彼女曰く運命は簡単に変わるらしい
一時間ほど経ってこれまであったことを伝えた。
ほとんどが愚痴みたいになってしまったが、きちんと言えた。あの事があってから人に一連の流れを説明するということ自体が初めてだったかもしれない。心が少しだけすっとした。
だが、それでも何の問題も解決しない。
これからどうすればいいのかもわからない。
そもそも何が自分にできるのかも分からない。何かしてしまった瞬間に裏切りとみなされて、粛清の剣先がうちの学校の人間に向いてしまうのではないかという恐怖や、それに怯えて何も出来ず結局悪い方向に話が向かってしまう懸念が自分の中で渦巻いている。
「結局、何もできないんですよ。自分で責任の取れないことはしたくない。ずっと相手に人質を取られているような環境で俺は動けないんですよね」
「うーん、思ったんですけど、佐々木さんってそんな積極的な感じでしたっけ? 小日向さんに押されないと何もできないようなイメージだったんですけど」
「あー......そんなにヒモ男みたいなイメージでしたか?」
「ヒモ男とはちょっと違うけど、そんな感じですねー。あの世に出てくる佐々木さんもそんな感じだったのでここにいる佐々木さんもそうだと思ったんですが、まぁ二年もあれば人は変わりますよね。あの世に居た佐々木さんはあくまで自分の中でのイメージだったんでしょう」
あの頃の俺はそんなに誰かの助けがないと何もできないような人間だっただろうか。
確かにやる気を出すタイミングが少なかったようには思う。何もしなければ面倒ごとが起こりにくいだろうと思っていたあの頃が懐かしい。面倒ごとは起こるときは起こるし、それに自分が対処しなければ自分の運命には勝てない。俺はこの二年間でそれを学んだのだった。ただし今回の件でやっぱり運命には勝てないんじゃないかと少々諦め気味になっているが。
「まぁ、多少積極的になったところで、この現状を打開することなんてできませんよ」
「そうですかね? 私は案外できると思いますよ」
「何を根拠に」
俺はその楽観的な考えを鼻で笑った。
あの少年と会ったことがないからそんなことが言えるのだ。
あの少年は紛れもなくチーターだ。ちょっと人と違う能力が使えるようなやつとは違う。少年の横暴を誰も制してやれる人が居なくて、肥大化しすぎた自己が世界征服という途方もない目標に向かっている最強のおこちゃまである。
ユウさんはクスッと笑った。
自分の考えを鼻で笑われたことを意に介していないようだった。まるで幼稚な子供を相手にしているような笑い方だった。
「私がまだ生きていたころ、どうしても仲良くできなかった友達がいたんですよー。絶望的に馬が合わなかったんですよね。せっかく何回も人生をループさせることが出来るので、学校の生徒全員と仲良くなってみようと思ったんですが、何回人生をループさせてもその子と上手くいかなかったんですよ。最終的
にどうしたら上手くいったと思いますか?」
「......周りの人間全員味方につけて自分のいいところをちょっとずつその子の前でアピールさせるとか、他の生徒にその子をいじめさせて自分がその子の唯一の助けになるとか?」
「かなりえげつないことやりますね......ループして何も無かったことになるとはいえ、それやったら人生楽しめないですよ。一緒にトイレに行ったら上手く行ったんですよー」
「......んー?」
絶望的に馬が合わないだの何回もループしても上手く行かなかっただの何だのと言っていても、結局の解決法がトイレに一緒に行ったこと? そんなに簡単な方法で上手く行ったのかと拍子抜けする。
そんなに簡単なことで解決するならなぜ何度も上手く行かなかったのだろうか?
「もちろん、そこに至る経緯は割と長かったです。そのループの回はごり押し路線で行くと決めたんですよ。ほかの人と仲良くなることには目もくれず、その人とだけ仲良くなることを目的にずっと追いかけまわしていたんです」
「......よく嫌われませんでしたね」
「それまでさんざんいろんなことを試して嫌われていたんですよー......ちょっとヤケになってたのもあります......無理やり一緒に弁当を食べようとしたり、一緒に帰ろうとしたり......それで最終的にトイレにまで着いて行ったらキレられまして......それで本心を打ち明けられたりなんやかんやあってとても仲良くとまではいかなかったものの、それなりに仲良くなれたんですよー」
紆余曲折が過ぎるだろうと思った。
しかし、すべて聞いてみるとそうならないこともないだろうという展開だった。かなり強引だとは思うし、自分なら絶対そんな周りくどい方法をとらないとは思うが。
「私はこんな方法しか思いつかなかったけれど、佐々木君ならもっといい方法を思いつくんじゃないですか?」
「......それよりいい方法もあの少年には通じません」
「本当にそうでしょうか? 運命を変える方法は思っているよりも簡単だと思いますよ。私が学校の生徒全員と仲良くなった私が言うんですから間違いありません」
運命を変える方法が簡単?
そんなことはない。運命に振り回されているダメチーターの俺が言うんだから間違いない。
「意外なところに糸口があって、少し状況が変化するだけで結果は大きく変わります。前に会ったときの佐々木さんと今の佐々木さんが大きく違うように、前に少年と戦ったときの佐々木さんと今の佐々木さんも違います。知り合った人も居ると思うし、周りの環境も変わりました。何より相手のことを前よりもよく知っています。人のことを知るってかなり大事ですよー? 周りの人のことも良く知って、たくさんの人を味方につけることもできるかもしれません」
「それでも――」
「大丈夫です。なんだかんだ言って、佐々木さんは諦められませんよ。そういうタイプの人だと思います。そのまま進めばいいんです。そしてできるだけのことをして下さい。そうすれば多分、どうにかなります。自分ではどうにかできなくても、周りの人が助けてくれます。できないことなんてないんですよ。私の名前を見つけ出してくれた佐々木さんなら、なおさら」
俺は。
俺は俺を肯定して欲しかったのかもしれない。
すべての努力は無駄ではない、と。
頑張ればなんでもできるはずだ、と。
いろいろな言葉を並べ立てて励ましの言葉を否定してはいても、結局はそんな否定をすべて否定して肯定して欲しかったのだろう。
「すべての人と仲良くなれたユウさんは伊達じゃないですね」
「でしょー? 私もコミュ力高くなったなって自画自賛しているところです!」
ユウさんがふふんと鼻を鳴らす。
「できるだけのことをしてみることにします」
「......やっぱり変わりましたね。前よりかっこよくなりました」
「でしょう? 俺も最近かっこよくなったと思っていたところなんですよ」
俺は見様見真似でふふんと鼻を鳴らした。
「では、さようなら」
「もう行くんですか?」
「えぇ。タイムリミットが来たので」
ユウさんはふわりと浮かび上がって、足を風にたなびかせた。
前のように燃えたりはしなかった。足元から粉のようになって風に流されて消えていく。
俺は靄が晴れたような気持ちでその姿を見送っていた。