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私が愚かだった話

 私は小学生の時、周りのものに不満だらけでした。母も父も神社の仕事があるから帰ってくる時間がまちまちだったことに不満を持っていたことを覚えています。友達との付き合いも少しめんどくさいと思いながらやってました。時間を止める能力があっても止めた時間を有意義に使えるわけじゃないことにも不満を持っていたました。そんな悩みを誰もが抱えていることに気が付くのはもう少し後の話ですけど。それでも私は全ての不満についてなんとなく対処する方法を知っていたんですよ。

 だから、なんとなく不満を受け流して、そつなく日々を送って、困っている人の手伝いをして、ありがとうと言われて、いい気分になって......そうしているうちにみんなから可愛くて良い子だと言われるようになりました。私が愚かだったのはその評価を当然のものとして受け止めていたことでした。大人が言うその言葉が小さい子供に向けるお世辞だとは考えもしなかったわけですね。


 佐々木君は、お世辞じゃないよ、と言った。

 とても純粋な瞳。いつも佐々木君の目はまっすぐで、思っていることがすぐ顔に出る。だから分かる。それはたぶん佐々木君の本心なんだと思う。でもそれはかいかぶりすぎだと私は思う。

 思い返せば思い返すほど、私はいつも愚かだったのだ。


 中学生になった私は、今よりももっと堂々とした立ち振る舞いでした。

 自分の言動に自信があって、色々な人に意見が言えて、でも人のことはちゃんと気遣うし、困った人が居たら助ける。クラスに一人は居るでしょう? 委員長みたいなタイプの人。あんな感じだったんです。でもまぁ周りとの兼ね合いも何となくすり合わせるタイプなので、自分の意見も言うけれど周りに合わせていたんですよ。それが自分の中での一番良い対処方法だったんです。愚かだったのは、これが全ての元凶になるとあの時は気が付いていなかったことです。


 あの頃の私は気遣いもできるし、評判も悪くなかったし、自分で言うのもなんですがクラスの中でもわりと容姿が良かったので、結構モテるタイプでした。本当に自分で言うのもなんですけどね。

 それで周りの人と同じように私は恋をすることにしました。相手は1年上のサッカー部のエースでした。他の人が「かっこいい」「憧れる」と言っていたので私も同じようにその人のことを好きになることにしたんですよ。ありがちなやつです。愚かだったのは普通の人なら憧れのままで終わるところだったのですが、私には憧れで終わらないだけの評判があったことに気が付いているようで気が付いていなかったことですね。


 私はそのサッカー部のエースと付き合うことになりました。時期は一年の夏ごろだったと思います。私がその先輩のことを好きだと言っていたのを誰かが勝手に伝えたみたいで、友達と一緒に彼の練習を見に行っていたときに彼からアプローチをかけられました。

 そうですね、最初にかけられた言葉は「君さ、俺のこと好きなんだろ?」でしたっけ。あまりロマンチックな言葉ではないですね。でも断る理由も無かったので、言われるままに返答して、気が付いたら私たちはつきあっていました。愚かだったのは隣に居た友達がどんな顔をしていたのかを気に掛けることができるほど、あの時の私には余裕が無かったということです。


 佐々木君は驚いているようではなかったが、受け入れがたい事実を必死に喉の奥に流し込んでいるようだった。表情にうろたえている様子は出さない。出さないようにしている。出さないようにしているのが分かってしまう自分が嫌だと思う。


 付き合うって行為に少し特別な感じを抱いていたのは、多分誰とも付き合ったことが無かったからでしょうね。その先輩は他の女の子と別れたばかりらしくって、別に付き合うという行為に何のためらいも無かったみたいでした。

 その日の帰り道、私は先輩の練習が終わるのを待って二人で帰りました。何を話したかはあまり覚えていません。あまりにも突然のことだったので、上手く話すのに必死でした。先輩の口調とか嗜好に慣れなかったというのもありました。でも先輩はとても話すのが上手かったので、私でもすぐに打ち解けることが出来ました。先輩はよく言えば気さくな人、悪く言えば女性慣れした人だったので。愚かだったのはそのような男子が下心を持ち合わせているということを甘く考えていたことです。


 次の日に学校に行ったら、私の友達はもう前のような友達ではなくなっていました。口ではおめでとうと言ってくれるけれど、先輩への思いについて逐一尋ねられて思いがあやふやだと『そんな考え方で先輩と付き合ったの?』というふうに責められることもありました。弁解しても聞き入れてくれるような感じでもなく、私は申し訳なさそうに笑うしかありませんでした。その場を穏便に済ませる方法がそれしかないと思っていたからです。愚かだったのはそれが火に油を注ぐ結果となることに当時の私は気が付いていなかったことです。


 先輩とは付き合ってから、付き合った人がやる一通りのことをしました。別に細かくは言いません。先輩が提案することに私は頷いていました。先輩がとても積極的で、何の主張もしなくても全てスムーズに事が進んでいくんです。人って主張をしなくなると、主張をする能力が消えていくんですね。中学一年が終わるころには、私は全てに対して受け身になっていました。私に残ったのは困った人が居たらその人を助けてあげたいという思いだけでした。愚かだったのは、何に困っているのかも分からず困っている私を自分は助けられなかったということです。


 友達は私の悪評をばらまくようになりました。悪評といっても「小日向は好きでもない人と付き合った」とか、そういうことでした。実際、先輩のことを好きだったのかは微妙でしたが、かっこいい人に対する憧れがあったのは事実ですし、その時の私にとってそれは恋だったと思います。私は友達を問い詰めましたが、友達がしらばっくれている間に状況はどんどん悪くなっていきます。私はこれまでの行為で何が悪かったのかを思い直しました。そして愚かさに気が付きました。ちょうど今の私と同じような感じですね。

 そしてそれを先輩に話しました。つまびらかに、どれだけ自分が悪かったのかを話しました。


「お前、自意識過剰すぎやしねぇか?」


 愚かだったのは、先輩がそのことを理解できると思っていたことです。

 それを機に、私たちの仲もすこしずつ悪化していきました。

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