彼の前で嘘は吐けない
気が付くと、俺は自分の体の中に戻っていた。
ユウさんがあの世に戻ったことによってダメチートが解けて、幽体離脱の状態が解除されたのだ。
竹の細長い葉が額の上に落ちていた。
見上げると木漏れ日が目に入りとても眩しい。少し頭を傾けて陽光から目を背けると濃い緑が一面に広がった。とても濃い緑だった。
どうやら俺の世界は数時間前よりも色を取り戻したらしい。
「気づいたか?」
聞きなれない声が耳を震わせた。
誰かが頭上に立っているらしい。
不思議と警戒心は抱かなかったし驚きもなかった。今の自分は極めて冷静でこの状況を把握する余裕があり、無駄に驚くという行為をしなくても良いだろうということを内心で思っていたのだ。
多分、真理の探究者の誰かが来たのだろう。俺は常に盗聴されているから急に何も物音がしなくなったことを不審に思われたのだと思う。
「あぁ、ちょっと眠ってしまってな。静かなところに来たから急に眠たくなったんだよ」
「『助けてくれよ』を最後の言葉に一瞬で眠りこけたというのは、少々無理があると思うが。嘘をつくというのは嘘をつくだけの理由があったということで良いんだよな」
首元に冷たい感触の何かが突きつけられている。
ちらりと下を見るとナイフの柄が見えた。おそらくナイフを当てられているのだろう。少し動くと死んでしまうような位置に当てられている。しかし恐れはない。ナイフの柄とそのつかみ方から自分がナイフの刃ではない方を当てられていると気づいているからだ。
これは脅しである。俺を殺す気はない。こうすれば本当のことを話すと思われているから脅されている。
この脅迫は強くない。
「実は、あれから急にダメチートが発動したんだ。それで少し、気を失っていた。」
「嘘は......言っていないようだな」
嘘は言っていない。
大事なことを隠しているだけだ。
ナイフを首で押しのけながら立つ。
「もう良いか? 今日はもう家に帰ってゆっくりしたいんだ」
この状況をあまり長引かせたくはない。
今の発言からしてこの男のチートは嘘を見分ける類のものなのだろう。本心を見抜く類のものではないというところに有情がある。
だが長引くとボロが出かねない。多分、今の極度に冷静な状態は長続きしない。ユウさんと話して自分の覚悟が決まった直後だからとても冷静なんだと思う。映画とかで感動した後に自分の中でその映画を思い返して自分についても見つめなおしている感覚に近い。だからその感動が続いているうちにここから離れた方が良い。
「待て。まだ納得できていない」
「何が納得できないんだ?」
「何かが納得できない。それにたったこれだけの情報であっちに帰るわけにもいかないからな。もうちょっといろいろ話をしていこう」
その言葉からはあまり敵意が感じられなかった。
「わかった」
俺は雑草と湿った地面の上に座りなおす。数時間も地面に横たわっていたから背中がかなり湿っている。竹林を抜ける風が俺の背中の体温を奪っていくのが分かる。
この季節の森は生きている音がしない。竹の葉が風で擦れる音しかしない。
今は隣の男の音がよく聞こえる。
「どんな能力だったんだ? 発動した能力は」
「幽体離脱だ。近くでそのチートを使った人間がいたから、そのチートが発動した」
嘘を見破るチートがあるから嘘はつけない。できるだけ情報を出さないようにするしかない。
「実際に会ったのか?」
「会った」
「その人とは初めて会ったのか?」
「違う」
「どういう関係なんだ?」
「......前に会ったことがある。以前も同じようにダメチートを話したことがあったんだ......厄介だな。嘘を見破るチートっていうのは」
「そうだろうとも」
思った以上にチートが厄介だ。
質問攻めにされれば情報を開示せざるを得ない。自分に真理の探究者への反抗心がないことを証明するならばなおさらである。
「実は山田......レーダーちゃんにも一度ここに来てもらったんだが、この近辺で能力を使った形跡は一度しかなかった。ちょうどお前の周りにいるだろう小日向のチートの観測形跡に似ているらしい。一瞬しか観測されなかった」
「山田さんのチートは過去のことまでわかるのか?」
「そうみたいだ。ホントすごいよ、あの人。あの幹部たちの中で普通で居られるんだからな」
どうやらこの男は山田さんのことをよく知っているらしい。
前に彼女のチートをコピーしたが、そんなことまではわからなかった。
「で、お前が能力を発動させた相手はどうなっている。お前が言うダメチートを発動させたのなら、その相手の能力も観測されて然るべきだろう?」
「......ユウさんは、もう死んでる」
「は? ......でもまぁ、そうか。なんか、納得がいった。死んだら観測はできないし、死んだからって能力が使えないとは限らないもんな。能力者に常識を求めるのは間違ってる」
とても物分かりが良い男だと思った。
頭が良い。自分で考えることを放棄していない。
チーターにしては珍しい人間だ......と言いたいところだが、この頃そういう珍しい人間に結構出会っているので、もしかしたらこういうチーターも珍しくはないのかもしれない。
「ちなみに、どんなことを話したんだ? あ、いや、別に話したくなかったら話さなくても良いんだが」
「俺の悩み相談だ。それからあの世のことをちょっと話した」
「そうか。これ以上は聞かない方が良いかもな」
「助かる」
話が終わった感覚があった。
俺たちは同時に立ち上がる。
もしかしたらこういうのがユウさんの言う人との出会いなのかもしれない。
あの時とは違う状況になり俺はあの時よりも成長した。
だからもしかしたら勝てるかもしれない。
「お前はほかの幹部とは違うな。話せてよかったよ。お前みたいな常識人がうちの組織の幹部になってくれて」
「まぁ、なし崩し的だけどな」
自然な流れで握手をした。
気持ちが通じ合った気がする。
「俺は佐々木宗利。ダメチーターだ」
「鹿田紡。うちの組織の交渉役だ。ちなみに、俺の能力は嘘を見破る能力じゃない」
「......」
「嘘だ」
鹿田がにやりと笑った。
完全に騙された気分だ。この言葉一つで彼の能力を断定することはできなくなったし、嘘を見破る能力のままの可能性も否定できない。
かなりのやり手だ。
「よろしく」
「よろしく頼む。できれば嘘を吐かないでくれ。俺は騙されやすいタイプなんだ」
俺は精一杯の強がりでにやりと笑った。
いやー、佐々木君がちょっと立ち直れたみたいでよかったです。
ここからどれだけ仲間を増やしていけるのか......がんばれ佐々木君!