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周りを見る余裕を得た

 夕食を食べてベッドに横たわり、久しぶりにすがすがしい気持ちで天井を見上げる。

 今日、お墓参りに行って、ユウさんに会って、いろんなことを話して、少しだけ心が晴れた。ずっと背負っていた重い荷物を降ろしたような気分だった。

 話して良かったと思う。もしももっと他の人に話せたらと思うが、あんな盗聴を気にせず喋ることが出来る機会はほとんどないだろう。


 ドアをトントンと叩く音がした。ノックにしてはかなり軽い音だ。

 俺はベッドから立ち上がり、ドアを開けた。


『主、入ってもよろしいかの』


 そこには一匹の犬、ポチ太がおすわりをしていた。

 この犬は一年半前に俺が拾ってきた犬である。この犬は『人の心が読める』というチートを持っており、いろいろな人の心を読んだ結果、人間と同じような思考回路に至った犬である。そしてなぜかおじいちゃん口調だ。

 俺はダメチートが発動してしまうことにより相互に考えている内容を読み取るためテレパシーのように会話をすることが出来る。そのせいで情に訴えかけられてしまい犬を持ち帰ることになってしまったのだが......



『なんだ、ポチ太か。俺の部屋に入ってくるなんて久しぶりだな』


『まぁ、特にこの頃の主は入りにくい雰囲気を醸し出しておったからな......』


『それは......すまなかったな』


 この頃の俺が部屋に入りにくい雰囲気を醸し出していたのはその通りだと思うし、この頃は引きこもりがちだったから久しぶりだと感じるのは自分のせいだろう。


『で、今日は何か用があるのか?』


『今日の主は珍しく機嫌が良い。いつもと変わらない様子ではあったが内心はすこぶる機嫌が良かったであろう。話の詳細をお前の心に問うならば今が一番良いと思ってな』


 なるほど。ポチ太には今日あったことがなんとなく見抜かれていたというわけだ。

 俺のダメチートは劣化コピーなので『人の心を読む能力』の効果範囲が微妙に違う。ポチ太がその範囲外に立っていると俺はポチ太の心は読めないが、ポチ太は俺の心が読めるという状況が発生する。それを上手く使われていたので、俺はポチ太の心には気が付かずポチ太は気が付いていたというわけである。


『もしかして俺にこれまでにあったことって大体知ってる?』


『まぁ、大体はな。でもお前の口から聞いたことがないのにそれを語ってしまうのは違うだろう』


 なんということだ。

 こんなところに誰にも話していないことを知っている人、否、犬がいたとは。

 しかもこの犬となら口に出さなくても盗聴の危険性を恐れることなく意識を交わすことができるではないか。

 まさかこんなに近くに盗聴凌ぎのピースが居るとは思わなかった。

 だがポチ太は聞くことだけしかできない。俺みたいなのが居ない限り人間と心を交わすことはできないというわけだ。つまり伝達役として役目を果たすことはできないというわけである。

 しかし、今この犬に俺のおかれた状況を説明するのは悪くないと思う。

 そして話すなら今しかないと思う。


『確かに俺の口からきちんと話さなきゃいけないな。長い話になるけど良いか』


『もちろん。ワシも人間の寿命ほど長く生きられるわけではないが、もてあますだけの時間なら十分に持っているからのぉ』


------------------------------


 結局、すべてのことを話すのに長い時間はかからなかった。今日昼に一時間ぐらいの時間をかけて話したおかげで、頭の中で整理がついたのだろう。

 話している最中、犬のいろいろな考えていることが伝わってくることに良い気はしなかった。自分の話している内容で同情するような気持ちが伝わってくると無理やりに愚痴を言って同情させているような気持ちになるから話しづらいのだ。


『なるほど。主、よく頑張ったな』


『まぁ、褒められた内容ではないけどな。頑張ったことだけは認めるよ。うん、よく頑張った、俺』


『おぉ、自己肯定感の強い主は稀だな。そういう主はすきじゃぞ』


 以前ならこういうとらえ方はできなかっただろう。自分の中での成功はどこまで成功に導けるかではなく、完全に成功させなければいけないと考えていたからだ。そういう意味で言えば、今回は『完璧ではないがよく頑張った方』であり、自分を認められる要因は十分にある。

 まず今回の勝利条件の二つのうちの一つ『学校の人間に危害は加えさせないこと』は達成できたということである。

 次にこれらの問題を自分一人で背負って周りに迷惑をかけなかったこと。

 これら二つに関して俺はよく頑張った。えらい。心をすり減らしながら最善を尽くした結果だ。


『主よ。その内容をほかの人に話してみる気はないのか?』


『そりゃ、話してみたい気はするよ。ユウさんと話して、他の人を巻き込んでしまうことにある程度の許容ができるようになったからな。協力になってくれなくても自分のことを知ってくれているというだけで、救いになることに気が付けた。だけど俺には盗聴やら監視がついている。もしかしたら話すだけでも反乱因子とみなされるかもしれない』


『そうか......じゃが、話してやらんと、他の人間も心が疲れると思うぞ』


『どういうことだ?』


『他人がお前の落ち込んだ姿を見れば自然と気を遣うじゃろう。少なくともうちの家族はかなり主に気を遣っておったぞ』


 それを聞いて俺は、自分が周りの状況を理解していなかったことに気が付いた。

 俺は気が付かないうちに多くの人に気を遣わせてしまっていたらしい。家族の様子に目を向けられないほど疲弊しきっていたのだと気づく。


『そうだったのか......それだったら、変に元気な姿を見せても自然体になったとしても不自然がられてしまうだろうな』


『そうじゃな。解決方法は話すしかないのじゃろう』


 俺はこのことについて話しても大丈夫なのだろうか。


 話を盗聴されるだけなら、真理の探究者への反感を買ったとは思われないだろう。

 だが、それで人の同情を買ったり、話を聞いた人が『真理の探究者から抜け出せるように一緒に頑張ろう』なんて話をしだすと、相手の態度も変わってくるだろう。

 相手が自分を不審に思って人を送ってくるとしたら、今日の夕方に会った鹿田という男だろう。あの男は話の出来る男だと俺は思う。あの男は賢いし、俺が真理の探究者に反抗する実際の計画を企てない限りは味方のままでいるだろう。


『......決めたよ。俺は話す』


『まずはうちの家族に、じゃな?』


『そうだ』


 俺は決心して部屋から出た。

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