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また梅雨がやって来る

 五月下旬、この季節にしてはいつになく暑い夜に寝苦しさを感じながらベッドから起き上がる。この頃はずっと寝苦しい。きっと気温のせいだけではないのだろう。

 リビングに降りて作られた朝食を食べ、歯を磨いて顔を洗って、時計の針が7時を回ったのを確認して、妹たちの部屋にノックをしながら入る。まだ気持ちのよさそうな顔で寝ている由香を布団からひっぺがす。


「あと五分......」


 起こす時はあと五分と言う癖に、起きたら何でもっと早く起こしてくれなかったのか、と悪態をつかれる。理不尽なのは昔からだが、4月からは由香だけの問題ではなくなったので罵倒を覚悟でぺちぺちと頬をはたく。同じ悪態なら学校に急がずに行ける方が良いだろう。

 由香を起こして制服に着替える。7時半にいつも家を出ているのでその時間までぼうっと天気予報を見る。


『今日は午後から雨が降るので、お出かけの際には傘を......』


 雨。

 この頃、雨が続いている。

 確か天気予報では例年よりもかなり早い梅雨入りだと言っていた。ゲリラ豪雨や異常気象のせいでこのごろの天気予報は総スカンを食らっている。そんな天気予報の例年が果たしてあてになるのかは分からない。

 もうこの時期が来てしまったみたいだ。

 梅雨が始まる。


「ねー、おにーちゃん! 似合う!?」


 白色のポロシャツに赤いリボン、いつもの制服からはブレザーが無くなっていた。

 そうか、もうそんな時期になっていたのか、と思いながら俺は率直な感想を述べた。


「おー、似合う似合う」


「もっと心を込めて!」


 由香がムスッと頬を膨らませるので俺はもう少し良い表現を使って褒めることにした。


「最高、最高」


「んもー、せっかく可愛い妹が必死に勉強して同じ高校に入ってきて、ウキウキしながらお揃いの制服を見せびらかしてるっていうのに、その反応で良いの? 褒められるのは今しかないかもしれないんだよ?」


「この高校そんなに受験勉強しなくても入れるじゃん。しかも俺、まだ衣替えしてないし、お揃いじゃないだろ」


「じゃあ今から衣替えしてきてよーー! ほら、ブレザー脱いで! ポロシャツも半袖のやつに着替えてーー」


 こうなったら手が付けられない。別に着替えなくてもいいだろうが、今日一日は妹から小言を言われることになるだろう。仕方が無いし時間も無いので手早く制服を着替える。


「これでお揃いだろ?」


「それで?」


「はいはい、可愛い可愛い」


「ハードル下げても及第点って感じ」


 これは合格ということで良いのだろうか?

 支度を完全に終えた雨姫が階段を降りてくる。どうやら雨姫も夏服に衣替えしたらしい。これまでの流れを聞いていて自分の夏服に注目が集まっていることにも気が付いたらしい。恥ずかしいのか、ポロシャツの肩のあたりをつまんで俺を上目遣いで見る。

 どう? と感想を聞かれた気がしたので俺は雨姫の肩に手を乗せて答える。


「よく似合ってるぞ」


「ありがと」


「なんでそれが私の時に言えないのよ!!」


 どうやら今日一日は不機嫌が続きそうである。

 俺たちは家を出て同じ方向に向かう。4月からうちの高校に入学した由香と学校に行くようになって、違う時間に家を出ていた雨姫も時間を合わせるようになった。

 結果的に俺の家を出る時間はこれまでよりも遅くなった。そのこともあって俺は彼女と校門前で顔を合わせることもなくなった。


「まぁ、教室に入ったところで話すことも無いんだがな」


「何が?」


「なんでもない」


 由香は俺たちが校門前で毎日のように鉢合わせていたのを知らない。

 それを知っている雨姫はその時間を邪魔しないために登校する時間をずらしてくれていた。そのことを知ったのは一緒に登校するようになってからだが。

 良いの? と雨姫に聞かれたことを思い出した。本当は良くない。そう思っている。だが、その時の俺はどうにかする方法を知らなかったので、一緒に登校したいと答える他無かった。

 本当は分かっている。重要なのはどうやって拗らせた俺たちの関係をもとに戻すかではなく、こじれた関係を元に戻すだけのアプローチをする勇気が必要なのだ。


 校門をくぐり、教室に入る。

 おざなりに傑に挨拶をして席に座る。

 前の席に居た彼女がちらりとこちらを見たのが分かった。若干目が合ったが、どちらもそれを言及しない。前なら小日向が話しかけてこないはずがなかった。普通の人でもこんな状況なら何も無くても話しかけるだろう。


 水玉が窓を叩く。


「やっぱり天気予報はあてにならないな」


 雨続きの毎日。

 嫌いで好きな雨が降る。


 もともと雨自体は嫌いじゃなかった。

 土砂降りの雨の中、情けない泣き声をぶちまけた思い出がある。とても嫌なことがあって、耐えられなくて、誰も見ていないから外で叫んだ。叫び声も泣き声も全て雨はかき消してくれる。だから雨が嫌いじゃなかった。

 だけど、雨を見るたびにその嫌なことを思い出すようになった。だから雨自体は嫌いではないけれど雨が降っているときはいつも不機嫌になっていた。

 そんな俺を不機嫌から解放してくれたのは小日向さんだった。

 嫌だった出来事を全て過去にして、それからは雨のたびにその時の記憶が浮かび上がるようになった。彼女と二人、止まった時間の中で止まった雨粒を押しのけながらダンスを踊った楽しい記憶。


 これまでの自分から俺は変わった。

 少し自信があって、人の気持ちもくみ取れるようになって、自分の人生を自分で変えていけるだけの力を手に入れた。今はまだ全てを変えられるほどの力はないけれど、多分彼女が力を貸してくれればそれもできるんじゃないかと思う。


 だから――


「今日の放課後、ちょっと時間もらえるか?」


 いきなりで申し訳ない。

 何をするかから話せばよかった。

 話しかけてからいろいろな後悔がこみあげてくるが、重要なのはそこじゃない。重要なのは今の俺がこのこじれにこじれきった関係をどうにかするための勇気を出したということだ。


 小日向は戸惑って席を立とうとする。

 ここで逃がすわけにはいかない。

 俺は逃げようとする彼女の手を取って引き留めた。こうでもしないと、多分これからずっと話せる機会は無いに違いない。彼女に勇気が無いなら、勇気が無くても話が出来るように俺が場を整えるだけである。来いと言われたから行ったと言えるだけの場所は整えよう。


 もう説得は無理かもしれないと不安になってきた時だった。

 落ち着いた彼女はコクンと一回頷いた。

 佐々木君......かなり勇気を出しましたね。

 それだけこの二年で変わったということですかね?

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