最強へ挑め
反撃開始だ!
まず勝利条件のおさらいだ。
一つ目、学校の生徒という名の人質をこの場から逃がすこと。
二つ目、俺や黒狼団が真理の探究者の仲間にならないこと。
これらが達成されれば俺たちの完全勝利である。
「それじゃあ行こうか」
「それはできない、っな!」
そういうと同時に体育館の壁に駆け寄り、仕掛けを起動させるため垂れ下がったひもを引っ張った。
瞬間、大きな物音とともに、空から何かが降ってくる。
降ってきたのは黒板消し、運動部からかき集めたありったけのボール、体育館のマットなど。事前に準部したそれらが、支えを失って倒れるように降ってきたのだ。
前に幹部が攻めてきたときに取った生き埋め作戦では事前の準備ができなかったのでたくさんの人に手伝ってもらうしかなかったが、今回はそうではない。事前に準備ができたので一人で予備動作もなくこの手を出すことができた。
「ふん?」
少年は降ってくる物体を振り払うように空に向かって手を払った。
払われた手の指の先から見えない異次元へのゲートがつながっているかのように物体は少年に触れる寸前で消えてゆく。
だがそれぐらいは織り込み済み。
少年は目の前に迫る物体を消すことが勝利だと考えている。
だから、その物体の物陰に隠れて至近距離に迫るぐーさんに気が付かない!
「へぇ」
「随分と余裕そうじゃねぇか!」
ぐーさんは目にもとまらぬ速さで少年に取っ組みかかると襟と袖をつかみ相手の外側に入る。
大外刈りだ!
「倒れろォ!」
ぐーさんが太ももの外側で少年の腰を持ち上げて体勢を崩そうとした瞬間にそれは起こった。
ぐーさんの体が袖と襟をつかんだまま空中で一回転する。
「なっ!?」
空中で回転をする途中でぐーさんの手が少年から離れた。勢いをそのままに明後日の方向にふっとばされてしまう。空中でなんとか着地の姿勢を整えたのち、砂埃を上げて地面を削りながら着地する。
「ここまで近づかせるつもりはなかったんだけど――」
相手が言い終わるよりも先に俺は次の仕掛けを起動させた。ぐーさんが負けた時のことも考えて次のトラップの起動場所まで移動していたことが功を奏す。苔むした並木の陰に隠したボタンを押した。
地面から煙が噴き出す。
少年の姿は煙の中に包まれた。
間接的にタイミングをずらして勝負を仕掛ければ相手も対応できないのではないかと思い、決行に至った行動はいとも簡単に崩れ去った。そんなに簡単にはいかせてもらえないらしい。
だがこのように煙幕を張る方法であれば、相手はこの煙幕を押しのけようとするよりも先に何が起こったか困惑するだろう。作戦を立てたことがない少年のことだからもしかしたらこの煙幕が勝利への布石であることにすら気が付かないかもしれない。
どちらであっても少年の視界を一瞬塞ぐだけで良い。その間に準備は整う。
「煙たいなぁ、もう」
少年がせき込みながら手を振り払うと煙は瞬く間にして消え去った。
だがその一瞬のうちにぐーさんは次の手を打った。
すなわち、俺の首に手を添えたのである。
「なにそれ」
困惑する少年が不機嫌そうな顔でこちらを見る。
「動くな! 視線一つでも動かしてみろ! ぐーさんは俺を一瞬で気絶させる。そうなったらお前の負けだぞ!」
ピンと来ていない顔でこちらを見つめる少年に俺はニッと笑う。
すなわち、勝利をつかむところまで来た。この笑いはそういう意味を表している。
俺は少年にこの作戦の全貌を語った。
「お前がこの体育館に来た時点で、俺の勝利条件の一つはおおむね達成されていた。それは学校の生徒をこの場から逃がすことだ。学校の生徒を逃がすためにはお前に感づかれないようにする必要があった。感づかれたらどんな方法を使われるのかは知らないが、逃げるのに失敗する可能性があったからな」
少年はちらりと生徒たちがいる棟の方をちらりと見た。
そちらからはすでに人の気配がしない。
「お前に気づかれないように逃げる。そのためには校外に出ることなく人を一番出口に近い棟に移動させる必要があった。端の棟に移動させてしまえば体育館裏にいる間に速やかに出ることができるからな。そのためにまずここに来るまでにオルクスという仲間に敵の来襲を告げてきた。俺とお前が戦いを始めるより前に俺の戦いは始まっていたんだ」
「はぁ」
「オルクスは生徒会長にそのことを告げ催眠を発動させた。発動させた催眠は『生徒の意識を支配下におくこと』と『雨姫に生徒を所有物だと思い込ませること』だった。雨姫は自分の所有物ごと異次元に移動するというチートを持っている。そのチートを利用して速やかに端の棟まで人を移動させたんだ」
最初、雨姫に催眠をかけることはためらっていた。しかし、合理的に考えるとこの方法が生徒の避難を手っ取り早く済ませることができると考えたのだ。
この学校の構造上この方法を使って移動させることにより、雨姫一人が外を出歩くだけで体育館やグラウンドに居る生徒を除くすべての生徒を一番端の棟に動かすことができるということが分かった。つまりこの体育館裏に来るまでにすべての生徒は一番端の棟に移されていたのだ。
そして体育館裏に来た瞬間に黒狼団やうちのクラスメイトの先導によって避難が速やかに行われたというわけだ。
「そして今、この学校には俺とぐーさん以外に人はいない。お前の能力が距離型の能力だとするなら離れた人間に対するチートの効果は弱まるはずだ。つまり今のお前は俺とぐーさん以外に干渉はできない」
「はぁ」
「そしてこの状態だ。俺はぐーさんにいつでも気絶させてもらえる準備ができている」
「それがどうしたの?」
「俺の勝利条件2である俺がお前の仲間にならないという目的に一歩近づいたということだ」
言葉の意味が分かっていないのか、はたまた考える気がないのか、少年は黙って目を細める。
「お前のチートは誰かがお前を出し抜こうとすることによって発動する。もちろんお前が自発的に発動させることもできるのだろうが、無駄に能力を発動させないためには出し抜こうとしないのが一番だ。それなら、俺の意識をなくしてしまうのが一番手っ取り早い。意識さえなくなれば出し抜こうと思えないからだ。意識がなくなった後はぐーさんに運んでもらう。ぐーさんは一度お前から逃げ切ったことがある実力者だ。だから今回も逃げ切れるはずだ」
俺は少年を鋭く見つめる。
勝利を貪欲に求めなかったつけが回ってきたのだということを認識させるために。
「逃げ切ったら俺たちの勝ちだ。お前が勝つためにはお前がチートを発動させる必要がある。だが俺達はお前がどうしようが逃げる。だから今回は俺たちの勝ちだ」
俺は作戦の概要を一通り話して、次に交渉の準備に取り掛かろうとした。
「話は終わった?」
その声を聴いて、俺は冷や汗が出そうになったのを感じた。
何かがおかしい。
そう感じた。
一瞬だった。
まさに瞬きをしたその時だった。
何か、恐ろしいことが起こったのを感じた。
目を開いたとき、そこには居てはいけない人が立っていた。
「佐々木......君?」
「小日、向」
「僕、まどろっこしいこと嫌いなんだよね。勝つためにどうとか。そんなこと考えなくたって別にどうってことないじゃん」
さらりと言ったその一言に少年のすべてが詰まっていた。
すべての計画が瓦解していくのを感じた。
最後の最後でなんだか雲行きが怪しくなってきましたね。