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完全無欠に風穴を開けなければならない。

 一滴の汗が額から流れ落ちた。

 これまでに出会ったことのないほどの強敵に体が勝手に武者震いする。

 見た目は自分よりも小さくて、想像していたような相手ではない。それが逆に異質だった。そこしれない何かを感じる。


「早く行こう。手間取らせないで」


「行かない」


 俺の返答を聞いてなおまったく表情一つ変えようとしない。


「君は来るんだよ。行かないなんて選択肢はないんだ」


 全く話が通じない。

 俺は小さく舌打ちをする。


 前に幹部の男が言っていたことを思い出した。

 自分は強くて幹部になったわけではなくて、幹部たちのコミュニケーションを円滑にするためだけに幹部に選ばれたような人間で、幹部連中はまともに話ができる人間ではないと。

 なぜこいつらは会話ができないのか。

 それは相手を自分と同じ人間だと扱っていないからだ。会話する相手に自分と同じだけの感情があると思っていないし人間並みの尊重をする必要もないと思っている。相手は物と同じだと思っている。だからその相手の話を聞こうとしない。

 そういうチーターにも何度か出会ったことがある。俺はそういうチーターのほうが人間ではないと思う。


「そうか、自己紹介がまだだったか。それならついてきてくれないのも当然だね」


 こほんと少年が小さく咳払いする。

 俺が敵意を向けていることでさえ、相手にとっては野良犬が知らない人間に牙をむいているのと同じらしい。

 俺は相手の言葉を頭に入れながらもこれからどう動くか考えていた。


「僕は白勝(びゃくしょう)。何にでも勝利する男さ」


 俺の周りを歩きながら語る。それはセリフでも読み上げるかのようだった。


「僕はどんなことにも勝利する。僕の意思とは無関係にあらゆることに勝利する。殴られることが敗北なら、僕にはすべての攻撃が当たらない。相手が倒れることが勝利なら、すべての敵は倒れていくだろう。テストで99点を取った奴が居れば僕の点数は100点になる。本来100点だった奴が居たなら、そいつは99点になって僕は100点になる。受験戦争という戦いがあるなら僕は出来る限りの勝利をつかみ取り、働いたら負けという言葉があるなら僕の下には働かずにお金が入ってくる」


 その能力は理想的。

 聞けば聞くほど完全無欠。

 もちろんそう聞こえるように言っているのだろう。だが、能力自体も完璧なのは間違いないだろう。


「僕は必ず勝利する。何ににでも勝利する。それが運命で必然で僕の過去で定められた未来だ」


 完全無欠に風穴を開けなければならない。

 『完璧です』『はい、そうですか』で引き下がれるわけがない。

 頭の中で策謀が目まぐるしく駆け巡っている。

 勝てる可能性を見出そうとしている。


 敵を目の前にして情報をかき集められるだけかき集めようとしている。


 探せ。

 探せ。

 探せ!


「来ようか」


「嫌だ」


 少年が眉を寄せて困った顔をする。まるで駄々をこねる子供を見つめるようだった。


 駄々でもなんでもこねてやる。

 俺はやれることをするまでだ。


 俺はある程度距離を取り、ポケットから消しゴムを取り出す。


 まずは事実確認。

 彼の言っていた言葉が正しいかどうか確かめる。


 手に持った消しゴムを大きく振りかぶって、相手の顔面に向けて投げる。

 攻撃をすることが目的なんじゃなくて情報をできるだけ得ることが目的だ。

 大きく目を見開いて消しゴムの起動を見つめる。


 瞬間、予期しないことが起こった。

 ()()()()()()()()()()

 消しゴムがはじかれるとか止まるとか起動がそれるとかならまだ分かる。だが、消しゴムが消える? 普通に考えてありえないことだ。

 そう考えて思い直す。

 ありえないことを起こすのがチーターだ。俺はそんなありえない相手をどうにかしないといけないのだ。

 驚く自分の感情を切り替えて情報をできるだけ得ようとする。


 消しゴムは消えた。何の音もなく。

 相手の目は消しゴムを追っていた。もちろん俺が消しゴムを投げる姿を見ている。

 意識的に能力を発動させた感じはなかったが、能力を発動させることはできるだろう。

 じゃあ意識していなければどうなるだろうか。


 俺は相手に背を向けて走り出す。

 向かうのはいつもの体育館裏。あそこには事前に罠が仕掛けてある。単純な仕掛けの落とし穴だ。かなり時間をかけて作ったので目立たない。それに体育館の陰になっていつも暗いあそこなら気が付かないだろう。

 問題はどうおびき出すかだが、俺を追ってくるのが一番手っ取り早い。

 逃げている相手を見たら自然と追いたくなるもの――


 ガツンとつま先に何かの衝撃があった。倒れていく体とともに急速に地面が接近する。足元を見てみるとそこにはある程度の大きさの石が転がっていた。

 地面に手をつき顔面から落ちるのを回避する。でんぐり返しのように転がって、慌てて体勢を持ち直す。そこには一歩も動いていない敵の姿があった。


「やめようよ。無駄な行いはよくない。僕だって時間は限られてる。今日は君を仲間にする日だって決めてるんだ。そしてこれが終わったら夕ご飯を食べて、いろいろして、寝る。そういう予定なんだ。予定が決まっているなら早く終わるに越したことはない」


 俺の行動に全く反応していない。

 俺が一人でに走って一人でにこけたように見える。バカみたいだ。

 だが、これで一つ分かったことがある。

 相手の能力には現実改変能力がある。それもかなり強力な。


「俺が走り始めたとき、そこに石はなかった。このグラウンドは運動系の部活によってかなり整備されている。うちの運動部は結構優秀で、1センチ以上の石は取り除くようにしているんだ。だからこんなところにこれだけの大きさの石があるのはおかしい」


「石。石かぁ。僕は気にしたことないなぁ。石に躓いたことなんてないから。どうやったらそんなものに躓けるのか僕にはわからないよ」


 相手の言葉を信じるのであれば、相手が意図的に石を生み出した可能性は低いだろう。

 石で躓くという考えができないのに、石で躓かせようと石を生み出すなんてことはありえない。

 おそらく俺を止めようと思ったのだろう。すると石が現れた。そして俺はこけた。結果的に俺は止まり相手の思惑通りになった。『逃げられたら自分は負け』という事象に相手は勝利したのだ。相手の能力はそういう能力だ。


 なるほど。

 これがなんにでも勝てる能力か。理不尽だ。


 俺はポケットに手を入れてスマホに手をかける。

 ここに来る前に画面は準備してある。通話用の画面だ。

 2コールしたとき、その人は空中から降ってきた。


「ぐーさん!」


「すぐに呼んだみたいだな。いい判断だ」


 ぐーさんは少年と俺の間に割って入る。


「おじさんは......あぁ、あの時の。しつこいね」


「お前みたいな子供にいつまでも構いたくはないが、これも仕事だからな」


 ぐーさんはこぶしを握りなおし、俺を護る体勢に入った。

 2ラウンド目の突入だ。

 さぁ、いよいよ始まりました。

 地道な分析と情報収集。大事です。

 果たして佐々木君は上手く立ち回って勝利することができるのでしょうか?

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