いで誰も負傷することなく停戦することが出来る方法があるとするなら、その方法に力を貸してくれないか? 俺はこの戦いで誰の犠牲者も出したくない。仲間にも敵にも」
それは勝つために必要な確認などではなく、単に俺がお願いをしたいだけだった。
俺は絶対に犠牲者を出したくない。誰かに被害を加える俺の憎んだチーターになりたくないからだ。
もちろん、やらなければいけない時が来るかもしれない。もしも真理の探究者に多大な被害を出す時には最低限の被害に抑えるために自ら手を下さなければいけないし、真理の探究者のチーターが相手を皆殺しにしようとしたら俺はその場でこの団体に反旗を翻さなくてはならなくなる。
それに力を貸してくれるかという話だった。
相手にその意図が伝わったかどうかは分からないが、あかりは視線をキッと鋭くして俺を見据えた。
「私はもしもサチに危害が加わるなら誰だって殺す。もちろんあんたがサチを切り捨てるなら、私はあんただって殺す。もしもあんたに誰にも被害を出さないための案が出せるなら、私はそれに従うよ」
あかりは傍らに居るサチの手を強く握った。サチはそのあかりのキリリとした表情に少し恐々としているようでもあったが、手は握り返しているようだった。
「俺は別に有名になれればそれで良いし、どうせいつかは白勝の上に立たなくてはならないからな。その時がお前の側に着く時ならついてやっても構わんが......俺はその方法で有名になれるんだろうな?」
「あぁ、その時は善処する」
「なら良い」
良かった。
この人たちは自分の欲望に誠実で、良くも悪くもチーターの鑑のような人間だ。
だから欲望を満たせるのならその手段はどうでもいいと思っているので、俺の言うことについても耳だけは傾けてくれる。こういう欲望の上で成り立つ信頼感は強い。
「俺に協力してくれるようで安心した。だから、俺も君たちを信用して一人の人を紹介しようと思う」
俺はドアの方向に向かって入ってきていいと言った。
その声に呼応するように扉が開いた。
長い黒髪をたなびかせ、たおやかな仕草で部屋に入る。そして緊張した面持ちのまま会釈した。
「彼女は小日向時雨。俺のパートナーで、俺たちの勝利の切り札になる人だ」
「よろしくお願いします」
小日向をゲートからここまで案内するように頼んだ山田と猫谷も一緒だった。
こうしてこの場所にこの状況を打開するためのカギが集結したのだった。
今回は少し説明回みたいな感じでした。
来週からはいよいよ戦いに入っていきますよ!