あの世はかなり生きづらい
俺は久しぶりに見る透き通った白装束の女の人をまじまじと見つめていた。
「ユウさん......成仏したんじゃなかったんですか?」
俺とユウさんが出会ったのは一年半前の夏、高校一年の夏休みの時だった。
出会い方はおおむね今回と同じである。俺のダメチートが発動し、ユウさんのチートである幽体離脱が発動したのである。
話を聞くと、彼女は幽体離脱をした状態で肉体が死んでしまったということらしい。さらに生前のことも覚えていなかったのである。俺と小日向は彼女の生前の手がかりを探すために奔走した。
そして自分の亡骸が眠る墓地にたどり着き、ユウさんは元の名前を知った。そして笑いながら全身が焼失するようにして彼女は成仏した......はずだった。
どうしてここに居るんだ?
「成仏はしたんですよー。あなたのおかげで今はなかなか良いあの世暮らしが送れてます。ありがとうございます」
ユウさんはおっとりした様子でペコリと頭を下げる。
それにつられて俺もこちらこそ、と頭を下げた。
いや、それで話を終わらせてはいけない。
俺たちは目の前で燃えるユウさんを見てとてもショックを受け、その気持ちのまま彼女のお母さんとも会って感傷に浸ったのだ。
なんだか、こうして元気にしているのを見ると拍子抜けした気分だった。
「ならどうして――」
「お彼岸だからですねー。ちょっと旅行気分で帰ってきちゃいました。あ、でもこれができるのは幽体離脱のチーターだからであって、誰でもできるわけじゃないですからねー」
そうだったのか、と納得する。
......納得していいのか? あの世ってそんなに近いものなのか?
「あの世でもチートって使えるんですね」
「んー、そうみたいですよー? 私以外のチーターさんがどうなっているのか知らないのでわかりませんけど」
あの世、か。
あの世とはどういうところなんだろう。やはり天国と地獄があるのだろうか。それとも賽の河原のように石を積み上げては鬼に石を崩されるみたいなことが繰り広げられているのだろうか。
「あの世ってどういうところなんですか? って聞いても答えられませんよね」
「何でですか? 別に答えられますよ」
「え!? そういうのって閻魔様とかから口止めされてたりとかしないんですか!?」
「しないですよー。閻魔様にも会ったことは無いですしねー」
どうやらあの世は俺が思っているような場所とはだいぶ違うらしい。
「死んだあとにはですねー、ここと同じような世界に行くんですよ」
「同じような世界?」
「そうですー。ここと同じ場所で同じ人が居るような世界です。そういう世界で暮らすことになります。あ、佐々木君も居ましたよー」
「お、俺も居たんですか!?」
「そうですよー。別に周りの人たちが死んだから存在するというわけではないみたいですー。多分、死んだ人のそれぞれ世界があるんじゃないですかね?」
死んだ世界の中には俺も居るというのがとても不思議だ。
あの世というよりはパラレルワールドに近いのか? SFに出てくるパラレルワールド、時間軸だの世界線だのという話が合いそうな感じだ。
「自分が生まれる場所、周りの環境も同じところで死ぬまでの人生を繰り返すんですー。ほとんど現実世界と同じなんですよ。あ、でもでも、一つだけ現実世界と違うところがあるんです」
「一つだけ? だいぶ違ったような気がするけど」
「思ってるほど違わないと思いますよ。現実世界と違うのは、自分が他人に危害を加えることができないということです。誰かが不自然に消えたりすると、それがもとに戻るんですよ。で、自分がそういうことを行ったという事実もなくなってしまうんです。あぁ、でも人が死なないってわけじゃなくてきちんと死ぬ時が来たら死にますよ」
それは、自分にとっては良いことかもしれないが、人によっては地獄だろう。
例えば、いじめが苦で自殺した人は、自殺しても同じ世界をもう一度体験するということだ。死の世界に逃げようとしたのにどこにも逃げ場がない。それはとてもつらいことだと思う。
逆にもっとやりたいことがあったのに死んでしまった未練のある人にとっては救いがあると思う。人生が一度でないと分かれば寿命が短くてもやりたいことができるだろう。
「なんだか、生き辛いあの世ですね」
「まぁ、あの世ですからね。でも救いがないことばかりじゃないんですよ」
「そうなんですか?」
結果の変わらないループものの展開ほど救われないものは無い。
そんな世界に果たして救いはあるのだろうか。
「別に人を変えられないわけじゃないんです。言葉で言えばちょっとした行動くらいは変わります。それに世界は変えられないかもしれませんが、自分は変われますから。周りが気に入らなければ住むところを変えれば良いし、それでもどうにもならないんだったら、それは自分に問題があることが多いです。性格や行動が変えられるかは自分次第ですよ。結局のところ、すべての結果は自分の行動の結果なんです」
確かに。
そういわれればそう思えてくる。
そこでいじめられてしまうなら、場所を変えれば良い。
でも場所を変えても自分の性格に問題があるならまたいじめられてしまうだろう。
そんな時はゆっくりと自分の性格を変えれば良いのだ。
そうしたら、もしかしたら、元居た場所でもいじめられなくなるかもしれない。
すべての場所で救いがないわけではないのだ。
それでも。
「それでも、変えられないことだってあるんですよ。理不尽で大きな力がやってきて、否応なしに従わされる。そんなことだってあるんです。それが事前に予期できていたらそれを避けることだってできるかもしれない。でも現実世界ではそんなことは起こらない。理不尽は突然やってくる。俺に行動でどうにかできるほどの予知能力はありません」
「佐々木さんがそんなことを言うなんて、らしくないですね。......何があったか、話してくれますか」
「いや、話すことは――」
真理の探究者の呪いの儀式から逃れた俺には、あれから様々な制約が課された。
まず、一日に一回の定期報告。山田さんにその日にあったことをすべて伝えること。
次に、監視。一週間に一度、千里眼の能力者から一日の行動を監視される。
そして、盗聴。これは常時発動されていて、自分の言動はすべて筒抜けになる。
盗聴のチートがある限り、俺は不用意な発言はできない。
でも今は。
この状態なら。
「少し、長い話になるかもしれません。それでもいいですか?」
「むしろ歓迎です。帰ってきたは良いものの、やることなくて暇だったんですよ」
そして俺は話し始める。
何処へも吐き出せなかった愚痴の吐き口を見つけて。
堰を切ったように口からあふれ出した言葉は止まることがなく小一時間続いた。
ユウさん。あれからいろいろあったんでしょうね......
佐々木君の救いになってあげてください。