過程は重要だと思う
颯爽と現れたぐーさんは俺をかばうように俺と少年の間に割って入った。
「ぐーさん。とりあえず俺を抱えて離れようとしてみてください。できれば体育館裏に連れて行ってもらえると嬉しいです」
「分かった」
ぐーさんは一度この少年と戦ったことがある。
この少年から戦っても逃げて帰ってこれたということはそれなりの力があるということだ。
俺を抱えて逃げられるかは分からないが、とりあえずやってみるしかない。
ぐーさんは俺を抱えて走り出す。
風のような速さで遠ざかろうとする俺たちを少年の能力が襲う。
しかし、空中制動と重心移動を駆使してまるでその能力に抗うかのように動きながら少しずつ前へと進む。
「おじさん相手にはなんかちょっと効果が薄いんだよね。僕の能力」
「それが俺の能力の一部だからな」
ぐーさんの能力。
これまで機密情報だとか何だとかで教えてくれなかった。
いつになったら教えてくれるのか、はたまた教えてくれないのかわからない。
だが相手と十分な距離が離れ若干の時間の猶予ができたとき、ようやくぐーさんは重い口を開いて自分の能力の内容を話し始めた。
おそらくはこれ以上秘密にしておけないと思ったのだろう。
「俺の能力はこれだ。ちょっと複雑だけどな」
ぐーさんは手のひらからどろりと黒い液体を出した。
そのおぞましさに若干引く。
「この黒い液体で触れたものを吸収したり変化させたりできる。場合によっては物理法則に反するものにだって変化させることができる。厳密にいえば能力とはちょっと違うんだが、まぁ政府の技術の結晶ぐらいに考えてもらって構わない」
その黒い液体はまるで意思を持った生物のように重力に逆らいながらうねうねと動いている。
「そしてこれも能力とは少し違うんだが、俺は他人の能力が効きにくい体質を持っている。だからここまでどうにか逃げてこられた。ひとつ言っておくと、前に仲間を逃がそうとしたときは上手くいかなかった。おそらくお前もあいつの能力が効きにくいんだと思う」
自分が他人の能力が効きにくいという体質であると思ったことはない。おそらくあの少年の能力が効きにくいのには別の要因がある。
「俺はぐーさんのチートをダメチ―トでコピーしているはずです。でも勝手に発動することはなかった。これまでもそうだったことを踏まえるとぐーさんの能力が厳密にはチートではないことが関係しているのだと思います。俺はぐーさんのチートをコピーできない。それがまず一つ分かったことです」
ぐーさんは自分の意見を口を半開きにしたまま聞いている。おそらくこの人は俺よりも傑とかに似ていて、あまり難しいことを考えるのが得意じゃない人だ。
「二つ目は自分があの少年の能力をコピーしてもあまり意味がないということです。投げた消しゴムはとどかないし逃げようとすればこかされる。勝利する能力を劣化コピーしても相手の能力のほうが強ければ相手の勝利で上書きされてしまう。そういう現象が起こっているんです」
「なるほど......?」
「そして三つ目は、ダメチ―トの効果が若干垣間見えたということです。ここまで俺を連れて逃げることができたのはおそらく相手の能力をコピーしていたからです。少年のチートを弱めることぐらいはできたということでしょう」
冷静に状況を分析し、情報を整理する。
そこからでしか見えてこないものがあると信じているから、こんな状況でも冷静に考えようとする。それが俺だ。
「逃げながら作戦会議なんてひどいなぁ。おかげで僕は歩かないといけなくなっちゃった」
少年はゆっくりと体育館裏まで歩いてきた。
まるで逃げられることを警戒していないようだ。俺がこの場から逃げ出さないことを分かっていたようである。逃げ出されてしまったら少年の『俺を仲間にする』という目的が達せらせず負けてしまうかもしれないのに。
多分、少年は俺が逃げたことに対して何の感情も抱いていない。逃げたことによって目的が達せられないという考えに至っていない。少年のチートは過程を気にする必要がないからだ。
俺はぐーさんの袖をひっぱり耳打ちする。
「もう一つ分かったことがあります」
「なんだ?」
「彼のチートは意識しなくても発動するということです。現に彼が今立っている場所には落とし穴がありましたが彼が落ちていないということはチートが発動しているということです。おそらく彼のチートの可能性は俺たちが考えているよりも幅がある」
「俺の言ったことは信用していなかったのか......」
「確認です。確認」
ぐーさんは肩を落とす。
「ぐーさんの言うことを疑っているわけではありませんが、自分の理論で確実に確認しておきたかったんです」
「あぁ、いや、お前が正しいよ。正しい。自分の意見に自信があったからちょっと凹んだだけだ。これでも俺の言った情報は俺たちが多大な犠牲を払って手に入れてきた情報だからな」
多大な犠牲を払って、という言葉に戦慄を覚える。
今、俺が逃げられているのは敵の慢心があるからだと言える。やろうと思えばできることを先延ばしにしているにすぎないのだ。
ならば慢心しているうちに勝てるだけの策を仕込むしかない。
それにこの体育館裏に連れてくることができた時点で一つの目標は達せられている。
この世は勝つか負けるかの二つだけではないということを知らしめる。
「お前、勝つための戦略を考えたことあるか?」
「戦略? あぁ、あるよ。今日は君を仲間にするためにここに来た。計画性あるでしょ?」
戦略について考えたことはなさそうだ。戦略の意味や計画の意味も本当に分かっているわけではない。ただそれでも目的を達することができる。
「お前が戦略という戦略を立てないことがお前にとって良いことだとは思わない。過程のない結果にだって意味はあるかもしれないが、それでも俺は認めない。地盤を塗り固めないと結果はついてこない。俺はそんな運命に抗う努力をしなければいけない世界が好きだ」
「そう。で、仲間になる気になった?」
俺はその返答に自分の言葉が全く通じていないのだということを悟った。
だからどうした。
この言葉は誰にでもなく俺に向けて発しているエールだ。
「だからお前の仲間にはなりたくない。それが俺の答えだ」
事前の検証はようやく終わった。本当ならもう少し調べたいこともあったが、それは実践の中で調べればいい。
反撃開始だ!
さて、反撃開始! とは言ったものの、佐々木君には一体どんな手があるのでしょうか?
それに一つの目的は達せられたと言っていましたが、その目的とは一体......