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少年は最善手をつかみとる

 なぜここに小日向が? あの少年が呼び寄せたのか? 小日向のことを知っていたのか? 俺が彼女のことをどんな風に思っているのか知っているのか? 知っていないとこんな芸当はできないはずだ。そもそも彼女は何処にいたんだ? 少年のチートは何処までの範囲の人間までなら呼び寄せられるんだ?


「お前のチートは......一体どんなチートなんだ?」


「どんなチートって、言ったじゃん。何にでも勝利する能力さ。自己紹介、したよね? ちゃんと聞いてた?」


 違う。

 違う、違う、違う、違う!

 頭の中で浮かんだ疑問符を打ち消す。こんなことは重要な問題ではない。


「お前のチートについてお前は深く知っているのか? 何ができて何ができないのか」


「なんでもできるよ。何ができないんだろうね? まぁ、別に困ったことないし知らなくても良いでしょ。そんなこと、勝てるかどうかに関係ないし。考えたところで君は勝てないんでしょ?」


 何もかも認識が甘かったんだ。

 少年が俺と小日向の関係について知っているわけがない。

 それに距離の関係も大した問題ではない。

 要は少年が勝利をつかみ取るための最善手を生み出したというだけなのだ。


 ここに小日向が現れたことによってぐーさんが俺を気絶させたとしてもそのまま逃げることができなくなった。

 よってこの脅しの意味がなくなってしまった。

 すべての案が水泡に帰した。

 これまで作戦がこの一手で終わった。

 

 スーッと音を立てて息を吐く。

 何か策を練るために頭を冷やそうとして息を吐く。

 鼻から熱い空気が抜けていく。

 頭に血を巡らせないと考えは思いつかないが頭に血が上ってしまったら冷静な判断ができなくなる。そのジレンマの極限でいろいろなことを考える。


「この子、小日向って言うんだ。そうなんだ。へぇ」


 少年が小日向の肩に手を添えた。

 小日向が肩を跳ねさせてヒッと声を漏らす。


「そんなに怖がらなくてもいいじゃない。別に何かしたわけじゃないんだしさ」


 これは威圧か?

 俺が仲間にならないと何かするという威圧なのか?


 いや、違う。

 俺もこの少年のことが少しずつ分かってきた。

 この少年は威圧しようなんて考えていない。そんな難しい駆け引きはしないのだ。

 それが勝利に一番近いから本能的にその行動をとっている。

 現に今、震えが止まらない。

 何かをすれば彼女が無事では済まないのではないか? そんな状態なのに、俺ができることなんてあるのか?


 こぶしを握る。これでもかというぐらい固く握りしめる。

 爪が手の平に食い込む。

 動けない。動けばどうなってしまうかわからない。


「お前、小日向をここに連れてきて、一体どうするつもりだ」


「別にどうもする気はないよ。そもそも呼ぼうとして呼んだわけじゃないからね」


 そんなことは分かってる!

 そんなことは分かってるんだ!

 この行動は勝つための最善手だっただけなんだ!

 でも聞かずにはいられなかった。

 何かボロを出すんじゃないかという淡い期待が質問という形になって表れてしまう。


「お前は凶器なんか持っていない! 持っていない! だからそんな風に小日向を呼び寄せたところで何もできるはずがないんだ!」


「そうかもね」


 違う。

 この少年の可能性を見くびるな。

 どこからともなく人を呼び寄せることができるような人間だぞ。

 だったらなんでもできるかもしれない。

 できるはずがない、ということはありえない。ありえないのだ。


「そ、そうだ! 小日向! 止めろ! 時間を止めるんだ!」


「は......っはい!」


 違う。

 頭の奥深くでは分かっている。

 そんなことをしたって意味がない。

 能力に耐性があるぐーさんでさえ彼の能力に書き換えられてしまったと聞いている。

 それはつまりほかの能力に対しても言えるということである。


 ぱんっ。


 空虚な音が響いた。

 周りのものがすべて止まっている。


「で、何?」


 彼と俺と彼女以外は。


 彼の中での勝利条件は何だろう。

 多分、出し抜かれてはダメなのだ。

 少年はのらりくらりとなんの言葉も意に介さないような態度をとってはいるが、非常にプライドが高いのだ。

 どんなことでも誰にも負けないということに誇りを持っている。

 だからこそ、誰かの行動で自分の行動が妨げられること自体が負けだと思ってしまっている。


 唇を噛んだ。

 血が出るほど強く噛んだ。


「お前は何もできない。こちらから手を出さなければ何もできない」


「しないよ」


「強くない。殴りが強いとか、そんな強さはまるでない。目の前に居たってなんの脅威ももたらさない」


「そうかもね」


「小日向がそこにいるからってなにも変わらない。何の意味もない」


「意味なんて難しいこと考えるね」


 小日向が潤んだ瞳でこちらを見る。


「わたしは、どうなっても、いいですから......」


 小日向が震える口で声を振り絞ったように言っている。


 彼女は優しい。

 どんなことより、ほかの人に迷惑をかけることを恐れている。だからこんな状況で俺への行動の制限をしていることがたまらなく嫌なはずだ。

 優しい。優しすぎる。


 そんな彼女を完璧に守る方法が一つだけある、とする。

 簡単な方法だ。


「俺が、そっちの仲間につけば良いんだろう」


「佐々木君! 佐々木君!?」


 泣きそうな声だった。

 彼女の顔から視線を逸らす。

 今、彼女の顔を見たら。

 見たら決意が鈍ってしまう。


 歩く。

 止まった時の中では足音もしない。

 少年の隣に来たところで少年がトンっと彼女の背を押した。

 彼女の固まった足がたたらを踏んだ。直立したがそこからまだ足が動かないらしい。当然だ。人は極限の恐怖で動けなくなる。

 よかった。

 これで小日向が助かる。

 俺の方法も最善だった。間違っていない。


「僕の勝ち、だね」


「あぁ、完敗だ」


 その言葉を聞いて満足したように歩き出す。

 俺も少年についていく。


 後ろで小日向がこちらに振り返ったような気がした。

 でも別れの言葉もかけられない。


「じゃあ行こうか。あっちに行けば迎えが来るから、君を本部に送ってくれるはずだ」


「分かった」


 結局別れなんて告げられないまま、俺は少年についていくしかなかった。

 

 佐々木君、初黒星!?

 いったいこれからこの物語はどんな方向に行ってしまうのでしょうか!?

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